62:長老会談
新世界歴元年 4月5日
日本帝国 東京市 麻布区
日本料理店
東京市麻布区赤坂にある老舗料亭は昔から政治家たちの密会で使われていた。この日は、保守党幹事長の大林や前首相の岸辺などといった保守党の重鎮議員たちが集まっていた。
「進歩党は揉めているらしいよ」
「あそこが揉めるのはいつものことだろう?」
進歩党という政党の成り立ちは簡単に見えて複雑だ。
それまでの日本政界は保守党と民政党という二つの保守政党が交互に政権を担うという「保守二大政党制」が続いていた。もちろん、リベラル系政党も存在していたが、その規模は小さく二つの巨大政党を脅かすことは出来なかった。
状況が変わったのは二大政党の一角である民政党の分裂だった。
当時の執行部の方針に反発した進歩党のリベラル系議員が集団離党。リベラル政党の一部を巻き込んで「二大政党になり得る進歩政党」として発足したのが現在の進歩党である。
その後は順調に勢力を拡大していき、1996年の総選挙では第1党になるなど躍進し、政権与党となるが党内対立や閣内対立が相次ぎ1年あまりで崩壊する。その後に続いたのは、それまで対立していた保守党と民政党による連立政権でこれが2009年まで続いた。
2009年の総選挙で再び進歩党政権が誕生したが、やはり内部対立が激化したことで2年ほどで再び政権は崩壊し、保守・民政の連立政権となり後に近畿地方で躍進した新興の中道政党である改進党を加えた3党連立政権となり現在まで続いていた。
進歩党もリベラル政党として一定の支持は受けているが、度々党内対立が起きて2016年には党内右派が集団離党して新たな中道政党である「自由党」を結成したほどだ。
この時から、進歩党内では民主社会主義者たちを中心とした「急進派」の影響力が強まりだした。その強烈な左派的な主張は中道派などを主体とした党執行部とは相容れないものであり両者は激しく対立しており、そのことはしばしばメディアによって報道されるほどだ。
今回のように、軍を他国に派遣するかどうかは特に進歩党内では大きく揉める案件であった。急進派は元々アメリカとの同盟関係そのものに否定的であるし、軍をアメリカの言いなりで派遣することに抵抗がある。
一方で執行部を占める中道・右派はアメリカとの同盟関係は重要であり、なおかつ中米の情勢が悪化していることを考えれば軍の派遣を賛成すべきという意見が主流だった。
同じ党でも政治思想などの違いで衝突することはあるが、進歩党の場合は政策すべてでそれが起きている。まとまるわけがないのだ。
「ある意味、ウチは一枚岩になっているからマシだったよ」
「民政党と合併という話が実現していたら進歩党と同じことになっていただろうけどな。今でさえ、意見の温度差はあるんだ」
「そうだねぇ…あの当時は、いい案だと執行部は考えていたみたいだけどね」
「逆に民政党側が冷静だったな。あっちが『一緒になったら揉める』という反対意見が多かったから、その話は流れたわけだしな」
実は15年ほど前に、保守党と民政党が合併し「保守政党の一本化」しようという動きがあった。これは、進歩党の躍進などに焦った両党の幹部の間で話し合われたものだったが、民政党を中心に反発が大きかったから立ち消えになったものだ。
その直後に、進歩党は分離し「自由党」という中道政党が発足しているので民政党議員はそのことを予測していたのでは?ともその時は囁かれていた。やはり、一度分裂を経験しているだけに同じ保守政党といっても細かい部分の思想が違う者同士がくっついてもいいことは起きないので、今のように連携したり選挙区調整などをしてお互いを棲み分けたほうがいいという考えだあったのだろう。実際に、改進党や国民党を含めたこの枠組みは15年以上続いているが大きな問題にはなっていなかった。
「進歩党が割れるってことはあり得るかな?」
「どうだろうな…急進派が集団離党というのは現実的にあり得るかもしれないが。連中は進歩党だからこそ当選出来たようなものだ。その、進歩党から抜けた場合勢力を維持するのはまず難しいんじゃないか?」
「大林さんもやっぱりそう考えるかぁ…コアな支持層は確かにあるんだろうけどねぇ」
「正直、進歩党が力を落とすのはウチにとってもあまり良いとは言えないな」
「たしかにね。曲がりなりにも野党第一党であるし…少なくとも多くの議員はきちんと国のことを考えている。内輪揉めばかりが注目されるのはいいことではないねぇ」
野党の分散・乱立は与党にとってもプラスではない。
与党内で良からぬことを考える者が増えるし、単純に国会での議論が中途半端になってしまう。与党だけの国会審議ではどうしても「政府側に忖度している」という疑念をもたれやすい。
もちろん、一部野党議員による週刊誌をネタにしたスキャンダルを問い詰める質問は問題ではあるが、多くの野党議員はきちんと真面目に問題点などを指摘しているのだ。それが、党内対立によって有権者から見放され優秀な野党議員が失職するというのは、与党側からみてもあまりいいことではなかった。
「まあ、僕達が進歩党の心配をしているのは筋違いなんだろうけどねぇ」
「週刊誌あたりに『上から目線』なんて書かれるだろうな」
「そして、僕達に敵愾心を持っている議員が噛みつくかわけか…」
「社会党全盛の頃からほとんど変わってない…まあ、社会党から分派した連中が集結した政党なんだから仕方ないがな」
まだ、保守党と民政党が保守二大政党制という形で政権を争っていた時代。 二大政党に続く「リベラル」政党の位置にあったのは進歩党ではなく「社会党」であった。西欧諸国と同じく社会民主主義政党であり、共産党の政治への参加が禁止されている日本においては当時最も左派的な政治思想を持つ政党であり、衆参あわせて70議席ほどを有していた。
しかし、30年ほど前に民政党が二つに分離し、リベラル勢力の結集を目的に「進歩党」が設立されると社会党議員の半数以上を占めていた穏健派が進歩党に移籍し、残ったのは共産党ほどではないが左派色の強い者たちだけだった。
今でも衆参あわせて10議席ほどを維持していた。
昔はまだ、与党などと「協調」することもできたが、そういったことをしていた議員は揃って進歩党に移ったため、残ったのは徹底的に保守政党と「対決」することを目的にした議員たちばかり。
政府のやることなすこそ、とりあえず過大に解釈して騒ぐだけの連中。
そして、そんな連中と進歩党の急進派は非常に近い関係であることは永田町にいる誰しもが知っていた。
「確実に社会党は難癖をつけてくる。進歩党の急進派もそれにのっかる――だが、数の上では圧倒的に足りない。一週間以内には派遣は衆参共に通過する…忙しいのはその後だな」
「長引けば更に多くの部隊を派遣しなければいけない。最初は世論が許容していても『限度』を過ぎれば、すぐに政府批判につながる。安川くんは頭が痛いだろうねぇ」
「岸辺さんが同じ立場でも頭を抱えていただろう?」
「当然さ。幸い、僕の時代は国同士の大規模な戦争はなかったけれど。もし、この時代で総理をやっていたら眠れなかっただろうねぇ…」
長老の密談は日付がかわる直前まで続けられた。




