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新世界は楽園なのか?  作者: 小野寺
第2章

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74:日英首脳会談

 新世界歴元年 5月1日

 イギリス連合王国 ロンドン



 ロンドン郊外にあるイギリス空軍の基地は朝から物々しい雰囲気が漂っていた。

 多くの車両が頻繁に出入りし、周辺の道路には大勢の警察官が集結し道路の封鎖作業を始めている。確実にこの基地にこの後なにか、重要なものがやってくるというのがこの厳戒態勢ぶりからもわかるし、基地から少し離れたところにはカメラを抱えて待ち構える報道陣の姿も確認することができた。


 ほどなくして、基地上空に1機の航空機が姿をあらわす。

 全体的に白い塗装に赤い細いラインが入った双発エンジンの中型機は日本帝国の政府専用機――N-520――であった。





「こうして、直接会うのは去年のサミット以来かしら?」

「そうですね。あのときは本当に緊張しましたよ」

「あら?とてもそうは見えないくらいに堂々としていたと思うけれど。みんな、貴方の話ばかりしていたのよ。あの長期政権を引き継いだ若者のことをね」


 日英首脳会談の冒頭はこのように和やかな雰囲気で始まった。

 年に一度実施される西側主要7カ国によるサミット。昨年はちょうど日本で開催され就任1年目の安川がホスト役を務めることになった。最初のサミットでいきなりホスト役を務めることになったため当時の安川は非常に緊張しながらサミットをこなしていた。

 ちなみに、今年のサミットは対面での開催は中止が決まっている。何事もなければ今年はフランスで開催される予定だったのだが、一ヶ月前の電話会議により6月に複数の国を含めた電話会議を行うことで各国は一致していた。この状況ではフランスへ向かって対面で首脳会談を行うのは難しいので対面でのサミットが中止になるのは致し方ないだろう。交通網が復活しない限りは遠方での外交もこの世界では難しくなっており、対面でのサミットが復活するにはそれなりの時間がかかりそうだ。


「国際政治は一気に変わったわね。存在感のなかった国連を誰も思い出さない程度には」

「仕方ありませんよ。あまりにも一気に大きな変化が来たのですから」


 いきなり国連に対しての皮肉を飛ばすスミスに内心苦笑しながら言葉を返す。

 今の国際政治はいうなれば100年前に巻き戻ったような状況だ。あの当時は国連の前身たる国際連盟はできたばかりであり、非加盟の国も多くあり。加盟国同士であっても仲介することはできない程度には国際政治の場で影響力は持っていなかった。なにせ、戦間期などと言っているが実際にはヨーロッパを中心にあちこちで紛争が起きていたのだ、あの時代は。

 今の状況もそれに似ているといえる。まあ、国際連盟の後継組織である国際連合も「世界平和を作る」という大義名分を果たすことはできなかったわけだが、こればかりは仕方がないだろう。様々な思惑を抱える国同士が表面上は手を取り合っても、肝心要の部分で妥協できるわけがないのだ。お互いの国はそれぞれ自分の利益を考えて行動しているのだから。

 今の事務総長は、元々はスペインで首相を務めていた人物で国連改革にかなり意欲的だと伝えられていたが結局のところ米ソという2つの超大国を仲介することはできておらず、今もニューヨークの国連本部でどうにかしようと足掻いているらしいが……まあ、状況は厳しいままだ。


「中米の件。アメリカはどこまで進めると、貴方は思う?」

「中米から敵軍を追い出して終わり――というのが普通の考えですが、おそらくアメリカはそれでは止まらないでしょうね。『脅威』をある程度取り除かなければ彼らは安心できないでしょうから」

「私も同意見よ。大使館経由の情報だと軍は大規模に予備役の動員をかけているそうよ。規模は50万人規模になるでしょうね」

「つまり、向こう側の体制転換を目論んでいると……」

「あの国ならそのほうが手っ取り早いと感じるでしょうね。問題は、その後のことをちゃんと考えているかだけど……まあ、あまり考えてないでしょうねぇ。脳筋だしあの国は」


 この場にアメリカ人が居たら怒りそうなことを平然と口にするスミスに、安川は言葉には出さないが内心で同意する。アメリカという国はしばしば自らの正義心に酔いしれて暴走することがある。アメリカ流の正義が他国では通用しないということを彼らは考えない――否、一応考えてはいるのだがそれよりも自分たちの提供する「民主主義」のほうが素晴らしいと本気で考えている。

