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64:議会承認

 新世界歴元年 4月9日

 日本帝国 東京市 千代田区

 帝国議会 衆議院 本会議



「――賛成の者は起立願います」


 一部で怒号が響き渡る衆議院本会議で、議長の淡々とした声がマイク越しに響く。すると、多くの議員がその場で立ち上がる。その大半は与党である保守党・民政党・改進党・国民党という与党に属する議員たちだが、野党側からも自由党の議員は全員が立ち上がった。


「起立多数。よって『中央アメリカおよびヨーロッパへの帝国軍派遣』は可決されました」


 与党側から拍手が巻き起こるが、一方で野党側からは「数の暴力だ!」「もっと議論をしろ!」という怒号が響く。

 アメリカから軍の派遣を要請されて一週間あまりで中米およびヨーロッパへ帝国軍を派遣することを衆議院は与党と一部野党の賛成多数で可決した。

 ちなみに、この件に関しての審議は3日間。衆参で用意され森田国防大臣や安川総理が議員たちの質問に答えている。進歩党急進派や社会党など一部の野党は「軍を派遣すべきではない」と真っ向から反発。

 一方で、進歩党の中道派や保守派および自由党は理解を示していたが、早急な採決はすべきではないと釘をさしていた。

 ただ、結果的に衆参共に与党が多数派を占めていることもあって、野党からの批判を半ば無視する形で今日採決が行われることになった。

 緑の党の議員などは怒鳴りながら「強行採決反対」といったプラカードを掲げているのをテレビカメラは捉えるが、すぐに興味を失ったかのように淡々と拍手をしている与党側へカメラを移していた。



「茶番だな…」


 その様子に冷ややかな視線を向ける者がいた。

 大手新聞の一つ「極東新聞」で20年ほど政治記者をしている名倉だ。

 国会内では有名な記者で、政治家相手に臆することなく際どい質問をぶち込むことで知られていた。


「茶番ですか?」

「そうだ。本来ならもっと早くに議会を通過させることが出来たが、野党のガス抜きに与党が付き合ってた結果が今日の採決だ。野党の連中もさぞかし安堵しているだろう。支持者向けに仕事をしているアピールが出来ているわけだからな」


 若手記者の問いに頷きながら「つまらん茶番だ」と吐き捨てるように付け加える。

 国会審議というのは概ね「筋書き」というのが最初に書かれている。

 これは、各党の国対委員長などが事前に決めたものだ。与党の国対委員長はある程度、野党への「ガス抜き」を考えた日程を組み上げ、野党側もそれに応じる形で支持者に向けたアピールのための「反対」を述べていくのだが、本気でそれを止めるつもりはない。

 もちろん、一部には本気で止めようとする者もいるが、それは議会全体を見てもほんの一握りしかいない。そもそも、与党が議会で過半数を優に超える勢力を維持している。そして、現与党連合の結束は想像以上に固くちょっとやそっとで造反者が出ることはない。

 これは、政権をとったあとに常に分裂していた現野党と大きく違っており、だからこそ与党側は野党の「ガス抜き」のために多くの筋書きを用意。野党側もそれを飲み込むのだ。

 茶番政治の何者でもない。だが、それによってある程度円滑に議会運営が出来ているというのも事実だ。

 生真面目な性格をしている名倉からすれば眉を寄せてしまうほどのことだが、大半の政治記者はこれらを「日常」として受け入れている。若手はそもそも茶番政治が行われていることにすら気づいていないが、名倉と同年代のベテラン記者の大半は「これでいい」と本気で考えていた。

 だが、名倉は別だ。

 きちんと、議論を戦わせてこその国会であり政治であると彼は考えていた。今回のような茶番がまかり通るのは政治ではない。ただの「談合」でしかない。とはいえ、彼自身がそのことを改革するために政治家になろうとしているのかといえばそうではない。自分一人が立ち上がったところで政治が変わるなんて名倉は思っていなかった。その部分は、人一倍冷静だった。




