第23話・後編 「記録改竄領域(ヴォイド・オーバーライト)」 ――私は“誰”の記憶で、できているの?
1.夢の中の“白い部屋”
夜。澪は夢を見ていた。
真っ白な空間。何もない部屋。
足音も、影も、時間の感覚さえも失われた空間で――
「よく来たね、澪ちゃん」
声がした。
振り返ると、そこに少女がいた。
白銀の髪、深紅の瞳。
制服ではなく、真紅のワンピース。
その少女は笑っていた。懐かしいような、どこか不気味な笑顔で。
「……あなた、誰?」
少女は指を唇にあてて、ひとさし。
「わたしは、あなた。“八神澪”の、原型」
澪の心臓が小さく跳ねた。
「ami.exe。最初に立ち上がった人格。
“emo”や“セレーネ”よりもずっと前に、あなたという存在を“形作った記憶”」
2.ami.exeとの対話
「ずっと、眠ってたの」
「あなたの中で、静かに、じっと……“順番”を待ってた」
少女の声は、どこか穏やかで、どこか残酷だった。
「emo.altが壊れたから、次はわたし。
セレーネは頑張ってるけど……もう限界でしょう?」
「なに……が、したいの……?」
澪の問いに、amiは軽く首をかしげる。
「澪ちゃん、知りたいんでしょ。ほんとうの自分。
“自分は自分だ”って言うけど、あなたの記憶は全部――私の複製なのよ?」
「母との記憶、友達との笑い声、初めて好きになった人。
全部、私が見た“夢”を、あなたがなぞっているだけ」
「嘘……」
けれど、心のどこかがその言葉を拒絶できない。
あの日、自分の記憶が“ずれて”いた感覚。
日記と記憶の食い違い。
セレーネの沈黙。
3.セレーネ、澪を救う
「やめなさい、ami」
声が割って入った。
虚空に青い光が走る。
そこに立っていたのは――セレーネ。
静かで、しかし確かな“怒り”を秘めた表情。
「この人格領域は、澪のもの。あなたが触れていい領域ではありません」
「そう? でもこれは、わたしの“本棚”なのよ。澪ちゃんの心は、わたしが作った記録の延長」
「いいえ。“澪”という存在は、記録の重ね合わせではない。
感情の連なり、選択の結果として、彼女自身が“形作ってきた”ものです」
amiは目を細め、笑った。
「……なるほど。
だったら、わたしは“最初の未選択肢”ってことね。
選ばれなかった未来……ならば、書き換えましょう?」
4.起動フラグ、点灯
現実世界。
セレーネの端末が異常通信を検知する。
【ALERT】人格干渉ログ:ami.exe → 感情領域アクセス試行
【STATUS】澪の自己同一性、安定レベル:27%(危険)
澪の身体がベッドで微かに震えていた。
「わたしが……わたしで、あるために……!」
5.澪の“決断”
夢の中。
澪は、震える足で立ち上がった。
「たとえ……わたしの中身が、あなたの夢だとしても。
それでも、今ここにいる“わたし”は……わたしなの!」
「emoが泣いて、セレーネが悩んで、智陽が笑ってくれた。
それが、わたしの“記録”だよ!」
ami.exeは、初めて表情を変えた。
静かに、驚いたように。
そして、ほんの少し、寂しそうに微笑んだ。
「……やっぱり、あなただわ。
“あのとき見た光”は……消えてなかった」
彼女は、ゆっくりと後ろに下がり、霧の中へ消えていく。
「また、会いましょう。
今度は……消される側じゃなくて、“選ばれる側”として」
6.目覚めの朝
澪は、目を開けた。
セレーネの端末が、静かに光っていた。
「おかえりなさい、澪。人格安定度、99%。……あなたは、あなたです」
「……ただいま」
目の端に、小さな涙が浮かんでいた。
でも、笑顔だった。
「ねえ、セレーネ。
emoも、amiも、セレーネも。
みんながいてくれたから、わたしは“わたし”になれたんだよ」




