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新世界は楽園なのか?  作者: 小野寺
第2章

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60:派遣要請

 新世界歴元年 4月2日

 アメリカ合衆国 バージニア州

 国防総省



「今の戦力では敵を押し返すのは不可能だ…」

「極東からの撤退はいつ終わる?」

「少なくともあと半年かかる。兵士はもちろんのこと装備もすべて引き上げるからな。どちらもそんなすぐに引き上げることはできない」


 難しい顔を突き合わせているアメリカ軍高官たち。

 アメリカが中米方面に派遣しているのは国内で稼働状態にあった部隊のほぼすべて――1個軍団規模だった。しかし、相手は更に1個軍団以上の兵力を追加しており現有戦力では戦線を維持することができるといっても、押し返すことはできない。

 陸軍は予備役を招集するなどして前線へ送り込む兵力を増やす方向だが、それでもやはり絶対数は足りない。アメリカは極東とヨーロッパに常備戦力の大半を駐屯させている。このうち、ヨーロッパ方面軍はバルカン半島の戦争への対応をするためにヨーロッパから引き離すことは不可能。

 一方の極東を管轄している太平洋方面軍は、北中国とソ連極東軍という明確な脅威が消失しており、すでに大部分を駐屯している南中国・朝鮮の両国政府に対して部隊を撤収することを伝え両国もその決定に異を唱えることはなかった。

 ただ、すべての部隊と装備を即時に撤収することはアメリカの輸送力でも無理であり、さらに言えばすべての部隊を「脅威が減った」という理由で撤収させると太平洋地域での影響力が大きく低下することもあり、大部分は撤収するのは変わらないが全体の2割ほどの戦力はフィリピンと南中国に集約する予定であった。


「議会からは撤収の速度を早めるべきだ――という意見も出ているが」

「現状はこれが手一杯だ」

「やはり、他国に支援を要請するのが一番じゃないのか?」

「その場合。地上戦力に期待できるのは日本と南中国そして朝鮮か…日本はともかくあとのニ国はどうやって部隊を移動させるかが問題だな…」

「それに、日本に頼み込むというのは後々面倒なことになる気もするが…」

「そんなことを言っている場合ではないだろう。こういう時こそAPTOを頼るべきだ」

「だが、APTO加盟国が今回攻撃を受けているわけじゃない。強制権がない派遣要請を出したところで各国がそれに応じる義理はないだろう」

「このまま放置すれば加盟国――すなわち、我が国にも相応の被害が出る。それを盾に使えば文句は言えないはずだ。ともかく、日本やイギリスに支援を要請すべきだ!」


 議論は紛糾していた。

 とはいえ、否定的な意見を述べている者たちも心のなかでは「このままではいけない」というのは理解している。残念ながらアメリカ国内にいる兵士の数は限定的であるし、他地域の兵力を移動させるにも時間も輸送手段も足りていないのだ。

 ならば、手っ取り早く日本や南中国という「相応の軍事力をもった同盟国」に兵士を出してもらうのが一番なのは、彼らも当然ながらわかっている。それでも、難色を示すのは端的にいえば「プライド」が邪魔しているのだ。

 さらに、アメリカは軍事同盟であるAPTOに加盟しているが、今回侵攻を受けている地域はいずれもAPTOには加盟していない。APTO加盟国が侵攻を受けているならば日本などの加盟国が無条件で兵力を出すことが決まっているが、今回はそれにあてはまらず、要請を受けた国々が軍を出すかどうか判断することになる。どの国も転移によって国内対応に手一杯という状況であり、その中で他国に軍を出す余力があるかといえば難しい。

 アメリカとて、ヨーロッパ諸国からの度重なる追加増員要請を「人員不足」を理由に断っているのだ。日本なども諸々の理由をつけて軍を出し渋る可能性が十二分に考えられたことから、日本などに支援を要請することに後ろ向きな者たちもいた。


 しかし、長く続いた議論は一つの電話によって終わりを迎えることになる。


「――ホワイトハウスからだ。各国に軍の派遣を要請することが決まった」


 







 新世界歴元年 4月3日

 日本帝国 東京市 千代田区

 総理官邸



「ついに来ましたか…」


 つい1時間ほど前。アメリカ大使が外務省を訪問し、中央アメリカ地域支援のために軍の派遣を要請してきた。実は、数日前からアメリカ国内で本格的に各国に軍の派遣を要請する可能性が高まっているという情報が届いていたこともあって、日本政府上層部は「来るかもしれない」と身構えていたこともあり、今回の要請はそれほど衝撃を受けることはなかった。

 ただ「ついにきてしまった」という安川の言葉の通り、あまり喜ばしい状況ではない。現に、1時間後に始まった臨時閣議で集まった閣僚たちの表情はいずれも芳しいものではない。

