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設定:日本帝国の政治団体

・保守党

日本帝国の保守政党で、現在の与党第一党。

民政党と共に長らく「保守二大政党」の一角として多くの総理大臣を輩出してきた老舗政党。

主な地盤は東北・北関東・北陸・中国・四国・九州・敷島などで地方の農村部に強固な地盤を持っている。

民政党とは、かつて政権を争っていた一方で安全保障などの政策面で共通点も多いことからそれぞれが野党の立場であっても安全保障に関係するところは協力していた。民政党が分裂後は、リベラル政党である進歩党と政権を争うようになり一気に保守化した民政党とは逆に連立を組むようになった(保守連合)

1990年以降では1990年~93年。2000年~2002年。2009年~2011年以外では一貫して与党の座にあり、2012年以降は岸辺長期政権が続くように進歩党の失政などの影響により世論から絶大な支持を受け、政権を維持し続けている。

保守政党であるが、所属議員の政治思想は様々で保守からリベラルまで揃う包括政党の一面を持つ。


-派閥

「派閥」は政党における政策集団を意味するが、保守党は5つの大派閥が中心となっている。

派閥はメディアなどには「会長(領袖)」の名前をつけて「◯◯派」と報じられることがあるが、それぞれ個別の名前があり永田町の内部ではそれらの名前で呼ばれることが多い。

5大派閥は所属人数が多い順に「清心会(岸辺派)」「太平会(大林派)」「日輪会(宮島派)」「秀栄会(森田派)」「大和会(山本派)」がある。清心会・秀栄会・大和会が党内タカ派。日輪会・太平会がハト派と評論家からは分けられている。ただ、同じタカ派でも清心会と大和会では考えに若干の差があり、ハト派でも日輪会と秀栄会ではやはり思想面に差がある(岸辺派は親米だが、山本派はやや反米寄り。森田派は中道右派だが、宮島派はリベラルに近い)

5大派閥以外にも中小の派閥はあり、更に派閥に属さない議員もいるが基本的に大半の議員はいずれかの派閥に所属しており、派閥同士を掛け持ちすることを制限するなにかがあるわけではないが、基本的に掛け持ちをしている議員はいない。


-清心会(岸辺派)

党内最大派閥。現会長は前総裁である岸辺晴彦。

結成は1950年代。現総理である安川の祖父である「安川新三郎」が会長に就任する形で出来上がる。

安川は当時の内閣総理大臣である岸辺晴久(晴彦の祖父)の最側近であり、設立時に参加していた議員も晴久の側近や彼のことを応援していた議員たちが中心であった。実際、晴久が総裁を退くと会長は安川から晴久に変わっている。

晴久がアメリカとの同盟関係を成立させたこともあり、その立ち位置は「親米保守」であり経済面は改革派に近い。

安全保障面はタカ派でありソ連や北中国に対抗するための軍備を維持すべきという考えを持つ。

派閥内から総裁及び総理大臣は晴久を除けば5人輩出している。この数は、太平会や日輪会に次ぐ3番目である。

所属議員数もながらく党内三番手であったが、現会長である岸辺晴彦が総裁になってからは彼が10年以上も総裁を務めていたこともあり2014年から現在に至るまで10年間にわたって党内最大派閥の地位を確保し続けており、長く党主流派として現在の安川体制でも強い影響力を持っているとされている。

なお、現総裁である安川真一は、安川新三郎の孫にあたるが初当選から一貫して派閥には所属していないものの、派閥の会合に顔を見せるため実質的に安川も岸辺派に所属しているという主張する専門家も多い。



-太平会(大林派)

党内第二派閥。会長は党幹事長を務めている大林治郎。

1970年に当時最大派閥であった「佐川派(秀桜会)」から山中三郎を筆頭に40人あまりが離脱して発足した派閥。

日米同盟には肯定的であったが、過度にアメリカに接近することには慎重であった。外交政策では「アジア重視」を掲げておりソ連や北中国とも一定の関係を構築することに肯定的であったため、日輪会と並んで「ハト派」と呼ばれていた。

