70:ユーラシア南方沖2
新世界歴元年 4月20日
ユーラシア大陸南方沖
日本帝国海軍 第1空母戦闘群 第15駆逐隊
駆逐艦「朝雲」
夕雲型駆逐艦の4番艦である「朝雲」は2022年5月16日に就役し、横須賀の第13駆逐隊に配備された。
夕雲型は基準排水量5100トンの汎用駆逐艦で電気推進と従来のガスタービン推進を併用するハイブリッド機関方式を採用し、従来のオールガスタービン艦よりも燃費性に優れている。
また、発電能力も向上しているため将来的にはレールガンの搭載も可能となっていた。VLSは綾波型までは32セルであったが、夕雲型は更に16セルを増設した48セルになっており巡航ミサイルやあるいはVLSにも対応している新型の15式対艦ミサイルなどを装備可能となった。
夕雲型はレーダーやソナーも既存の汎用駆逐艦に比べて大幅に強化された。
レーダーは国産の多機能レーダーである「OPY-3」を搭載した。これはAESAレーダーであり、綾波型が搭載していた「OPY-2」よりも広い250キロほどの索敵距離を持つ。
また、新型の18式ソナーを搭載しており静粛性が向上した原子力潜水艦でも離れた場所から探知することが出来た。
第1空母戦闘群において朝雲は、同じく18式ソナーを搭載している護衛艦「利根」と並んで対潜水艦捜索において非常に頼りにされている駆逐艦であった。
今回、ルクストール共和国の潜水艦「ル・トリオール」を最初に発見したのも朝雲であった。
朝雲と利根は2隻でもって「ル・トリオール」の監視にあたっていた。
2隻は「ル・トリオール」から少し離れたところにいて、本格的な追跡は双方に搭載されている哨戒ヘリコプター(20式哨戒ヘリコプター)や、翔鶴に搭載されている無人対潜哨戒機(21式艦上無人対潜哨戒機)によって行われていた。
夕雲型のCICは既存の駆逐艦と大きく異なり円形の形をしている。
いくつものコンソールが並んでいるのは従来とかわらないが、スイッチ類はすべてタッチパネル式となっており、そして本来なら艦橋にしかない操舵に関わる機器類もCICに設置されており、CICから固定設置されている7基の高感度カメラで得た情報によって操艦することも可能となった。
「北中国の相手は相当な技術力を持った国らしいな。ここまで、静粛性のとれた原潜は地球でも作れる国は殆どいない」
「この巡洋艦も、赤城型やアメリカのボストン級に満載排水量は匹敵するでしょうね。おそらく、イージスと同等かそれ以上のレーダーシステムを持っているかと。装備の面では我々に追いつこうとしている北中国が苦戦するのも頷けます」
「朝雲」の艦長である戸田中佐と、副長の譜久村少佐は艦隊を追尾するように動いているルクトール海軍の艦艇をこのように評価していた。
二人がそれぞれ手に持っているタブレットに視線を落としているが、そのタブレットにはつい数時間前に撮影されたルクトール海軍の巡洋艦「レザンヌ」が映し出されていた。
撮影したのは、翔鶴搭載の艦上無人対潜哨戒機(21式艦上無人対潜哨戒機)だ。対潜哨戒機としてはもちろん偵察機としても運用できるように、21式には高感度カメラが複数とりつけられており、タブレットに表示されている画像や映像はそのカメラによって撮影されたものだった。
「仕掛けてくると思うか?」
「どうでしょうか。彼らが我々を人民解放軍の仲間と誤認した場合は攻撃をしてくる可能性はあるかと」
「人民解放軍が艦隊により近いところにいたら実際に誤解されていたかもしれんな……それに、人民解放軍なら俺達をあえて巻き込もうと考えてもおかしくはない」
「厄介ですね……先に仕掛けることもできないし。仕掛けられた場合は対処がおくれる。完全に後手にまわります」
「なにも起きないことを祈るしか無いし、あちら側の指揮官が『常識人』であることを祈るしかないな。『翔鶴』からは不審な行動を見つけた次第で『対処』しろというお達しが来ている。場合によっては沈めることを覚悟しておけ」
「……わかりました」
一方の、海中では攻撃を進言する副長に艦長が断るという攻防が現在も続いていた。
「ソナー。近くにいる駆逐艦は相変わらずか?」
「はい。まっすぐ追尾しています。我々の位置は完全に把握されているとみていいでしょう」
