66:日米電話会談
新世界歴元年 4月13日
日本帝国 東京市 千代田区
総理官邸
『軍の派遣に応じていただき感謝する。これで状況は変わりそうだ』
そう言ってモニターで深々と頭を下げるのはアメリカ大統領のルイス・ローベンスであった。
アメリカ大統領が他国の首脳に頭を下げるというのは非常に珍しいことだが、それだけ今回はアメリカにとって危機的な状況だったということだろう。これが「アメリカファースト」を掲げていた前任者だったらどんな対応をとっただろうな、と安川は内心思う。
前任者はその破天荒な言動や行動で、敵対国・同盟国問わずに様々な騒動を巻き起こしたが、同盟国の首脳の中で前任者と最もうまく付き合えていたのは岸辺だった。岸辺は人誑しのところがあるので、相手の懐に入り込むのがうまかった。そのおかげで、前任者は岸辺のことはかなり評価していたらしい。まあ、そういった能力がなければこの国で10年以上も長期政権を築くことはできなかっただろう。
「ところで、状況はそれほど悪いのですか?」
『――率直にいって相当に悪い。相手はかなりの大国のようでな。今の戦力では押し返すのは難しいというのがペンタゴンの考えだ。だからこそ、日本を含めた各国に支援を要請するしかなかった。まあ、支援を出すかどうかで色々と揉めたんだがね』
「情報によれば全盛期のソ連並――などという報告を聞きましたが」
『おそらく事実だろう。まだ、完全な偵察が済んだ訳では無いが確認できただけでもかなりの数の軍事施設が見つかり、動員をかけている様子も確認されている。ただ、より詳細な情報を得るにはもっと「目」を増やさないとわからないな』
もし、衛星システムが完全だったならばアメリカは今のように時間をかけることはなく早々に相手の軍事施設を片っ端から潰していただろう。それだけの「目」をアメリカは宇宙に持っていた。そして、相手の文明レベルが同レベルならばサイバー戦争でもって有利な状況に持ち込むことも出来た。
転移によってそれらの大半が使い物にならなくなったことから、アメリカは非常に慎重に動かざるを得なかった。まあ、一番の理由はアメリカ本土にいる従来戦力だけでは対応出来ないということが早くにわかったということなのだろうが。
『――しかし、ヨーロッパにも支援を出すとは。大丈夫なのか?』
「一応は本土防衛ができるだけの戦力は残す予定なので。それに、ヨーロッパが求めているのは機動艦隊のようですから」
『相変わらず、とんでもない規模の海軍だな……』
「世界最大の海軍を持つ国に言われましてもねぇ……」
『その、我が国に匹敵する海軍を持つ時点でおかしいのだよ。しかも、そのすべての戦力を極東においているという時点でね。それに…ヤマトだったか?あんな巨大な戦艦を作る時点で十分おかしいよ』
「これはまた耳が痛い話ですね……一応は、人民解放軍とソ連太平洋艦隊の拡張に対抗するという名目があったのですがね」
『実際、あの2つの国はかなり慌てていたな。100年ぶりの海軍軍縮会議を提案するくらいだった――もし、軍縮会議が実現されていた場合。戦艦はもちろんのこと空母や戦略原潜も大幅な削減対象になっただろうな――そして、我が国はこの提案にのることはなかった。日本もそうだろう?』
「ええ。ソ連や北中国の戦略原潜が減るのは朗報とはいえ。我が国にとっての脅威は海にいる潜水艦よりも、大陸から飛んでくるミサイルですからね。それに、条約が出来たとしても彼らが真面目に守るとは思えません」
『まあ、我が国も素直に守ることはないな』
この部分は日本人の真面目さが仇となっている。
1920年代にあった海軍軍縮条約を真剣に守ろうとしていたのは日本くらいでアメリカを含めた各国は、様々な抜け道で突破しようとしていた。日本も途中から方針転換をして、当時それほど厳しい規制の対象になってなかった空母の増産を行ない。結果的に、それが太平洋戦争で大きな戦果を上げる要因の一つにもなった。
両首脳は、その後1時間にわたって会談を行った。
その、ほとんどは大きく変わったこの世界における対応策。そして、今後も日米は緊密に連携をとっていくというものだった。
日米電話会談が終わって数時間後。
総理官邸に二人の政治家が姿をあらわす。
一人は、民政党代表の大沼正一郎。
そしてもう一人は、改進党代表の橋川透。
連立与党を組んでいる両党の代表である彼らは定期的に保守党総裁である安川と意見交換をするために官邸にやってくるのだ。
今日は、数時間前に電話での日米首脳会談が行われていたことから官邸に詰めている記者たちは、首脳会談で話し合われた情報のすり合わせを代表同士でするために総理が大沼たちを呼び出したのだろうと推察した。
ただ、これは半分当たっていて半分外れていた。