 結果的に、アメリカが介入した紛争や革命などは最終的に内戦に発展するのが半ばお約束になっていた。それでも多くの国がアメリカと同盟を結んでいるのは、やはりその圧倒的な物量だ。それは当然軍事力もそうだが資金力という面でもそうだ。少なくとも商売相手としてならばアメリカは非常に魅力的な相手なのだ。まあ、その分アメリカ側からも色々と言われるのだがそれもまた「必要経費」であると多くの国の政府は納得するわけだ。

 納得できない者たちほど反発するわけだが、結局は物量でもって押しつぶされる。

 

 とはいえ、イギリスも実のところ人のことは言えない――否、アメリカよりもたちが悪い。

 イギリスは自分たちの利益のためならば、どんな手段も使う。所謂二枚舌・三枚舌外交とよばれることまでイギリスは平気でする。それによってこじれているのが、現在進行系で問題になっている中東であるし、インドとパキスタンであり、そしてアフリカ諸国の諸問題である。

 ただ、この場でそれを指摘することではない。そこを指摘したところで一度こじれた問題は解決しないし、イギリスもイギリスでそれによって手痛い一撃を食らっているのだから。



「……ヨーロッパは予想以上に厳しいみたいですね」


 話題はヨーロッパ情勢に変わっていた。

 ヨーロッパ――とりわけ軍事侵攻を受けているバルカン半島の状況はかなり厳しいものだった。

 ヨーロッパ駐屯の米軍やドイツ、フランスそしてヨーロッパ本土に駐屯しているイギリス軍などを主体としたNATO軍が対応に出ているが、相手の物量攻撃によって終始押されており戦線を維持することはできず、戦争が始まって4か月近く経った現在ではギリシャやブルガリアの大半は相手の支配地域になっていた。住民に関しては侵攻が始まって一ヶ月ほどでギリシャとブルガリアの全国民の大半が他国へ避難しているし、更に隣国のユーゴスラビアやルーマニアなども国境地帯を中心に住民に対して避難命令を発令しておりバルカン地域だけで数百万人が他国で避難生活を送っている。

 これだけの数の避難民を一つの国で受け入れるのは当然ながら無理なので、欧州連合は加盟国に避難民を割り振っておりNATO加盟国で避難民を分散して受け入れているが、避難先の確保などはかなり苦慮しているという。

 いずれも、最新の情報が数週間前なので今では状況が更に悪化しているかあるいは改善している可能性があるが、どちらにせよ改善したとしても微々たるものだというのは容易に想像できた。


 元々NATOはソ連の軍事侵攻に対応するために設置され。東欧革命によってソ連の衛星国であった東欧諸国が次々と西側陣営に鞍替えした現在においてもNATOにおける最大の仮想敵国はソ連であった。なので戦力の殆どは東欧に集中されていた。バルカン半島で戦いが起きるというのをそもそもNATOは考えてすらなかった。その、全く想定していなかった地域で起きた戦争に各国は大いに慌て対応は後手後手にまわっていた。


 そして、今回バルカン半島を侵攻している国だが……相当に悪辣な国だった。

 軍民関係なく巡航ミサイルは爆撃機による無差別爆撃を行っておりこれによって相当数の民間人が被害を受けている。犠牲者の数などはまだ判明していないが少なくとも数千人以上――場合によっては万単位の犠牲者が出ているなどという情報も出ていた。