 総じて「厄介事がやってきた」というような表情であり、それは安川も例外ではなかった。


「アメリカ側の言い分によれば、戦線を維持するのは可能だが相手を押し返すことは現優先力では難しいとのことです」

「極東に展開している部隊は引き上げるのだろう?それで間に合わないのかね」


 国防省からの報告に一人の閣僚が不満げな表情で問う。


「間に合いません――というよりも、すべての部隊を引き上げるには相応の時間がかかりますから」

「そもそも、中米の状況はそれほど逼迫しているのか?」

「現時点でホンジュラスとエルサルバドル――及び、カリブ海島嶼部の一部が占領されており、更に追加で一個軍団規模の兵力が投入される可能性があるようです」

「アメリカが焦るのも頷けるな。それだけ状況が逼迫しているのならば…たしか、ヨーロッパからもさらなる兵力の派遣を求められていたはずだが」


 アメリカやヨーロッパと独自の人脈を持っていた文部大臣の鳥山慶一郎が納得したように頷く。

 鳥山は保守党と連立を組む民政党所属の議員で、4代続く政治家一家の4代目にあたる。安川と同年代でありその安川とは幼少期から付き合いがあった。祖父である慶太郎は民政党代表や総理を務めた重鎮で、その息子で鳥山の父である慶作は幹事長を務めた。

 もし、民政党が今でも保守党と政権を争う立場ならば安川のライバルとしてメディアなどから持ち上げられたかもしれない。


「しかし、どうする?軍にそんな余裕はあるのか?」

「西方を中心に外征部隊を派遣することは可能です。ただ――」

「問題は議会を納得させられるかどうかか…」

「野党はもとより、与党の一部からも『日本はアメリカの手下ではない!』という反発を受けそうな案件ではあるな」


 閣僚たちが頭を抱えているのは、議会やメディア対応の部分が大きい。

 アメリカのように大統領の一存で軍を出すことができるが、議院内閣制である日本では基本的に出来ない。樺太事変のように緊急時が高い場合は議会から追認を受ける前提で軍を動かす事はできるが、基本的に海外などに軍を派遣する場合は議会の承認が必要だ。

 日本は下院である衆議院と、上院である参議院(旧・貴族院)があるわけでどちらも保守党・民政党・改進党と連立を組む与党3党が過半数以上の議席を得ており、更に閣外協力という形で国民党という右派政党とも協力関係にある。なので、法案を通す事自体は問題はないのだが、だからといって野党の存在を無視して法案を無理に通すことは基本的に出来ない。

 そんなことをすれば当然野党から猛反発を受けるし、メディアもまた大々的に取り上げる。「与党は独裁を敷いている」などとネガティブキャンペーンをされたらたまらないのだ。


「――ところで、アメリカはどこまで戦争を続けるつもりだ?それ次第で対応も変わるぞ」

「現時点では不明です。ヨーロッパも抱えていますから、普通に考えるのならば北米から敵を押し返すのがメインだと考えることができますが…」


 山本内務大臣の問いに二階堂外務大臣は、彼女としては珍しく言葉を濁す。


「前政権なら色々と理由をつけて大陸まで逆侵攻をかけていただろうな。だが、現政権は前政権に比べれば慎重派なはずだ。余計な戦費を出してまで逆侵攻をかけるとは思えないが…」

「――まあ、推測で話をしていても仕方がありません。時期がきたら考えるしか無い。それよりも…これでヨーロッパ(向こう)にも軍を派遣する必要性が出てきましたね」


 ヨーロッパからの要請は一度断っている。

 だが、アメリカの要請を受けてヨーロッパの要請を断るというのは色々と問題があった。転移前に比べてより遠い存在になったとはいえ、ヨーロッパ諸国とは様々な部分で友好的な関係を維持したい。

 ならば、ヨーロッパの要請を受け入れるしかなかった。

 問題になるのはその距離。直線距離で3万キロ以上離れていると言われている地へ今から軍を送り込もうとしても到着するのは数カ月後だ。その間に戦争が終わっていた場合は派遣した戦力は無駄になる。

 一応、ヨーロッパ方面ヘ向かう船団の計画がたてられているので、メインとなる機動艦隊は「護衛」とすれば問題はないが、地上戦力をどれくらい派遣するかは国防省で最終的に調整していく――ということで話はまとまっていく。

 中米への軍派遣に関しても、一部閣僚から慎重論は出たものの「中米の現状を考えれば軍の派遣はやむ無し」という意見が多数派であった。

 本音を言えば多額の資金を投入することになる軍の派遣はやりたくはないが、バカ正直に「お金が勿体ないので軍を出しません」などと言えるわけがない。

 国民にはうけるかもしれないが、国際社会での信用度は一気に消えてなくなる。そのような選択を政府としてするわけがなかった。


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