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新世界歴元年 4月7日
日本帝国 台湾州 台北市中央区
日本鉄道 台北駅 駅前広場
『政府はアメリカの言いなりで、我々台湾人を戦場へ送り込もうとしています!このような暴挙は絶対に許してはならない!』
台湾最大の駅である国鉄台北駅の駅前広場に停車していた街宣車からは、政府を批判する男の声が流されていた。行き交う人々の大半は街宣車の存在など興味がないとばかりに通り過ぎるが、一部には不愉快そうに眉を潜める者たちもいる。
街宣車の周りには「台湾独立党」や「台湾人の手で独立を勝ち取ろう」などといったスローガンが書かれたのぼりが置かれ、街宣車には「台湾州知事選挙立候補者 李明慶」と書かれていた。
実は、ちょうど一週間後に台湾では州知事選挙が実施される予定となっていた。現職が引退したため新人5名の選挙戦となっており、有力候補としては与党の保守党・民政党が推薦している前台北県知事と、野党の進歩党や労働組合などが推薦している前台湾州議会議員の2名が上げられ多くのメディアはこの2名の事実上の一騎打ちであると報じていた。
台湾独立党の「李明慶」はいうなれば泡沫候補のような扱いだった。
もっとも、台湾独立党自体はきちんと活動している政治団体で少数だが州議会にも議席を持っている。国政選挙にも何度か挑戦しているが議席を獲得したことは一度もない。
独立党の活動自体は古く1950年代から本格的な活動を始めている。
これはちょうど、ニ度目の独立の是非を問う住民投票が実施されたあとのことだ。ニ度目の住民投票も一度目と同じく全得票の8割が独立を否定し、日本残留を望んでいたが。この選挙結果に不満を持った賛成派の一部によって結成されたのが「台湾独立党」と呼ばれる政治団体だ。
独立党は、これらの住民投票は日本政府による工作によって改ざんされたものだと主張し。国際機関の監視の上で再度住民投票を行うべきだと主張した。もちろん、日本政府や台湾州政府が彼らの言い分を受け入れることはなく、住民たちもほとんどが彼らの言い分に賛同することはなかった。
それでも、独立賛成派からの支持は一定数受けていることから現在まで政治団体として存続し続けている。近年は、支持層の高齢化などが問題になっており州議会でも1議席か2議席確保するのがやっとと言える程度には組織が弱体化していた。
さて、そんな独立党にはある疑惑がある。
それは、北中国の工作機関に資金や人員の支援を受けているというものだ。
独立党自体はそのことを否定しているが、公安などの情報機関は「極めてその可能性が高い」とみていた。というのも、北中国にとって日本国内が割れるほうが「都合がいい」のだ。
さらにいえば、北中国は建国時から「中華統一」を目標に掲げているが彼らのいう「中華」に台湾はしっかりと含まれていた。動機としては十分だと公安や政府も考えるわけだ。ただし、明確な証拠があるわけではない。あくまでそのような「疑惑」があるというだけだ。現在、公安ができることは独立党の行動を監視することだけだった。
一方で、独立党には南中国も支援しているのではないか――という疑惑もあった。南中国こと中華連邦は誰もが知っている日本の友好国の一つだ。中華戦争では日本が南中国よりに参戦し、実際に人民解放軍と対峙しているので北に比べて南は親日感情が極めて高いといわれている。
一方で、中華連邦の一部には「台湾は我が国の領土」と主張する勢力も存在している。日華戦争前まで台湾は中華帝国が支配していたが、日華戦争に敗れたことで台湾は日本に奪われる形となった。そのことに不満を持つ民族主義者というのが中華連邦には一定数存在するのだ。
ただ、彼らは北中国の工作機関に比べれば金も人員も影響力もない。
仮に支援しているといっても、それは軽いものであり組織そのものに大きい何かを与えるものではないだろう。
『――やはり、工作は思うように進んでないようだな』
