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新世界歴元年 4月15日
日本帝国 神奈川県 横須賀市
帝国海軍 横須賀基地
強襲揚陸艦「大隅」
中米などへの軍の派遣が決まったことで、各地にある基地や駐屯地ではそのための準備が慌ただしく行われていた。すでに、準備を済ませた空軍の一部部隊は一足先にアメリカへ向かって飛び立っており、地上部隊も機動性の高い海兵隊が部隊の移動を始めていた。
横須賀基地では、第1海兵師団に属する戦車や装甲車などの揚陸艦への積み込みが慌ただしく行われていた。その、すぐ近くでは到着した海兵たちが続々と大隅やその他の揚陸艦へ乗り込んでいた。
「大隅」は大隅型強襲揚陸艦のネームシップとして1988年5月に就役した。
満載排水量4万トンは、アメリカ海軍のカサブランカ級強襲揚陸艦とほぼ同程度で、それまで運用されていた強襲揚陸艦に比べて航空機運用能力が大幅に向上していた。
STOVL機であるAV-8Jを最大20機。中型ヘリコプターなら30機を搭載することが出来、海兵隊員も1200名(1個大隊規模)収容することができた。
現在は、AV-8Jに変わって後継機であったF-35BJを運用できるように改修されており、今回も8機が搭載されていた。
「大隅」を旗艦とする第1揚陸戦隊。
その指揮官である上野 順次郎准将は9月に着任したばかりだった。
それまでは大佐であり、ミサイル巡洋艦「金剛」の艦長を務めており准将に昇進するのと同時に第1揚陸戦隊の司令官となった。
中佐時代に「大隅」の副長を務めていたり、少佐時代には第1揚陸戦隊で参謀を務めていたこともあった。
「――司令。海兵隊の乗艦は順調です。このままいけば、予定通り1300には横須賀を出港できる予定です」
「ご苦労。相変わらず、海兵隊の動きは素早いな」
上野に報告したのは「大隅」艦長である幡山 信介大佐。
彼も去年の3月に中佐から昇進の上で大隅の艦長に就任した。それまではミサイル駆逐艦「島風」の艦長や、ミサイル巡洋艦「愛宕」の副長など、主に戦闘艦艇をメインに乗艦していた。強襲揚陸艦に乗り込むのは今回が初めてだった。
そして、幡山の背後からもう一人。上野に声をかける者がいた。
「第1海兵連隊長の細川です。今回もよろしくお願いします。上野閣下。幡山大佐」
「こちらこそ、よろしくお願いする。細川大佐――こうして会うのは私が『大隅』の副長をしていた時以来だから7年ぶりか」
「お久しぶりです。ええ、7年前のソマリアへの派遣以来です」
7年前。ソマリアで勃発した大規模な内戦にアメリカや欧米諸国を主体とした多国籍軍が派遣され、日本も第1海兵師団などを派遣していた。内戦事態は多国籍軍の介入もあって暫定政権側が勝利したが、かなり高度に武装化していた反政府勢力の抵抗によって多国籍軍側にも少なくない損害が出たことでも知られる。
当時、上野は中佐として「大隅」の副長を務めており、細川は第1海兵師団の参謀の一人として「大隅」に乗り込んでいた。
「あの時も大変だったが。おそらく今回はそれ以上に過酷な任務になる――まあ、それまで安全に任地まで送り届けることを約束しよう」
「それは心強い。大船に乗った気分でお任せいたします」
「もっとも、ウチは空母を出せないんだがな。ローテーションの都合でこっちにまわせる空母がいないらしい。そこは勘弁してくれ」
「いえ。複数のイージス艦と潜水艦がつくだけで十分ですよ」
ローテーションの都合で空母はいないのだが、かわりに海底の状況が確認出来たということでそれまで運用できていなかった原子力潜水艦が護衛として1隻つくことが決まっていた。
更に、
ミサイル巡洋艦「金剛」
ミサイル駆逐艦「旗風」