「しっかり追尾出来ている……奴らと違って上の連中は相当に高い技術力を持っているようだな」
ならば、いたずらに刺激をするような行動をとらないほうがいい。
「ル・トリオール」は静粛性に非常に優れた潜水艦だ。静粛性を高めるためにそれまでのタービン駆動から電動機に介した電気推進に変更。更に、スクリューもより静粛性が優れていると言われているポンプジェットに変えている。
現に、人民解放軍のフリゲート艦の索敵から逃れてスキをついて2隻をつい一週間前に沈めたばかりだ。「ル・トリオール」が実戦配備されて5年あまり。ここまで正確に自分たちの位置を掴んだのは、ガトレア王国のフリゲート艦くらいだった。
(ますます、妙なことは出来ないな……ガニエはまだこっちの話を聞く気はないし。司令部あたりが撤収の指示を出してくれれば楽なんだがな)
副長のガニエは現在はやや暴走気味だが、元々そこまで熱しやすいタイプではなかった。どちらかといえば常に冷静沈着な理論派というイメージをフィリップスはもっていた。
おそらくは、戦争の雰囲気に当てられたのだろう。
前世界では超大国の一角に名を連ねていたルクストール共和国が、最後に戦争を行ったのはもう半世紀も前のことだ。その当時を知る世代は徐々に減っており周辺に明確な「敵国」が存在しないことから、現役の兵士たちは実戦経験がほとんど無い。それでも、超大国にふさわしい軍備と兵士の養成を進めてきたので練度に関しては他の軍事大国と遜色ないものだった。
だが、いくら訓練で鍛えたといっても実際の戦争というのはまるで別物だ。
シミュレーション上で起きていたことから、現実に――眼の前で起きる。
そして、それによって何百人という人命が一度に失われる。
地上戦によって精神を病む兵士は多いというが、それは別に空でも海でも変わらない。特に潜水艦は、常に海中に潜んでおり浮上することはめったにない。自分の放った魚雷によって百数十人の命を一度に奪うというのを一度でも考え始めるとやはり精神を病んでしまうのだ。
ガニエのこの暴走は一種の自己防衛なのだろう。
そうでもしなければ、自分を保てない。生真面目すぎる彼だからこそ思い悩んでしまい、結果的にそうなってしまった。休養を勧めても責任感が強い彼はそれに応じることはない。艦長権限で船を降ろすこともできるが、少なくとも過激な発言以外で命令無視などはしていないし、なにより彼は副長としても優秀だった。
しばらくして、一通の暗号文が司令部から届いた。
フィリップスは無言で暗号文に目を通し、そして静かに乗員たちに伝えた。
「司令部からだ――機動艦隊は敵とは無関係――任務終了だ。距離をとるぞ」
駆逐艦「朝雲」
「不明潜に動きあり――針路を南にとり艦隊から離れていきます」
「なにかあったのでしょうか?」
「案外。上のほうで話がついたのかもしれないな」
「というと?」
「北中国と戦争をしている国はインドと国交を結んでいるらしい。もしかしたらインドから我々の話を聞き、警戒の必要がないと判断したのかもしれない――あくまで推測だがな」
戸田の推測は当たっていた。
ルクストール政府は、インド大使に北中国に協力するような巨大空母を持つ国は存在するか?という質問を行った。インド大使はすぐに「そんな国はない」とすぐに否定した。ルクストール側から詳しい説明を聞いたインド大使はすぐに、その空母が日本のものである可能性に思い至った。
日本は中東の石油に大きく依存している。艦隊が西に向かっているのならばそれは日本向けのタンカーや貨物船を護衛するために向かわせている可能性が高い。実際に、本国から「どうやら日本が中東方面に艦隊を向かわせることにしたらしい」という話を聞いていたので、インド大使は「それは北中国と対立している日本の艦隊である可能性が高く、自国向けのタンカーや貨物船を護衛するために中東へ向かっているのではないか」とルクストール側の担当者に答えたのだ。
そして、インド大使はこのようにルクストール側に忠告した。
「手を出さない限りは無害だ。だが、手を出したら徹底的にやる国だ」と。
ルクストール側はその忠告を深刻に受け止め追尾の中止を決めたのであった。ともかく、日本とすれば一番の難所をインドのおかげで突破することができた。
このことを日本が知るのはしばらく先のことである。




