69:ユーラシア南方沖1
新世界歴元年 4月20日
ユーラシア大陸 南方沖
日本帝国海軍 第1空母戦闘群
空母「翔鶴」
ユーラシア大陸とルクトール大陸のちょうど中間付近の洋上を西に進む艦隊があった。
最新鋭空母「翔鶴」を旗艦とする日本帝国海軍第1空母戦闘群である。
第1空母戦闘群は第1艦隊に所属しており横須賀を母港にしている。
13個ある空母戦闘群の一つであり、世界初の機動艦隊として知られている「第1機動部隊」が前身だ。
かつては、複数の空母や護衛艦艇によって艦隊は構成されていたが、現在の第1空母戦闘群は、
空母「翔鶴」
ミサイル巡洋艦「赤城」「草津」
ミサイル駆逐艦「冬月」「天津風」
駆逐艦「朝雲」「曙」
護衛艦「利根」
以上、8隻で構成されている。
このうち4隻の駆逐艦は第1駆逐戦隊から派遣されており、護衛艦「利根」は横須賀の第1護衛隊群から派遣されていた。
本来ならば、攻撃型原子力潜水艦も随伴するのだが日本近海以外の海底状況は未だに不明なため今回は原子力潜水艦は随伴していなかった。
さて、なぜ第1空母戦闘群が戦争真っ只中とも言われている海域にいるのかといえば、中東に取り残されている日本企業が運航している貨物船やタンカーの護衛のためである。
日本は、一応産油国ではあるがとても国内で使うすべてを賄うことはできず、そのため石油の7割は海外――特に中東からの輸入に頼っている。特にイランやサウジアラビアは最大の取引相手であり毎日のように多くのタンカーがかつてのインド洋を通って日本とペルシャ湾の間を行き来していた。
しかし、世界融合によって国際的な物流はすべてストップ。
当時、航行していた貨物船やタンカーの半数はなぜか日本の港に出現し騒ぎとなったが、もう半分はサウジアラビアやイランの港にあらわれてこちらもまたかなりの騒ぎになった。
日本に戻りたくとも、そもそも融合によって地形が大きく変わってしまったことから正確な日本の位置がわからなかったため、ペルシャ湾から出る事ができず現地で待機することしかできなかった。
そのうち、イスラエルとイラクの戦争が始まり。さらに、イラクがイランにも攻撃を仕掛けたためイランにいた貨物船やタンカーは対岸のカタールやサウジアラビア、バーレーンなどに避難することになった。
船を運行している船主たちは1月の時点で政府に対して支援を求めていたが、そもそもユーラシア大陸の位置がわからない状態では軍を派遣することもできない。2月になってようやくユーラシア大陸の位置がわかったのだが、北方の樺太ではマリス連邦との戦争が起きていたこともあり、中東へ向かわせる軍艦の確保に手間取り、第1空母戦闘群が日本を離れたのは3月中旬のことだった。
そして、出発から一ヶ月経った現在でもまだ艦隊は中東に到達出来ていない。融合によって世界そのものが広がってしまったせいだ。更に、ユーラシアとルクトール大陸の間は、現在まさに北中国とルクストール共和国による戦争が行われている「戦場」ということもあり、普段以上に周囲を警戒しながら進んでいた。
実際、数日前には人民解放軍のフリゲート艦が艦隊を追尾しているのが確認されていたし、前日には人民解放軍とは別の国の軍艦も同様に少し離れた位置から追尾しているのを早期警戒機が確認していた。
今のところ、両者ともに「監視」以上のことはしていないが、ここはある意味「戦場の真ん中」である。突発的な何かが起きる可能性があるだけに、乗員たちはまるで自分たちも戦争当事者のような気持ちで中東へ向かっていた。
「司令。『朝雲』が国籍不明の潜水艦を発見しました。艦隊を追尾しているようです」
「人民解放軍のではないんだな?」
「はい。人民解放軍の潜水艦とは音紋データが全く異なっているようです」
緊迫感が包まれていた戦闘指揮所にいた第1空母戦闘群司令官の内山士郎准将に参謀の一人が少し慌てた様子で報告する。