汎用駆逐艦「秋波」「夕雲」が護衛として随伴する予定だ。
日米間の移動だと考えるとこれでも十分にオーバーな戦力なのだが。転移の影響で日米間の太平洋でさえ「絶対に安心」と言える状況ではないのでとりあえず出せる戦力を出している状況だった。
「それでは、私はこれで失礼します」
細川はそう言って艦橋から退室していった。
そして、1時間後。予定通り海兵隊の乗艦及び装備品の積み込みが終わり「大隅」を旗艦とする第1揚陸戦隊は横須賀基地を出港した。
東京湾沖 原子力潜水艦「春島」
東京湾沖には第1揚陸戦隊を護衛するミサイル巡洋艦「金剛」などの艦艇が洋上待機していた。そして、金剛などから少し離れた海中には1隻の潜水艦が待機していた。
グアムの第1潜水隊に所属する攻撃型原子力潜水艦「春島」だ。
春島は八神型原子力潜水艦の12番艦にあたり1992年4月に就役した。当初は択捉基地の第2潜水戦隊に所属していたが、2012年にグアムの第1潜水戦隊第1潜水隊に転属している。
主に、空母戦闘群の護衛やあるいは単独の哨戒活動。そして、トマホーク巡航ミサイルを運用可能なため隠密行動下での対地攻撃任務などその任務は多岐に及んでいた。
八神型は当時としては珍しい「原子力ターボ・エレクトリック方式」を機関方式として採用していた。これはいうなれば電気推進であり、従来の機械駆動に比べて静粛性が向上する。ただ、コストなどが機械駆動に比べると増大するという欠点があり、八神型が計画されていた当時、導入していた国は本当に少なかった。ただ、日本は「静粛性」を重視してこの方式を採用した。
転移してから3ヶ月。海軍は「海底の状況が不透明」ということを理由にして潜水艦の運用を全面的に見送りながら、アメリカと共同で周辺海域の海底調査を実施。ようやく、ある程度の安全が確認されたことから4月になって本格的に潜水艦の運用は解禁され、春島は解禁後初めての本格的な任務として今回の護衛任務に参加していた。
艦長は、海江田 俊彰中佐。
年に何度か行われる日米軍事演習における模擬戦で厳重な対潜警戒網を持つアメリカ海軍の空母打撃群を単艦で壊滅させたことで知られる歴戦の潜水艦乗りだ。
「艦長。夕雲から『ピッタリと背後につくな、部下が怯える』という通信が…」
「そんなつもりはなかったんだが。さすがは夕雲だな。あっさりとこちらの位置を見破るとは」
海江田は苦笑しながらも自分たちの位置をあっさりと見つけた夕雲を称賛する。夕雲は2020年に配備されたばかりの最新鋭の汎用駆逐艦だ。最新の高性能ソナーを搭載しており、対潜水艦探知能力は帝国海軍のどの艦艇よりも優れていた。
潜水艦対策は日々進化している。そして、潜水艦も見つからないように様々な工夫をしている。特に近年はソ連や北中国の潜水艦の性能は飛躍的に向上していることもあって、海軍も探知に関してはかなり力をいれていた。
「まあ。夕雲に謝罪しておこう。『三ヶ月ぶりでテンションが上がった』といった感じでな」
「それは謝罪なのでしょうか…」
「大丈夫だ。迫水なら笑うくらいで済む。他の艦長には言わんよ。特に金剛の水野大佐にいったら怒鳴り込まれそうだ」
そう冗談めかして副長に笑う海江田。
もちろん、彼なりの冗談だが。久々の任務で乗員の士気が高いというのは事実ではあった。
原子力潜水艦はその無限の航続距離を持っている影響で一度任務が始まれば、最長で2ヶ月ものあいだ潜航を続ける必要がある。乗員たちはその間ずっと極限状態に置かれるので、精神的な疲弊は従来の通常動力型潜水艦に比べて高い。なので、帝国海軍を含めた原子力潜水艦を運用している国々はクルー制を導入して乗員の負担を低減させていた。