情報のすり合わせの部分はあっているのだが、別に安川が二人を呼び出したわけではなく、二人が首脳会談を終わったのを見計らって官邸に直接やってきたというのが事実であった。
「――なるほど。相手はソ連並……たしか、ドイツやフランスの大使も同じこと言ってませんでしたか?」
「これが、誇大表現なら良かったんですが。色々と情報を精査してみると…どうやら事実のようです。中央アメリカもそしてギリシャもソ連並の物量をもった超大国に攻め込まれています」
橋川の指摘に安川は苦笑交じりに返すと両代表は揃って天を仰いだ。
「こりゃまた…かなり重い戦場に兵士たちを向かわせることになりましたな」
「そうなりますね…ただ、無視できるものでもありません。アメリカやヨーロッパが不安定になるのは我が国にとってあまり喜ばしいことではないですから」
「とはいえ、今はまだ世論は好意的ですが。こりゃ長期戦は確実だ。あまり長引くと一気に世論は逆に向く――それに、アメリカのことだから確実に敵地へ攻め込もうとしますよ?そんなのに付き合うつもりですか?防衛戦だけ限定なんてアメリカが聞くとは思えませんけど」
「そこが難しいところですね…アメリカも相手側と外交的な接触ができないかと色々とやっているようですが。今のところまったく交渉の手がかりを見つけられていないようですから」
そう言ってため息を吐く安川。
現代でも過去においても、大規模に軍を動かすのには相応の資金がかかる。それは国家にとって無視できない規模だ。今回のように一応「防衛目的」ならば理解も得られやすいが、攻撃目的の場合は一部以外は基本的に歓迎されることはない。
それは、アメリカだって同じだ。20年前のイラクへの軍事侵攻はとりわけ強い批判を内外から受けることになった大統領は結果的に、次の選挙への出馬を辞めざるを得なくなった。そして、野党候補に圧倒的な多数をつけられ与党候補は惨敗していた。以後、アメリカは戦争にはかなり慎重な姿勢を見せるようになる。それは、国家間問わず、武装組織を対象にした軍事作戦でも慎重さを見せたほどだ。
まあ、結果的にそういったアメリカの姿勢は日本など同盟国から一種の不信感を持たえる一因にもなり、続く「自国第一主義」を掲げる前大統領が当選してからはよりそれが強まった。
今のローベンス政権は内外ともに綱渡りの対応をしていることになる。
過去のツケを払っているといえばそれまでだが、激務のせいかテレビ電話越しでみたローベンスはだいぶやつれているようにみえた。「体にお気をつけて」としか言いようがなかったが、逆にローベンスから「そちらもな」と言われた時は肩を竦めるしかなかった。
大統領職も大変だが、内閣総理大臣という椅子も相応に重いものだ。
アメリカのように絶大な政治権限を持っているわけではない。あくまで、総理大臣というのは内閣・行政府もトップという立ち位置なだけだが、それでも総理として決断しなければいけないことは多く、最終的に「自分の責任で」という一言でまとまるものも多かった。
かつて、「総理を目指す」と豪語していた改進党の橋川も、連立与党に入って長期政権を率いてきた岸辺を見ていたせいか「自分には無理かもしれない」と言ったように。外から見たのと、中から見たのでは大変さというのはわからないものなのだ。
今回の、アメリカやヨーロッパからの支援要請の受託も最終的に安川が「自分の責任でもって進める」といって意見はまとまった。まあ、当然だろう誰しも責任はとりたくはない。だが、誰かが責任をとらなければ進まない。ならば、行政府の長である総理大臣が責任を負うしかないのだ。
本音からすれば「何度も責任をとるような決断はしたくない」のだが、どうやら世界はそれを許してはくれないらしい。おそらく、これからもこういった難題は安川や日本の前に立ちはだかってくるだろう。
安川にとって頭の痛い話だが、逃げ道など用意されているわけがなかった。
「ところで、一部週刊誌が『衆参同時選挙がある』なんて記事出してますけど。総理はそんな話しました?」
「してませんよ……この3ヶ月の間選挙のことを考えている余裕があると思いますか?」
「まあ、ないでしょうねぇ…ただ、同時選挙というのは個人的にはありだとは思ってますよ。なにせ、こんな未曾有の事態なんですから。解散理由も作りやすい」
そう言って悪い笑みを浮かべる橋川。
普通なら「冗談で言っている」と思うだろうが、彼の場合はこれを本気で言っている。
衆議院の任期は4年だが、総理大臣が解散権を持っているので様々な政局によって任期満了を待たずに選挙が行われる事が多く、平均で3年毎に衆議院選挙は実施されていた。
一方の参議院の任期は6年だが、3年毎に半数が改選のための選挙が実施される。こちらは衆議院と違って任期満了後に行われるので毎回、7月や8月といった夏頃に選挙は実施される。
