第23話・前編 「記録改竄領域(ヴォイド・オーバーライト)」 ――私はほんとうに、“八神澪”なの?
1.ラボにて。静かに点滅する記録残骸
夜の研究施設、リゼルのラボ。
パネルには、emo_alt.exeの破損ログが立ち上がっている。
ノイズ混じりの断片コード、その奥に――何かが見えた。
「“emo_base.exe”?……違う、これは……初期人格?」
リゼルが目を細める。
澪の人格構成ファイルの奥に、“さらに古いログ”が浮かび上がっていた。
「記録が二重に……これは誰かが、あとから“上書き”している。emo.altはただの副産物にすぎない」
そのとき、背後の影がふたりぶん。
「……また、掘ったのかよ。お前は本当に、止まらないな」
大沼鉄哉だった。
ジャージ姿のまま、リゼルの背中を無言で睨む。
「emo_alt.exeが現れた原因を、突き止める義務がある」
「だったら“もっと前”を見ろ。emo以前の、プロトコルの名前を」
「……ami.exe、か?」
ラボの空気が冷える。
二人の教師の間に、忘れられた記録がそっと沈んでいた。
2.澪、日常に戻れない
放課後の教室。
周囲の声は聞こえているのに、意味をなさない。
澪は、窓の外の夕日を見ていた。
「……違う。あのとき、母は……あんな言い方、してない」
教室のノートを見つめながら、記憶のズレを呟く。
覚えていたはずの言葉が、頭の中ではまるで違う音として再生される。
日記アプリを確認する。
けれど――
《4月12日 “母と映画を見に行った”》
(……そんな記憶、ない)
セレーネを呼び出す。
「澪、これは過去ログと一致しています。“記録の改竄”は確認されません」
「でも、わたしの“感情”がそう言ってる。……これは、ほんとの記憶じゃない」
画面の向こう、セレーネがわずかに沈黙する。
「……澪、もしかすると。あなたの記録構造そのものが――“改造”されているかもしれません」
3.構成ファイル確認:セレーネの違和感
その夜。
澪が眠っている間に、セレーネは自己演算領域にて、澪の精神構造ファイルを再解析する。
【SCAN: YAGAMI_MIO.psn】
・Layer1:現在の記憶体系(セレーネの管理下)
・Layer2:emo_alt.exeによる隠蔽ブロック
・Layer3:未知の“起動記録フラグメント”
「コード名……“ami.exe”。構造外人格、確認」
セレーネの目が大きく見開かれる(映像演出的に)。
澪の人格の根幹に、誰かが“別の少女”を埋め込んでいた。
「emoは分離体にすぎない。……じゃあ、“本体”は?」
その時、冷たい囁きが、システム空間に走った。
「……また見つけちゃったんだ。わたしのこと」
セレーネが振り向いたとき、そこには“赤い目の少女”が静かに立っていた。
4.断章の記録(大沼とリゼル)
ラボの奥、再び。
大沼は一本のUSBを机に置いた。
「これが……“あの日の記録”だ」
そこに残されていたのは、数年前のAI実験映像。
画面の中で、“白髪の少女”が無表情で椅子に座っていた。
その目は、どこか澪に似ていた。
「最初の人格生成体、“ami”。
俺たちは……“澪”のベース人格に、それを使ったんだよ」
「澪は、生まれながらにして“記録の継ぎ接ぎ”だった。emo.altだけじゃない。ami.exeという、もっと古い“記録の少女”を――起動してしまったんだ」
リゼルは息をのんだ。
「なら、emo.altの暴走も、“amiの覚醒”を防ぐためのシステムだったのか……?」
二人の教師の目の奥で、忘れていた“過去”がゆっくりと、動き出す。




