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新世界は楽園なのか?  作者: 小野寺
第2章

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73:悪い予感

 新世界歴元年 4月30日

 日本帝国 東京市 千代田区

 総理官邸



 世間一般では大型連休――ゴールデンウィーク――が始まっていた。

 世界融合によって国際線の定期便の運行が現在でも休止されているので、今年のゴールデンウィークは海外へ向かう出国者はほぼ居ない。かわりに、国内の観光地へ向かう人が増加。特に沖縄やグアム・サイパンといった南国のリゾート地や、北海道や台湾の人気は高く。期間中羽田空港を発着する旅客便は全便満席になっているほどだ。

 それ以外の観光地も海外旅行などを諦めた国内旅行客で賑わいを見せており、観光地にとっては世界融合による利益をこのゴールデンウィークで最大限感じている――といえるような状況だった。もっとも、海外との行き来ができないということは、これまで多くやってきていた外国人観光客が激減したため、観光業界からすればプラスよりもマイナスのほうがまだ大きいといえるかもしれない。


 さて、日本政府や国会議員にとって大型連休も仕事の時間だ。

 むしろ、国会がやっていないこの大型連休は外遊の絶好のチャンスであり、多くの閣僚や議員たちが海外公務を多く入れていた。

 外務大臣の二階堂はオーストラリアとニュージーランドへ。国防大臣の森田はベトナムや中華連邦に。経済産業大臣はガトレア王国へこの連休中に訪問しており、首相である安川も明日から4日間の予定でイギリスとガトレア王国へ訪問することが決まっていた。

 安川からすれば、融合後初めての外遊だ。本来の予定なら2月にアメリカやカナダ方面へ、3月にはフランス・ドイツ・イギリス・イタリアなどへ外遊する予定が組まれていたのだが、世界融合によってすべて取りやめとなった。アメリカ・カナダに関しては夏頃に訪問することが調整されているが、それも中米の戦争次第では実現できるかどうか変わる。

 各国の首脳たちも外遊を本格化していた。つい数日前には朝鮮連邦のソン・ドンソル大統領が来日し日朝首脳会談が開かれ、この世界でも日朝はより密接な関係を持つことで両国は合意していたし、大型連休後にはオーストラリア連邦のカーター大統領が来日予定だし、アメリカのアメリア・クラーク国務長官も夏までには来日することで調整が進められていた。


「各国は、今後より同地域の国との関係を重視するようになるでしょうね」

「世界が広がったことで逆にグローバル化は終焉を迎える……なんとも皮肉的な結果ですね」


 そう言って肩を竦める安川。

 現在、総理執務室には官房長官の菅沼と副総理の鳥山が来ていた。

 明日から、安川が外遊に出かけるので総理代理を務める二人に一部の仕事の引き継ぎをしていたのだ。その最中で始まったのが今の会話であった。


「でも、それも長くは続かないでしょうね。落ち着けば大国ほど外に出ようとするでしょう」

「それが新たな対立を生むかもしれない……願わくばガトレアとアメリカが対立しないのを祈るばかりですよ」

「総理は両国が衝突する可能性があるとお考えですか?」


 菅沼の問いかけに安川は「十分にありえると思いますよ」と返す。

 安川にしては珍しい確信に満ちた言葉に菅沼と鳥山は思わず顔を見合わせた。

 そして、鳥山が困惑気味に尋ねる。


「総理にしては珍しいですね……根拠はあるのですか?」

「根拠というには弱いですが。アメリカという国は『自分たちの領域』と定めたところにちょっかいをかけられるのを嫌う国ですから。ガトレアが、この地域での活動を活発化したらアメリカは非常に面白くはない――今はアメリカに余裕がないので動きはないでしょうけれど、中米やヨーロッパが落ち着けばガトレアと脅威とする意見がアメリカ国内から出てきてもおかしくはないでしょうね。なにせ、我が国を未だに『脅威』と考えている世論は一定以上いますからね、アメリカは」


 これまでは「ソ連」という共通の脅威があったからこそ同盟関係は維持され続けた。

 だが、今はその「ソ連」はいない。アメリカからすれば同盟関係を維持する意味はなくなりかけていると言っていいだろう。日本からすれば、今後も同盟関係が継続できればアメリカの軍事力を気にしなくて済む。ソ連からアメリカに仮想敵国が変わって喜ぶのは一部の反米主義者くらいなものだ。

 幸いなことに、今のローベンス政権は幸いなことに日本のことをきちんと理解しているから問題にはならないが、ローベンス政権がいつまでも続くわけではない。

 次の大統領選挙が日米同盟にとっても大きな転換点になるだろう。

 同盟関係を継続するか、あるいは関係を見直すのか……その鍵を握るのは次代の大統領だ。

 今年の秋に、アメリカでは中華選挙が行われる。その結果次第では2年後の大統領選挙にも影響を与えそうだ。未だに、前大統領の影響力は強く。前大統領を代表にした新興政党が中華選挙でどれだけの議席を得るかで今後のアメリカ政界は大きく揺れるだろう。