内山はすぐに、それが北中国人民解放軍のものではないか、と確認をしたが参謀からの返答は人民解放軍のものではないとのことだった。
「……ということは異界のものか。静粛性は?」
「非常に静かなようです。静粛性では横浜型や米軍のミンゴ級に匹敵するかと」
どちらも、現在配備が進められている最新鋭の核融合潜水艦だ。
「北中国の相手は相当な技術力を持っているということか…」
「いかがなさいますか?」
「引き続き監視を継続。妙な動きをするようなら――排除も許可する」
「よろしいのですか?」
「構わん。ここは戦場だからな。向こうにとってみれば人民解放軍の仲間だと考える可能性はあるし、下手に接触をとって本当に戦争に引きずり込まれるくらいならばさっさと排除したほうがいい――もちろん、妙な動きをした場合限定だがな」
「了解しました。『朝雲』にはそのように伝えます」
参謀は敬礼をしてその場を離れていった。
参謀を見送った内山は「はぁ……」と息を吐いた。
(我々でもここまで気が休まらんのだ。護衛もつかない民間船がこんなところを通れるわけがないか)
実は、海軍は当初中東派遣に難色を示し、かわりに海洋警備隊の大型巡視船を派遣を提案していた。
海洋警備隊――他国で言うところの沿岸警備隊などの海上保安機関――は1945年までは海軍に所属しておりその名は「海上護衛部隊」であった。
ただ、海軍が沿岸警備隊を兼ねるのは問題があるとしてアメリカなどを参考にして、国防省から分離して内務省の外局として設置された「保安庁」に移動させたのだ。
同時に、陸軍が管轄していた国家憲兵隊も「保安隊」に名を改めて保安庁に移動している。
保安庁は1985年に内務省から独立し「保安省」となり、国家公安委員会や警察庁を内包する国内の治安維持などを管轄する省庁に昇格している。
海洋警備隊は、海上保安組織ではある一方で元々海軍の一部門だったこともあり準軍事組織の扱いも受けていた。階級は軍と同じであるし、有事の際には海軍の指揮下で哨戒活動などを行う。現に、樺太紛争では北海道を担当していた第1管区本部や、樺太を管轄していた第15管区本部がそれぞれ北方軍の指揮下に一時的に入っていた。
運用している巡視船も大型のものは海軍で運用している護衛艦と同程度の排水量をもっており武装も40ミリ砲や57ミリ砲などを搭載し、有事の際には短魚雷発射管やCIWSなどを設置することができるような設計が行われていいるなど中小国家の海軍に匹敵するだけの能力は持っていた。
だからこそ、海軍は自分たちではなく海洋警備隊を護衛任務につかせてはどうか、という提案を船主協会に行った。
だが、いくら中小国家の海軍に匹敵している準軍事組織といっても本質的なものは海上保安組織である。それこそ国籍不明の武装勢力に襲撃を受けた時に満足な対応ができるかわからないと、船主協会は海軍の派遣を強く要望した。
最終的に海軍が折れる形で最新鋭空母であった「翔鶴」を旗艦とする第1空母戦闘群を護衛として派遣することになったのだ。
いくら、臨時措置でアメリカや東南アジアから石油や天然ガスを購入し、更に埋蔵量が増えたとされる小笠原・南西諸島・樺太にある油田やガス田の採掘量を増やしたといっても、日本が必要とする石油総量の半数が足りないという問題は深刻で、政府が強い危機感を持っていたのも海軍が折れた一因であった。
「……何も起きなければいいんだがな」
平時の世界情勢ならば気にする必要のないことだが、平時ではなく戦時に近い今ではそう願うしかなかった。
ルクトール共和国海軍 原子力潜水艦「ル・トリオール」
第1空母戦闘群を監視・追跡している軍艦は4隻いた。
まず、艦隊の北側には北中国人民解放海軍の052D型ミサイル駆逐艦「銀川」と054A型フリゲート艦「常州」の2隻がいた。
