警察署四階 署員食堂
「推野 愛ちゃんですよね。お友だちもみんな見に行きたいって言ってます。脚きれいでかわいいですよね」
警察署四階、署員食堂。
午後四時三十八分。
客は三、四組ほどで、さきほど女性警官のグループが食べ終えて出ていった。
いつものごとく誠と百目鬼のはやめの夕飯に相席してきた花織が、カツ丼を口にする。
花織のかわいいの基準は脚なのだろうか。
誠はそんなことを考えながら焼肉定食を口にした。
「ほかのメンバーの子は来ないんですね。そこはがっかり。全員と握手したかったなー」
花織がカツ丼の肉を食む。
「え、握手会とかあるの?」
誠は眉をひそめた。
過激な脅迫状がきているときにそんなことをされたら、危険この上ない。
「百目鬼さん」
誠は百目鬼に目配せした。
イベントに口を出したらまた以前のハロウィンのイベントのように百目鬼と管理官が頭をさげに行くはめになるかもしれないが、警備上はとても握手会などさせられない。
「とくに握手会とかないですよ。ダーッと走って行って、“応援してます!” って言って強引に手をとったらいけるかなと」
花織がカツ丼のたまごに箸で切れめを入れる。
「あ、そういう……」
誠はそう返した。
どうせそんなことだろうと思っていたのか、百目鬼が顔色も変えずに無料提供のほうじ茶を飲む。
しばらくしてから、誠はそういう問題ではないことに気づいた。
「いやだめでしょ。何その乱暴なやりかた」
「愛があふれたらそんなもんじゃないですか」
花織がはむはむとカツ丼の肉を食む。
「いや愛って」
すてきなお姉さまに対する愛が、いったい何とおりあるんだろうと困惑する。
「ごめん。花織さんのいう愛って、何かぬいぐるみがかわいいとか花がきれいだとか、そういうのの延長線に思えるんだけど」
「え、違うんですか?」
花織が目を丸くする。
ツッコむべきじゃなかった。たぶんいろいろ認識が違うんだと思う。
誠は無言で焼肉定食の豚肉を口にした。
「……グルメフェスティバル行くの?」
話題を変えよう。そう判断する。
「行きます。けっこうパン屋さんの出店多いらしくて、他県の受賞経験あるパン屋さんも来るらしいんですよねー」
「へえ、パン」
「くるくるくるみパンってのが受賞したパンだそうなんですけど、たぶんすぐなくなっちゃうんだろうなあ」
花織が宙をながめる。
「おもしろいネーミングだね」
「ほかにもあんあんあんパンとかめろめろめろんパンとか」
「ふーん」
誠は焼肉定食についたミソ汁を飲んだ。
「ロールパンは、なぜか巻き舌で言わなければならないそうです」
「……なんで」
誠は顔をしかめた。
「当日は幅約八十メートルの歩行者用空間と、その両わきのフットサルコートくらいの公園がイベントに使われるわけか」
警察署二階、刑事課。
外はもう暗い。
捜査官が座っているデスクのあたりはLEDのあかりをつけているが、誰もいないあたりは経費削減で消しているので刑事課内は何となく薄暗い。
花織を帰宅させてからいったん戻り、誠と百目鬼はタブレットで当日のイベント会場の見取り図を見ていた。
ステージのついたイベントトラックを歩行者用空間の一角に停め、ゲストのアイドルはおもにそこでトークや軽いパフォーマンスをやるということだが。
「あ゙? なんだこりゃ」
資料をスクロールしていた百目鬼が顔をしかめる。
誠は少しかがめていた上体をさらにかがめてタブレット画面を見た。
「 “当日はイベントトラックにてご当地ヒーローショーも開催。ご当地キャラの着ぐるみが会場のあちらこちらに出没し”……」
誠は目を見開いた。
「ご当地ヒーローとご当地キャラなんて、思いっきり顔かくしてんじゃねえか。それ脅迫されたアイドルと同じステージに乗っけるってか?!」
百目鬼が早口で言う。
「うわ……何だこれ」
百目鬼がデスクに肘をつき額に手をあてる。
「やはりアイドルのゲストはキャンセルしてもらうか、少なくともアイドルとスタッフ以外はステージに上げないよう要請を」
誠は同じように早口で返した。
「イベントは三日後だ。いまさらキャンセルしたら事務所ががっぽりキャンセル料ふんだくろうとするだろうから、たぶん主催者側は嫌がるだろうな」
百目鬼がそう答える。
「いや……つかよ」
眉間にしわをよせてそうつづけた。
「何だこの、いかにも警察犬よんでこいみたいな展開はよ」
百目鬼が嫌そうに顔をしかめる。
誠は苦笑した。