 まあ、選挙という点では日本も7月に参議院選挙が予定されているので、日本も他国のことを気にしている暇があるのかといえばないのだが。


「……仮にアメリカが同盟廃棄を選んだ場合。色々と荒れるでしょうな。国内も、国外も」

「『最悪』は考えなければいけませんから」

「だから、総理は最初の訪問先にイギリスとガトレアを選んだわけですか……」

「イギリスとは長い付き合いですが、色々と腹の中は読めない国ですからね……ガトレアの場合は純粋に興味があるんですよ。異世界の国そのものに」






「さっきの総理の話。どう思いますか?菅沼さん」

「……アメリカが同盟を破棄する可能性か?現状を考えればその可能性は否定できないな」

「菅沼さんも総理と同じ意見ですか……私はどうも、アメリカがそのような手段をとるとは考えられません」


 鳥山はそう言って苦笑する。

 日本とアメリカの軍事同盟が結ばれて80年経った。当初は元仮想敵国ということでお互いにギクシャクしていた両国の関係も第一次中華戦争で共闘してからは徐々にお互いを信頼するようになり、今でも両国にとって最も重要なパートナーという認識になっている――と、鳥山は感じていた。

 過去に何度か「同盟の危機」とされる事態はあったが、そのたびに両国の担当者の尽力などによって回避してきた。直近の危機といえば「アメリカ第一主義」を掲げる前大統領が当選した時だ。彼は同盟国に対してそれまで以上の軍備の増強などを強く要請した。もちろん、それは日本に当てはまり当時の岸辺政権はその対応に苦慮していた。結果的に、岸辺が訪米したことで前大統領の態度が軟化したことでヨーロッパほどの高圧的な態度を向けられることは減っている。もし、この時に同盟の見直しなどがあった場合は、極東地域はより混沌としたものになり。アメリカ軍が駐屯していた朝鮮や中華連邦にも何かしらの良くない影響が出ていたであろうと――現在では言われていた。


「やはり、ソ連が消えたことが大きいのでしょうか」

「ソ連――いや、社会主義そのものをアメリカは嫌っていたからな。その思想が世界中に広がることを代々のアメリカ大統領は認めなかった。それはリベラルでも保守でも変わらない一致したものだ。だが、最も力を持っていたソ連とそれに続いていた北中国は、アメリカやヨーロッパそして太平洋地域からは消えた。アメリカ上層部がこれまでと考えを大きく変える可能性は否定はできないからな」

「孤立主義に走った場合は確実に同盟は破棄されるでしょうね……そして、アメリカ国内で日本脅威論が盛り上がってくるでしょう」

「あの国は定期的に日本を脅威と見るからな。こちらが何もしていなくても」

「やはり、人種の問題でしょうか?」


 所謂、白人至上主義というのは未だに欧米内には色濃く存在する。

 とりわけ、近年は途上国からの移民や難民の流入に伴う治安悪化が重なって海外からの移住者が自国の治安を悪化させているという考えが各国で広がると、白人以外を排他する動きがヨーロッパやアメリカで急速に広がっていった。

 日本脅威論も一種の白人主義から派生したものだと言われていた。


「彼らなりのプライドを刺激しているのだろうな。我が国の存在は」


 幸いといえるのは大多数のアメリカ世論は日本に好意的なことだ。

 もちろん、それがいつまでも続くという楽観的な考えはしていないが、長年の同盟関係によって日本は「信頼できる国」だとは今の時点で思われている。アメリカ政府というのは世論の声というのは気にする。それは「独裁者」などとてひどい批判を受けた前大統領でも同じだ。世論が日本に対して好意的だったのをみて、日本に対しての態度を変えていたのは記憶に新しい。

 まあ、それも岸辺や当時の外務省の尽力によるものなのだろう。退任直後岸辺は小声で呟いていた「彼は色々とやりづらい」と。


「……まあ、アメリカの中間選挙よりも自分たちの選挙のほうを気にするほうが先か」

「参議院選ですね。衆議院も一緒に解散されるという話も出ていますが、菅沼さんは総理から相談を受けたりは?」

「ないよ。岸辺さんもそのあたりの話はしていないらしいが……」

「総理は慎重派ですから、同時選挙という博打を打つ可能性は低いというのが永田町の空気ですが」

「いや、総理はああ見えてかなり大胆な策をとる。衆参同時選挙をする可能性はまだかなりあるんじゃないか?」



 両名が安川から「衆参同時選挙」を検討しているという相談をうけるのはそれから2週間後のことであった。




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