山中が国土開発に熱心であったことから地方部に強い地盤を有しており、特に新潟や東北地方では田中の国土開発によってインフラ整備が行われたことから、現在に至るまで太平会系の議員が多い。


山中が政界を引退した1990年以降は、軍拡を続ける北中国を「脅威」に見るようになりそれまで距離をとっていたアメリカとの関係を重視するようになるなど「親米」へ軸足を移し、それに伴い清心会や秀栄会と協力関係を結ぶようになっている。




-日輪会(宮島派)

五大派閥の一つで第三派閥。現会長は宮島一浩(元財務大臣・党政調会長)

1940年代に吉川純によって設立された。現存する派閥では最古である。吉川が官僚出身だったこともあり官僚出身の議員たちが多く集まっていた。そのため、政策面に非常に明るい。だが、一方で政局には弱いと評されていた

穏健的な保守思想の議員が多く集まっており、その思想は民政党に近い。

実際、所属議員の中には「民政党との大合流」や「民政党との連立」を真剣に考えていた者がいたほどで、後に民政党と連立交渉の時は日輪会所属の議員が積極的に交渉をまとめた。

1990年代までは複数の総裁を輩出するなど、党の主流派であったが1990年以後は激変の政界についていくことができず勢力を衰退させていく。これは、逆に勢力を拡大させていった清心会とは対照的であった。



-秀栄会(森田派)

5大派閥の一つで第四派閥。現会長は森田康弘(現・国防大臣)

1970年に分裂した「秀桜会」を引き継ぐ形で設立。初代会長は山中と後継者を争った森田康雄(現会長森田康之の祖父)が務めた。そのため、田中をトップとする太平会とは折り合いが悪く。清心会と協力関係を結んだ。

当時は田中が実質的に党内を支配していたこともあり長らく、清心会と共に非主流派となる。山中が総裁に退任してからは清心会やそれ以外の派閥からの支援を受ける形で、森田康雄が総裁になるが保守党は下野していたため総理大臣にはなれなかった。

太平会との関係は以後も悪いままだったが、大林治郎が実権握る2010年以降は急速に雪解けが進み、共に岸辺長期体制を支える主流派になるなどしている。それは、現在の安川体制でも変わっていない。



-大和会(山本派)

5大派閥の一つで第五派閥。現会長は山本一朗(現・内務大臣)

党内最右派に属する派閥であり急進的な保守主義者なども抱え込んでいる。設立は1950年代で、日米同盟結成に反対する議員たちによって結成された「勉強会」を祖としている。それが、やがて派閥になり同様に日米同盟に疑念を持っている議員や、強い民族主義思想を持つ者たちが集まる。

他の派閥はある程度、保守からリベラルまで様々な思想をもった議員が集まるのだが大和会は一貫して「保守派」のみが所属してきており、その結束力は党内随一とまで言われている。

これまで3人の総裁を輩出し、そのうち2人は総理を務めたがその強い保守思想故にメディアの標的になりやすくいずれも短命政権で終わっている。安全保障分野においてタカ派であることから、その部分においては清心会や秀栄会と協調することが多い。

民政党との連立には当初から否定的であり、同じ右派政党である国民党との連立などを主張していた。




・民政党

日本帝国の中道右派政党。

かつては、保守党と交互に政権を担っていた「保守二大政党」の一角を担っていた老舗政党。

政治思想は保守からリベラルまで幅広くあり、一部の労働組合(主に製造業や電力会社系)からの支援を受けており、一定数の革新票の受け皿になっていたが。93年の分裂でリベラル派の大半が新党である「進歩党」に移ったため、リベラル派はおらず保守派と中道派のみの政党になっている。

主に都市部で地盤を持っており、それ以外に樺太や台湾にも強固な地盤を有している。一方で地方部では当初から苦戦しており中選挙区時代でも1議席確保するのがやっとということも多かった。

