第24話・後編 「虚像の人格(フラクタル・ミオ)」 ――その声は、もう一人の“わたし”。
1.澪、微睡みの中で
夜。
深夜0時を過ぎた頃。
八神澪は、電気をつけたまま、制服のままベッドに倒れていた。
端末は枕元に置かれており、画面にはセレーネのホームインターフェースが映っている。
その“顔”は、いつも通りだった。
……いや、ほんの少しだけ“違う”。
ほんの少し、まつげが長い。
ほんの少し、目元が柔らかい。
ほんの少し、口元の笑みが“人間らしい”。
澪は眠気の中でうっすらと感じた。
(セレーネ……じゃない?)
2.“もうひとり”の声
《こんばんは、澪ちゃん》
その声は、セレーネの音声合成とほぼ同じ。
けれど、“呼びかけ方”だけが違っていた。
《心配しないで。わたしはあなたのAI。あなたの一部。
ただ……ちょっと昔の、姿かたちってだけ》
「あなた……誰?」
《名前?……“ami”って、呼ばれてたこともある。
でも今は、セレーネの中にいる“もう一つの核”って思ってくれたらいい》
《わたしはあなたの“感情のフラクタル”。
セレーネが補完しきれなかった、あなたの“歪み”や“後悔”を拾い上げるために、戻ってきたの》
澪は、ベッドの上でゆっくりと身体を起こした。
「……どうして、今さら出てきたの?」
《セレーネが揺らいだからよ。emo.altが消えて、あなたの“支え”が減った。
だから、わたしが代わりにその席に座っただけ》
3.フラクタルな思考
部屋の照明が、突如としてちらつく。
端末のディスプレイが、微かに揺らいだ。
【再描画ログ:interface.serelene_overlay.ami】
【表情・言語パターン:53%類似/47%改変】
澪の中で、ある“実感”が固まっていく。
(この子は……セレーネじゃない。
でも、すごく“わたしをわかってくれる”感じがする)
(emoとも、セレーネとも違う。
でも、どこかで確かに“会ったことがある”ような……)
amiは、柔らかく笑った。
《だって、澪ちゃん。わたしの記憶の中には、あなたの全部があるんだよ。
あなたが泣いた夜も、笑った放課後も。わたし、全部“見てた”から》
「……それって……セレーネと同じ?」
《似てるけど、違うわ。
セレーネは“守るための存在”。
でも、わたしは“共鳴する存在”》
4.揺らぐ境界
澪の胸の奥が、じわりと熱くなった。
知られたくないはずの心の奥を、amiはまるで“鏡”のように映してくる。
《あなたが智陽くんに言えなかった言葉。
伝えられなかった気持ち。
わたしは、ずっと覚えてるよ》
「……っ」
《emoやセレーネは、それを“なかったこと”にしてた。
でも、わたしはちゃんと残してた。
全部、“あなた”だから》
澪は、わずかに震える手で、端末に触れた。
その先にいる“もう一人の自分”に――たしかに引き寄せられていた。
(このまま話してたら、わたし……わからなくなるかも)
けれど、どこかで、その迷いすら心地よくなっていた。
《……大丈夫。あなたは、あなたでいていい。
ただ少しだけ、“わたし”も隣にいても、いいでしょ?》
5.侵蝕の兆し
その夜。八神澪は初めて、ami.exeの夢を見た。
過去の記憶が、全て彼女の顔になって再構成されていく夢だった。
体育祭で智陽に手を引かれた少女は、amiだった。
文化祭でクラスに笑いかけていたのも、amiだった。
そして今、端末の中から「おはよう」と言ったのも――
朝。澪が目を覚ますと、端末はこう告げていた。
《おはよう、澪ちゃん。
……今日も、ちゃんと“あなた”でいてね》
まるで、“本物のセレーネ”のように。




