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新世界歴元年 4月3日
日本帝国 東京市 千代田区
進歩党本部
「アメリカが日本に軍の派遣要請をした」
この情報は、瞬く間に永田町全体へ広がり、各党は対策を協議するために幹部たちを集めていた。政府が、この件を受け入れる可能性は高く数日後に帝国議会に議案として提出されるだろう。
各党が幹部たちを集めたのは自分たちはどのように対応するかだった。
与党3党は基本的に政府に同調することで一致。野党の中にも自由党のように賛成する党がある一方で、社会党などのように「日本はアメリカの手下ではない」などの理由で反対することで一致する党もあった。
では、最大野党の進歩党はどうなのか?
全く意見がまとまっていなかった。
「徹底的に反対すべきです!ここは地球ではなく異世界。これまでのようにアメリカに追従する必要は全くないし、このことを国民にもっとアピールすべきだ!」
党内左派に属する若手議員が絶対に反対すべきだ、と訴えるが。
「異世界だからこそ、アメリカとの関係は今後も重要になってくる。他国からみたら我が国は戦力的に余裕を十分にあるわけで、その上で拒否すれば我が国の信用が地に落ちる。ここは賛成すべきだ」
党内右派に属する幹部は与党と歩調をあわせるべきだと主張する。
「リベラル勢力の結集」を目的に30年以上前に設立された進歩党。
実際に2度ほど政権の座についたが、複数の政治勢力から議員が合流して出来た「寄せ集め集団」のせいか、党内で常に勢力争いや意見の対立が起きていた。
これは、大政党ではよく見られることではあるが保守党にしても民政党にしても大まかな意見が違っていても最終的に一つにまとまることができるのだが、進歩党は結党以来それが出来ていない。
特に近年は、急速に党内で勢力を拡大している急進左派勢力と中道・中道右派勢力の対立が激化していた。この、党内対立に嫌気が差した一部議員たちは「ここにいても未来はない」と見限る形で集団離党し、新たな中道政党「自由党」を結成。ここ最近の政党支持率では進歩党を追い抜かしていた。
当然ながら、党執行部は現状に強い危機感を抱いているのだが、党内で多数派を形成している急進派を押さえつけることは出来ていなかった。
急進派は、軍事費の削減。北中国やソ連との関係改善や、アメリカとの同盟関係の見直しなどを主張している。共産党の結成が法的に認められていない日本においては社会党と並んで最も左派的な政策を掲げており、一定の固定支持層を抱えている。
特に軍事費に関しては「日本が軍拡をするからソ連や北中国が対抗する。負の連鎖につながる。現政権の軍備拡張主義は地域を不安定化させている」と主張していた。これは、ソ連や北中国の主張とほぼ一致していることから主に保守党からは「ソ連の代弁者」と強く批判され、進歩党右派の議員も「一体どこを向いて発言しているんだ」と不快感をみせていたほどだ。
「やっぱり、まとまらんか」
「最初からわかっていたことでしょう。内藤さんはどう考えているのですか?」
「当然、派遣すべきだと考えている。そういう代表は?」
「私も同意見ですよ。少なくとも今回の件はアメリカ側は何ら悪くはありません。このまま放置すればやがてはアメリカ本土に侵攻――それこそAPTOの名のもとに強制的に軍を派遣することになる。遅いか早いかの違いだけですよ」
内藤幹事長に苦笑交じりで返すのは進歩党の現代表である『枝橋慎太郎』だ。枝橋が進歩党の代表に就任したのは3年前。前代表が参議院選挙で敗北した責任をとる形で辞任したため、行われた代表選挙で「リベラル系」の候補として当選した。
その時に決選投票まで戦った相手が幹事長の内藤だった。
内藤は保守系候補として出馬し、1回目の投票でトップをとったが決選投票では急進派の支持を受けた枝橋が逆転したのだ。
もっとも、枝橋が急進派に近いかといえばそうではない。
単に、急進派が安全保障政策で与党に近い内藤を嫌ってよりマイルドな枝橋に投票したにすぎない。なので、現在でも両者はあまり近い関係ではない。むしろ、急進派からは「与党相手に弱腰すぎる」と批判される程度には関係はあまりよくはなかった。