海江田たちも、本来ならば年明けに休暇を終えて任務に戻る予定だったのだが転移によって任務につくことができなかった。休暇も延長されたがこの三ヶ月ずっと休みだったわけではなく、2月過ぎからは基地に戻って地上でできる仕事をこなしていた。ただ、基本的に潜水艦の乗員というのは自ら進んで潜水艦に乗ることを希望し、厳しい訓練をくぐり抜けた猛者たちだ。また、これまでの任務と休暇のサイクルが変わって長期の地上待機で逆に調子を崩す――などという乗員も一定数いたほどだった。
そして、その筆頭が艦長の海江田であった。
汎用駆逐艦「夕雲」
「夕雲」は夕雲型駆逐艦の1番艦として2020年に横須賀の第1駆逐戦隊 第11駆逐隊に配備された。
基準排水量5,200トン。満載排水量は7000トンに達する大型駆逐艦だ。
機関は、電気推進とガスタービン推進を組み合わせたCOGLAG方式。
従来のオールガスタービン方式に比べて燃費面が改善し、長期間の作戦をより少ないコストで続ける事ができる。
夕雲には最新型の高性能ソナーが搭載されており、これらのソナーと搭載している哨戒ヘリコプターや、無人哨戒機を用いてより広い範囲の対潜哨戒活動ができた。潜航していた「春島」を発見したのはまったくの偶然であるが、潜水艦が護衛につくことは乗員たちの多くは知らなかったこともあり潜水艦を発見した時は艦内は非常に緊迫したものとなった。
その、潜水艦が友軍のものだと判明したため現在は落ち着いている。
「――全く……こんな心臓に悪いことをするのは海江田しかいないな」
艦橋で腕組みをしながら渋い顔を作っているのは艦長の迫水 亮介中佐だ。
海江田中佐とは兵学校時代の同期であり、現在でも比較的頻繁に連絡を取り合う友人関係にある。
海江田中佐が潜水艦乗務になってからは機密情報ばかりなので直接会う機会も少なくなり、どのような任務についているのかも知らないが「春島」の艦長が、海江田であることを迫水は半ば確信していた。
「たしか、日米合同演習では米機動艦隊を単艦で壊滅させたことで有名なサブマリナーですよね」
副長兼船務長の早坂 達也少佐の言葉に迫水は苦い顔のまま「そうだ。米海軍からは『死神』なんて呼ばれているな」と頷く。
「『死神』ですか……また仰々しいですね」
「海江田はな…一度目をつけた獲物は絶対に逃さない。そういう執拗さがあるんだ。『死神』の由来は目をつけられたらほぼ沈められるところから来ているらしい。あいつと対潜演習をして勝てるのは10回に2回あるかどうかだな」
「ヘリや哨戒機を使ってもですか?」
「そうだ。本来ならこっちに有利なはずの状況でも海江田は確実にこちらを潰してくる。普通の潜水艦乗りでは出来ない芸当をやってのける」
「にわかに信じられません…確かに、我が海軍の潜水艦部隊は精鋭だと聞いていますが。それでも、陸や空と違って海は一人だけ突出していても結果は大きく変わりませんから」
「確かに君の言う通りだ。ただ、海江田の怖いところは部下への統率能力も秀でていることだな。彼奴の下についたやつがことごとく一流の潜水艦乗りになるんだよ。これから海江田が潜水戦隊の司令官になったらとんでもない潜水艦隊ができるかもしれんぞ」
「それは…仮に実現すれば友軍としては非常に心強いですね」
「そうだろう?まあ、敵にとっては常に首に鎌をかけられているようなものかもしれないがな」
その海江田が護衛につくというのは精神的にも心強かった。
「艦長。『大隅』からです。まもなく東京湾を抜けるとのこと」
「了解。そろそろか。ハワイまでは空母なしというのが少し気になるが…ハワイにつけばアメリカさんが空母を出してくれる。それまでは、どこから敵がやってきてもいいようにしっかりと警戒しておかなければな」
その10分後。強襲揚陸艦「大隅」を旗艦とする第1揚陸戦隊は東京湾を抜け沖合で待機していた護衛艦たちと合流。最初の中継地であるハワイへ針路を向けた。