そして、ちょうど今年が3年に1回の改選が行われる年であった。
参議院選挙にあわせて衆議院を解散させて同時選挙を実施するというのは、過去において何例かあるが、最後に同時選挙が行われたのは40年以上前の1982年だ。
ただ、時の政権によほどの追い風が吹いているか、あるいはするしかないほどに追い込まれていない限り衆議院を解散させて、参議院と同時に選挙を行うという一種の博打を打つ総理大臣はあまりいない。
そもそも、衆議院の解散を行うのだって総理大臣が変わったばかりの時か、あるいはよほど追い詰められてやむを得ず解散のカードを切るしかない。
前者は新総理の勢いで現有以上の議席を得て政権基盤を整えたいという思惑が働き、後者に関しては負けるにしてもダメージを小さくすることを目標にするわけだが、大抵の場合はその時の与党が大敗して、政権が変わる。
近年では1993年や、2000年、2009年そして2011年が後者に当てはまり前者は直近だと2023年に当てはまる。
そして、この2023年の選挙を実施したのが安川だった。
10年以上続いた岸辺政権が終わり、その後任となった安川。岸辺の長期政権が支持されていたおかげで衆参ともに連立与党が多数派を占めていたが、橋川や大沼、そして幹事長になった大林などから「トップが変わった新鮮なウチにやったほうがいい」という助言を聞く形で衆議院を解散して選挙にうった。結果は、議席を若干減らす結果にはなったがそれでも連立与党の多数派という構図は変わらず、ひとまず「世論の信任を受けた」と言える状態にはなった。
もちろん、この解散には野党や一部の野党系メディアから反発や批判もあったがそれらは一過性のものであるし、前回の選挙から3年ほど経っていることもあり、これらの批判が政権への打撃になることもなかった。
ただ、今回は前回選挙から2年も経っていないので前回とは状況が違う。
もっとも、それは日本を取り巻く環境にも言えることだ。
なにせ、今回は前例のない「世界融合」という異常事態である。さすがに異変直後に選挙をやっていたら猛反発を受けていたかもしれないが、ひとまず内政を含めて大きな問題は片付いている。まだ、細かい問題は山積みではあるがそれらも内政に関しては解決していく目処はついたし、外交などに関しても中米やヨーロッパの戦争以外は目処がついている。
確かに、参議院選と同時に選挙を行えるタイミングではあるのだ。
解散理由に関しても「世界融合後の政権対応の是非」とは言える。
内務省や自治体などは大変だろうが、同時選挙を実施すればその分投票率の向上も見込まれるだろう。
ただ、安川はすぐに決断は出来なかった。未だに世界情勢は予断を許さないくらいには揺れ動いている。そもそも、参議院選挙も予定通りに実施できるかどうかもまだわからない。
明日、再びどこか異界の国から攻撃を受ける可能性だって決して排除できないのである。
「同時選挙は今後の情勢次第ですね…いますぐに何かは言えません」
「ええ。それで構いませんよ。ただ、重要な選択肢の一つだと自分は考えています。大沼さんもそうでしょ?」
橋川から話をふられた大沼はしばらく考える仕草をとる。
3党の代表の中で、大沼が最も年長だ。安川は46。橋川は50で、大沼は今年還暦を迎える。政治家としての経験も大沼は二人よりも当然ながら多く様々な政治的な出来事を議場などで見続けていた。
「たしかに、同時選挙は悪くない選択肢だろうな」
そこで、大沼は言葉を区切り「ただし」と付け加える。
「ただし、それはこれからも日本にとっての『平時』が続く前提だ。更に広大化した太平洋はまだまだ未知の領域ばかり。一応、我が国の周辺だけは一部を除いて良好な関係を築けているし、例外だった国とも関係を構築していこうとしている段階だが、より技術力を持ったそれこそ今回のように中米やヨーロッパに攻め込んでくる好戦的な国がいないとは言い切れないし、そういった国が東南アジアや中国に攻め込んでくるようだと『選挙なんてやっている暇はない』という話になりかねん。具体的な話はもう1・2ヶ月くらい待ってもいいとは思うね」
同時選挙は悪くはない、としつつもこの世界では一気に情勢は変わってしまうので早急に結論を急ぐ必要はないと、大沼は言う。
「地球の常識はこの世界では通用しないというのは、この3ヶ月でよくわかった。まあ、地球もその『常識』が通用しにくくなったんだ。前例云々はこの際考えないほうがいいだろう」
たしかに、と安川と橋川は納得したように頷く。
この場において、すぐ「同時選挙を行う」という具体的な決定までされることはなかった。ただ、安川の頭の中にはしっかりと「同時選挙」は刻み込まれた。