『米国の戦争に最後まで付き合おうとしている――と拡散したところで一切見向きもしない。ここまでこの国――そして台湾世論が右傾化していたとはな』
台北市中心部にある小さな雑居ビルの一室に数人の男たちが集まっている。
彼らが口にしているのは日本語ではなく北京語――北中国で使われている中国語であった。
名目上。彼らは南中国からビジネスのために台湾に滞在していることになっているが、実際のところそれらは台湾――そして日本で活動する上で用意した「肩書」にしかすぎない。
男たちは、北中国共産党直属の工作機関「中央統一工作部」に所属する工作員であった。その目的は、日本国内の分断工作であり主に台湾独立運動などに対しての間接的な支援あるいはメディアを用いた直接的な揺さぶりなどを行っていた。
台湾統一党も彼らの隠れ蓑の一つだ。
北中国は周辺諸国にこのような大小様々な政治工作を行っていた。
ただ、日本は他の国に比べると今ひとつ工作の効果が現れていなかった。
現実と異なり敗戦を経験していない日本帝国の世論は、総じて保守よりであり、それは台湾においても同じだ。台湾の住民たちは現状の日本の統治下に満足しており独立工作には一切興味を示していない。
メディアなどを使って日本政府に不信感を植え付けようとしても、結果はうまくいっていない。結果を残せないことに共産党上層部も強い不満を持っており近年では日本に対しての工作にかつてほどの予算を投入しないほどだ。
今回、アメリカが日本に軍の派遣要請をしたことは政府への不満を煽ることができるのではないか、と考えたが結果は芳しいものではなかった。テレビや新聞を使ってネガティブなイメージを与えるような報道をしても台湾の住民たちは一切のってこない。
まるで「こんな子供だましの工作にのるわけがない」といわれているような気分になり、工作員たちにとっては面白くなかった。ただでさえ、転移という不可思議な事態のせいで本国との連絡がとれず、少なからずあった支援なども途絶えてしまい台湾での活動に支障をきたしはじめているのだ。
独立党からは運営資金の催促がくるが、独立党に渡せるほどの金銭的な余裕は彼らにはない。一応、ビジネスマンという肩書に見合うだけのビジネスはしているが、工作活動に使えるだけの儲けは出ていなかった。
『どうする?本国からの支援は望みが薄いだろう』
『そもそも、本国と連絡出来ているのか?』
『今は殆ど出来ていない。それにむやみに連絡をすればこの国の公安に見つかる…』
日本の公安警察は非常に優秀だ。
彼らがなんとか潜伏出来ているのは本国との連絡を最小限にして表立った動きを一切していないからだ。もし、少しでも派手な動きをすればすぐに勘付かれてしまうだろう。実際、数人の「同士」が公安によって拘束されているし、ただでさえ少ない台湾人協力者だって日増しにその数を減らしていた。
『…本格的に動くしかないんじゃないか?』
『…動くって。蜂起でもするつもりか?』
『恐怖でもって我々の恐ろしさを日本人どもに見せつける以外に打開策は見当たらないだろう』
『戦力はどうする?本国から増員を望めない以上は厳しいだろう』
『南の過激派を使うのはどうだ?南と日本の関係を悪化させることもできる。一石二鳥じゃないか?』
南中国こと中華連邦は、日本とは強固な友好関係にあるといわれている。
しかし、一部の民族主義者の中には「台湾を日本から奪還する」と豪語し日本を強く敵視している者たちもいた。そういった民族主義者を煽って日本に向かわせ、中華連邦と日本の関係を悪化させられるのではないか、と工作員の中でも若手だった男が提案するが、他の工作員たちはあまり乗り気ではなかった。
『向こうの連中がそれに頷くのか?』
中華連邦にも北中国の工作員が多く潜伏し、様々な工作活動に従事しているのだが、実は日本担当と中華連邦担当は別派閥に属しており、正直いって関係は悪い。連絡を取り合うことも稀であるし、仮に向こう側の工作員に「いい話がある」といったところで乗ってくることはないだろう。
ベテランほど、思い切ったことに及び腰になる。
若手工作員は先輩たちの後ろ向きな態度に内心失望するのだった。