「――あれは蛮族ね。捕虜をとったらしいけれど誰もこれも『貴様らのような蛮族を我々神に認められたガリア人に敵うと思っているのか』なんて暴言を吐いているらしいわよ」


 嫌悪感を隠さない表情でスミスは吐き捨てる。

 と、ここで安川は「おや?」と思った。ガリアという名前に聞き覚えがあったからだ。

 スミスも安川の表情の変化に気づき「なにか心当たりでもあるのかしら?」と問うた。


「……もしかしたら、ガトレアならば相手のことを知っているかもしれません」

「どういうこと?」

「『ガリア』という名前をガトレアから聞いたことがあります。たしか彼らと敵対していた覇権主義国家だったかと……」

「もし、それが本当なら大至急ガトレア大使館に問い合わせないといけないわね――すぐにガトレア大使館に『ガリアという名前に聞き覚えはないか』と、問い合わせて」


 スミスは控えていた秘書官を外へ向かわせた。

 20分後。秘書官が戻ってきてスミスへ耳打ちをする。


「……ありがとう。どうやら、ヨーロッパに攻め込んでいる国はガトレアとは因縁深い国ね。簡単な情報をこのあと提供してくれるそうよ。貴方のおかげね」

「いえ……捕虜の話を聞かなければ思い出すことはありませんでしたから」

「でも、予想以上に危ない国のようねぇ……自民族以外を蛮族として見下すって」


 まあ、私たちにとっても耳が痛い話だけどね、と自虐的に笑うスミスに安川は曖昧に笑うしかできなかった。この場面で「そうですね」などとバカ正直に答えられるわけがなかった。






 新世界歴元年 5月1日

 ギリシャ共和国 南部



「蛮族にふさわしい貧相な村だな……」


 砲撃や爆撃によって破壊された町並みを見ながら、豪奢な軍服を着た男は鼻を鳴らす。

 この町は、ほんの数日前にガリア軍によって占領されたギリシャ南部の都市であった。

 それまでは防衛線をはっていた欧州連合軍が拠点にしていたが、欧州連合軍はギリシャ放棄を事実上決めユーゴスラビア国境まで後退。ここを拠点にしていた連合軍も数日前ほど前に町を離れた。

 代わりにやってきたのが連合軍相手に苦戦していたガリア帝国軍第24機甲師団であった。

 豪奢な軍服を着た男は第24機甲師団の師団長をしていたが、その体型はとても軍人に見えないほどに豊満なものだ。見るものがみたら「ビア樽のようだ」と形容するように横に大きい――要は太っていた。だが、これは別にガリア帝国軍にとっては珍しいことではない。

 ガリア帝国軍の将校は基本的に貴族がなるものだと定められている。極端ともいえる階級社会があるガリアにおいて生まれながらの階級で人生が決められているといって過言ではない。それは、軍人であっても同様であり、能力関係なく家柄で軍の階級は決められる。どんなに優秀でも爵位が低ければ昇進できないし、そもそも貴族でなければ士官になることさえ難しい――それがガリア帝国軍の現実であった。

 第24機甲師団の師団長――オルト・ランドルスもまた伯爵家出身というだけで師団長になれた男だった。軍人としての実績はない。ただ、伯爵家の出身ということで士官学校に入学できたし卒業後もエレベーターを乗っているかのように昇進を重ねていった。現場経験すら殆どないのだが師団長を務めている。それで、組織を維持できるのか?問題はない。優秀な参謀たちが実質的に部隊を取り仕切っているからだ。

 

「全く……蛮族の制圧にここまで手間取るなど。責任は貴様らにとってもらうからな」


 ランドルスは不機嫌そうに周囲に居た参謀たちに当たり散らす――これもまたガリア帝国軍ではありふれた光景だ。結果を残せばそれは指揮官の功績になるが、失敗すればその責任は部下たちに押し付けられる。普通の国ならば不満が爆発して反乱が起きそうなものだが、ガリア帝国は徹底的な洗脳教育ともいえる教育によって「貴族に逆らうな」「身分は絶対」「ガリア人以外は劣等種」などというものがすべての国民に刷り込まれていた。

 ただ、いくら洗脳教育をしていても外と接触すれば正義感をもった者が行動を起こしそうなものだがガリアではそういった動きすら薄かった。そもそも、ガリア人が外国へわたることさえ認められていないのだ。仮にその兆候を見せただけで厳罰に処せられるので、リスクをとってまで外に出ようとする者など殆ど居なかった。


「……さっさと移動する。こんな貧相な村ではこの俺に相応しい部屋すらないからな。それよりも蛮族を追い出すほうがよほど効率的だ」


 ランドルスはそう言い置いて、重い身体を引きずるようにして指揮車である装甲車へ戻る。

 第24機甲師団は1個大隊を警備のためにおいて、それ以外の部隊は次の町を攻略するために先を進んだ。この間、兵士は一切の休息は許されていなかった。


 

 



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