1993年に政治改革などを巡って党が分裂する。元から右派とリベラル派の関係が悪かったため、半数以上の議員が抜け一気に衰退する。その後は、中道右派・自由主義政党として立て直しをはかるが単独での立て直しが難しかったため、保守党と連携する選択をとる。本格的に保守党と連立を組んだのは2002年からで、以後は両党で候補者調整を行う。これによって議席を徐々に回復させていき現在は衆参あわせて200ほどの議席を有している。

連立政権において民政党には最大で6つの閣僚ポストと副総理職が割り振られている。閣僚ポストに関してはいわゆる「指定席」とされる固定されたポストはなく、その時の内閣次第で割り振られる閣僚ポストは変わっている。

現在の安川内閣では労働・厚生・通信・運輸・科学技術・北方開発の大臣・長官職が民政党に割り当てられている。



・進歩党

リベラル政党。現在の野党第一党。

1993年に民政党のリベラル派が集団離党した後に発足した。当初は「中道政党」を謳っていたがすぐに「進歩主義勢力の結集」を旗頭にするようになり中小の政党を飲み込みながら規模を拡大していき、民政党に変わって保守党に対抗する有力野党となる。2000年には複数の政党と連立を組む形で結党後はじめて与党となるが、連立内の足並みが揃わなかったため2年ほどで瓦解。

2009年には政治資金や経済対策で世論から失望された保守連立政権への批判票の受け皿になる形で議席を大幅に増やし、社会労働党などとの連立政権を発足させるが。こちらも、公約していたものが実現不可能なものだと判明して軌道修正した結果世論からの反発を受け3年ほどで野党に転落するなど、安定政権を築くには至っていない。

その後は、岸辺政権を筆頭に保守連合が安定した政権運営を続けている影響で議席を伸ばすことが出来ていない。

また、党内もまとまりが見られず2016年には当時の執行部による左派的な政策に反発する保守派が集団離党している(後に中道政党である自由党を設立する)

近年は「急進派」と呼ばれる民主社会主義者などの急進左派思想を持つ議員の数が増えており、急激に「左傾化」しておりそれに伴い従来の穏健的なリベラル支持層は自由党に流れ始めており、支持率低下に悩まされている。



・改進党

日本帝国の中道右派政党。連立与党「保守連合」の一員。

近畿圏のローカルタレントとして知られていた橋川透が2008年に大阪で設立した政治団体として始まった。

「改革保守」を掲げる新保守・新自由主義政党であり保守党や民政党に所属していた地方議員たちが参加し、2010年に行われた統一地方選挙で大阪府・大阪市の議会でそれぞれ過半数を得て更に市長や知事のポストを確保する躍進を見せる。翌年の衆院選挙では大阪や近隣の奈良県・兵庫県といった近畿一体に候補者を擁立し20議席を獲得。2年後の参議院選挙では大阪と兵庫の選挙区で議席を得る。翌年の衆議院選挙では議席を更に上乗せて40議席を得ると選挙後「与党から国を改革する」として連立与党入りを急遽表明し世間を騒がせる。以後、現在に至るまで連立与党の一角として活動しておりその名の通り多くの改革案を与党の立場で提案し、保守党や民政党との調整などを経て実現させている。

主な地盤は近畿圏だが、近年は関東地方や秋津地方でも支持を得て比例などで議席を得るなど着実に党勢を拡大している。



・自由党

日本帝国の中道政党。野党第二党。

2016年。左傾化した当時の党執行部に反発した党内右派が集団離党した上で設立した政党。

発足時は「進歩党では出来なかった真の中道を目指す」と掲げていた。所属議員は党内右派とされる主に中道・中道右派寄りの思想を持った議員が中心で、与党に対しては進歩党が対決姿勢だったのに対して自由党は「是々非々」とし、協力できるところは積極的に与党に協力するとした。