ただ、急進派は党内でもかなり大きい勢力なので枝橋としては無視できる存在でもなかった。
十数年前は急進派の規模は小さかったのだが、自由党が分裂したことによって保守よりの議員などが集団で移り、更に選挙でも反与党系有権者が強い地域などで比例票を多く得たこともあり、自然と急進派の勢力が拡大していき今では党内でも1・2を争う規模にまで成長してしまったのだ。
それでも、党内で過半数を得るほどではないが代表選挙を戦う上では無視できる数ではなかった。3年前の決選投票も急進派が枝橋に票を回していなければ当選していたのは内藤だったくらいには僅差の戦いだった。
そのため、役員人事もある程度、急進派にも席を用意することになったのだ。保守系と言い争いをしている若手議員は急進派の中でも「若手のホープ」として期待されており、メディアへの露出も積極的なため党内でも非常に高い知名度をもっていた。
ただ、その言動は度々物議を醸しており、彼をこのまま役員ポストにつけるのに問題ではないか――という声も一部から上がっている程度には、危うい人物だった。
「急進派がいくら反発したところで、それに賛同するのは社会党と緑の党くらいでしょう。どちらも、衆参共に少数派で大多数は政府案を承認するのは確実――ここで対応を協議したところで結果は変わらないとも思ってしまいますが」
「一応、開いておかないと後々面倒だからな」
「現在進行系で面倒なことが起きていますがね」
「…やらないとより面倒なことが起きていたさ」
「…それはそうでしょうねぇ」
執行部の一部の独断で話を進めた――などと反発を受けるのは確実。
ならば、話がまとまらないにしても「会議をした」ということが内部向けには重要なのだ。もっとも、それが外に伝わったらどうなるかという部分には目を瞑る必要があるが。
「予想通り、意見がまとまっていないようだな」
「仕方ないさ。急進派にとっては容認できないだろうからな。アメリカのために軍を出すなんて」
「たしかにな。そもそも、軍の存在そのものをよく思っていないわけだからな…」
会議室から少し離れた部屋には、進歩党を担当している記者たちが集まり、会議が終わるのを待っていた。記者たちにとっても今回のアメリカからの要請というのは予想外のものだった。
転移によって、通信環境が大幅に変わってしまったためアメリカや中央アメリカからの情報が日本に届くのに転移前よりも多くの時間を要している。逆に日本から支局への指示にも時間がかかっているので、転移前のような取材活動ができないのだ。
更に、アメリカでも中米などに関する情報は中々届きづらくなっているため情勢がそれほど危機的なものだとは誰もが思っていなかったのだ。
「しかし、中米はそんなに難しいのか?」
「厳しいんだろうな…そもそも、アメリカは本土にそれほど戦力をおいていないからな。メインは北中国とヨーロッパだ。そして、ヨーロッパは別の戦争が進んでいて戦力を動かすのは無理。北中国の部隊は順次撤収することが決まっているが、そんなすぐに部隊を撤収するのは無理だ。アメリカ以外であの地域で戦力を出せる国はメキシコやカナダくらいだが、それでも相手のほうが物量が大きい――そう、アメリカが判断したんじゃないか?」
そのように、推測するのは東洋新聞のベテラン記者だ。
元々は、海外支局などで取材活動をしていた国際派だったが数年前から政治部の記者になり現在は最大野党進歩党を担当している。アメリカでの勤務が長かったことからアメリカ方面の知識が豊富だからこそ、今回のアメリカからの要請はそれだけ事態が逼迫しているのだと感じていた。
「まあ、進歩党がいくら揉めていても軍が派遣されるのは決定だろうな」
「与党はもちろん自由党も賛成にまわるのは確実だろうからな」
「世論に関しても…特に大きく動くことはないか」
「長引けば別だが、賛成意見は多いだろうな」
進歩党の役員会議が終わったという話が彼らに届いたのは3時間後のことだった。結果は「議員個人に任せる」つまりは党として賛成とも反対とも強制しないという曖昧なものだった。
それだけで、現執行部は大きな力を発揮することができないことを記者たちは改めて感じるのであった。