052D型ミサイル駆逐艦は、人民解放海軍の主力防空駆逐艦であり「中華イージス」という異名をつけられていた。20隻以上が量産されており質・量共に人民解放海軍を支える重要な防空艦だ。
054A型フリゲートは中型汎用水上戦闘艦として40隻以上が建造された。
どちらも2010年代に短期間で大量に建造されたことから、日本はこれに対応するために西方の第3艦隊や第7艦隊に次々と新鋭艦を投入することで東シナ海・南シナ海での優位性を高めようとしたくらいだ。
実際に数の上では第3艦隊・第7艦隊と人民解放海軍の北方・東方艦隊はほぼ同格だとされており、北中国海軍がいかに短期間で急速に拡大していったのかがわかる。だからこそ、日本やアメリカは強い危機感を持って対抗するように艦隊の増強を進めたのだ。
2隻はいずれも第1空母戦闘群から50キロ以上の距離をおいて追跡していた。
一方の南側ではルクトール共和国海軍のミサイル巡洋艦「レザンヌ」が洋上で日本艦隊と北中国艦隊の双方を監視していた。
「レザンヌ」は基準排水量1.3万トンに達するミサイル巡洋艦で日本の赤城型や、アメリカのボストン級に匹敵する大型の水上戦闘艦であった。
155ミリレールガンをはじめ128基のVLSが設置され。射程300キロを超える長射程の対艦ミサイルなどを装備しており、戦争序盤においては実際にその対艦ミサイルでもって人民解放海軍の空母に手痛い一撃を食らわせていた。
「レザンヌ」は第1空母戦闘群から100キロほど距離をおいて両艦隊の動きを監視していた。
そして、ルクトール海軍はより日本艦隊に近い位置へ1隻の潜水艦を送り込んでいた。
それが「ル・トリオール」
数年前に配備されたばかりの最新鋭の原子力潜水艦である。
「――連中の駆逐艦とフリゲートも監視しているってことは、あの艦隊は連中の仲間じゃないようだな」
「まだわかりませんよ。合流の機会をうかがっているのかもしれません」
「レザンヌ」から、北中国艦隊も日本艦隊を監視するように追尾しているという情報を得た「ル・トリオール」の艦長 フィリップス中佐のつぶやきに、こちらを油断させようとしているのかもしれない、と副長のガニエ少佐が硬い口調で返す。
「あんな、巨大な空母を持ってきたんです。確実に我々の戦いに介入するつもりです。合流する前に我々の力を見せつけるべきです」
「――副長。そう短絡的な行動をとるべきではない。もし、本当に無関係な国だった場合。我々の行動は祖国を破滅に向かわせるものになるかもしれないんだぞ?」
「奴らがやったことを忘れたのですか?あんなのもが奴らに合流した段階で手遅れになります」
すぐに攻撃すべきだ、と主張するガニエ少佐に対して艦長は慎重だ。
この海域は、両大陸のちょうど中間に位置する。一応、インドやパキスタンの民間船舶が航行しており、人民解放軍もルクトール軍も民間船舶に対して攻撃は行ってはいないが、インドやパキスタンなどが軍艦を派遣する形でこの海域を通過していた。
そして、この両国が派遣しているのはせいぜいフリゲート艦くらいだった。
一方で、今日通過している日本艦隊は色々な部分で「目立っていた」
なにせ、10万トン級の大型空母に1万トンを余裕で超える巡洋艦が複数隻に大型の駆逐艦までいるのだ。民間船舶の護衛にしては「過剰戦力」すぎるし、そもそも護衛対象の民間船舶の姿が確認出来ないことからルクトール側は日本艦隊をかなり警戒していたのだ。
一方の、人民解放軍側はこれが中東へ向かっていることを察していた。
北中国もそうだが日本も中東から多くの石油を輸入している。
なので、これは中東から出ることが出来ない日本のタンカーを護衛するために派遣されたものだろう、と人民解放軍側はすぐに判断していた。とはいえ、妙な動きをされても困るということで艦艇2隻を派遣して監視させていたのだ。そして、そのことをわざわざ敵国のルクトールに伝えるわけがないので、この海域は緊迫感が漂うものになったのであった。