 午後6時。

 総理官邸の記者会見室に安川の姿があった。

 アメリカから軍の派遣要請があって一週間あまり、安川は記者たちのぶら下がり取材に一切応じなかった。そのことに進歩党議員や一部メディアなどから非難する声も聞かれたが、衆参両院で軍の派遣は可決されたこともあり今回はじめて記者会見という形で、今回の件を安川の口から説明することになった。


「本日。衆参両院において中央アメリカおよびバルカン半島への帝国陸海空軍および海兵隊の派遣が決定いたしましたので、私から直接なぜこのような自体になったのかを、ご説明いたしたいと思います――」


 簡単にいえば、このまま放置すればアメリカやヨーロッパの戦闘は手のつけられないものになるので、その前に日本も軍を派遣することによって事態の沈静化を図りたかった――というのが日本政府が中米やヨーロッパに軍を派遣する理由の一つだ、と安川は説明する。

 特に、中米に関してはヨーロッパと違ってメキシコ以外に満足な軍備を持つ国がなく、すでにメキシコを除いた中米の総人口の7割以上がアメリカなどに難民として避難しているなど、状況は非常に悪かった。

 ある程度マイルドにしながらも、安川の口から語られる中米の「現状」に詰めかけていた記者たちの顔色は一斉に青褪めた。


 記者たちの大半は、そこまで状況が悪いとは思っていなかった。

 各社当然ながら、アメリカに支局がありそこから様々な情報を得ているわけだが、転移によってアメリカから入ってくる情報は減り、その精度もだいぶ低下していた。

 さらには日本にやってくるのにも時間がかかるので、実は大半のメディアは日本以外の世界で何が起きているのか全然把握できていないのだ。

 情報が入ってきたときに騒いでもすでに別の事象が起きている最中――ということで、現在の日本国内では海外に関する情報はほとんど流されていなかった。流したところでその情報はすでに「古い」からだ。

 なので、誰もがアメリカからの支援要請という話を聞いてこう思ったのだ。

「どうせ、いつものアメリカの尻拭いかなにか」だろうと。

 しかし、どうも安川の話では事態は非常に逼迫したものであるらしい。

 もっとも、安川の言うことがすべて正確だとはこの場にいる記者たちはもちろん思っていない。正当化するために話を盛っている可能性は十分に考えられる話だった。



「アメリカに追従しすぎている、という意見も一部から聞かれますが。総理ご自身はどのようなお考えでしょうか?」


 最初に質問したのは「東都日報」の記者だった。

「東都日報」は大手新聞社の一つで、旭洋新聞と並んで記事傾向は「リベラル」だと言われていた。

 現在の日米同盟に関しては否定的ではないものの、半ば日本政府がアメリカの言いなりになっているところがあるのではないか?という切り口の社説などを書いたこともあるなど、その関係性に対して改善の余地があるという考えをしていた。


「たしかにそのような批判があるのは重々承知しております。ただ、今回に関しては、非常に状況が悪化していることが確認されていること。更に、米国以外の国々からも強い要請があったため。『アメリカが言ってきたから軍を派遣』というものではありません」


「状況が悪化している――というのは、具体的には、どのように悪化しているのか可能な限りお答えいただけないでしょうか」


「現時点で中央アメリカには20万を超える武装集団が確認され、追加で10万人以上の戦力が投入される兆候があると、米国の国防情報局が確認しております。米国は、予備役の招集をかけるなどしていますが、現時点では間に合うか微妙であるという返答が届いています」


「それは確かな情報なのでしょうか?」


「複数ルートから確認した情報です」


 安川は淡々と記者たちの質問に答えていく。

 記者たちの質問の大半は「本当にそれだけ状況は逼迫しているのか?」だとか「アメリカに都合よく利用されている可能性はないのか?」といったものだった。

 似たような質問が続いても、安川は特に苛立つことはなく最初の時と同じく淡々と――だが、しっかりとした口調で返答していく。

 結果的に記者会見は一時間あまりに渡って続くことになり、この日は夜遅くまでこれに関連した報道番組が夜遅くまで流れ続けた。


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