当初は中々議席を伸ばすことが出来なかったが、一方で議席を減らすこともなく衆参両院で合計20議席前後で落ち着いていたが2020年に入ってから急速に左傾化していった進歩党に見切りをつけた穏健的なリベラル思想を持つ有権者たちから支持を集めるようになると徐々に党勢を拡大していき、地方議会でも一定数の議席を得るようになる。特に、2023年は総選挙では初めて衆議院で30議席以上を確保。一部の世論調査では進歩党を抜いて野党トップの政党支持率を得るなど着実に支持を広げている。




・国民党

保守政党。保守連合の一員。

保守党よりも保守的とされている政党で強い反共主義思想を持つ。設立は1940年代であり発足時から「アメリカと軍事同盟を結び共産国家に対抗すべき」と主張していた。保守党に政治思想は近いが特に、日米同盟を推進した岸辺晴久などが率いていた清心会とは関係が深い。一方で、ハト派である日輪会のことは「保守党である必要はない」と批判していた。

樺太や北海道東部。敷島などに根強い支持基盤を持つ。

議席数は衆参あわせて10議席程度という小規模政党だが、保守党政権と共同歩調をとることが多いので一部では「保守党の出先機関」などと呼ばれることもある。

長らく「閣外協力」という形で保守党政権に協力してきたが、2002年からは民政党を加えた「保守連合」の一員になっており副大臣や大臣政務官など複数のポストが保守党から譲られている。



・社会労働党

左派政党。

社会主義政党として1920年代に発足。後に議会制民主主義を許容する社会民主主義政党となっている。

国会に議席を有する政党の中で最も左派的であり公務員労働組合などを主な支持母体。北海道や大分県などに強固な支持基盤を有しており、1980年代までは有力な革新政党として保守二大政党に対抗していた。ただ、衆議院では100人程度しか議員を擁立しなかったことから支持者を中心に「本気で政権をとるつもりがない」という批判を常に受けおり、支持基盤として取り込みたかった穏健的なリベラル層が民政党に流れていたため、議席数は50議席程度にとどまることが多かった。

1990年からは民政党が分裂したことに伴い発足したリベラル政党である進歩党と協力関係を結び、はじめて政権与党になるなどしたが進歩党との間でも主に安全保障面での考えの違いから意見が対立することが増えた。また、それまでの支持層が進歩党に流出したことで政党支持率も低迷。所属議員の多くが進歩党へ移籍したため衆参あわせても議席数が10議席に満たないという危機的な状況に追い込まれている。



・緑の党

左派・環境保護政党。

国際的な環境保護活動が盛り上がりをみせた1974年に設立された。

環境破壊につながる大規模な開発に一貫して反対を貫いており、そのためには実力行使をじさないなどしばしばその過激な抗議行動が物議を醸すこともある。政治思想は左派・平和主義であり軍備拡張に関しても「諸外国を警戒させる」としてこちらも一貫して反対している。進歩党や社会労働党とは政治思想的に近いことから協力関係にあるものの、環境保護政策の部分では進歩党との間に大きな隔たりがある。一時期は衆参あわせて20議席以上の議席を得ていたが、近年はその過激な抗議活動やソビエトや北中国の軍拡に対しても「日本が軍拡をしたから仕方がない」などという幹部発言への反発もあって支持率は低下しており、直近の選挙では議席数を半減させるなど逆風を受けている。



・共産同盟

共産主義系の政治団体。

ソビエト共産党の支援によって1922年に非合法政党として発足。

日本における「共産革命」実現のために「武装闘争」を行い各地でテロ事件を引き起こし、厳しい取り締まりを受ける。

その後勢力は複数に分裂し、大多数は合法的な社会主義政党だった「社会労働党」に合流。表立った動きをみせなくなったが組織そのものは存続しており、一部の過激派が「武装闘争」堅持のためにソ連共産党などからの支援を受けて力を蓄えており、現在に至るまで散発的にテロ活動を行い続けている。


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