警察署二階 刑事課 1
警察署二階、刑事課。午前十時。
奥の大きな窓からはきれいな雲の浮かんだ快晴の空が見えるが、刑事課内はPCとにらめっこしながら書類作成している捜査官がまばらに座るのみだ。
室内は薄暗くシンとしていて、さわやかな青空との対比を感じる。
「きのう行った霊園な、酒々井の例の兄貴分の墓あったわ」
自身のデスクにすわった百目鬼が切りだす。
「兄貴分……」
誠はデスクの横に立ち宙を見上げた。
誰のことだったか。すぐには思い出せない。
「ほれ、酒々井が身代わり組長にした末期ガンで瀕死の」
「ああ……」
思い出した。
以前、自身と花織が酒々井の「従業員」たちに拉致されたさい、酒々井が責任者というかたちを避けるためにトップに据えていた人物だ。
むかし破門された人物だと百目鬼が語っていた。
末期ガンで孤独死寸前だったところを、酒々井が身代わりを条件に引きとったのだろうと推測されていたが。
「そういえばこのまえ鬼籍に入ったとか話してましたね」
誠は記憶をたどった。
「ちゃんと霊園をおさえて埋葬したんですね。わりとそこは……」
「何のことはねえ。用なしだからってそのへんに遺体野ざらしにしたら、いかにも身代わりってバレバレじゃねえか。あくまで “亡きトップの墓” って体にしてんだろ。――でけえ敷地だったわ」
百目鬼が吐き捨てる。
「きのうあそこにいるあいだ、酒々井んとこのやつと鉢合わせしねえか気になってよ」
「え、じゃあ、花織さんたちだいじょうぶでしょうか。さいきんあそこにしょっちゅう行ってるみたいですし」
誠は窓の外を見た。
きょうもいい天気だ。
お嬢さまたちがピクニック気分でまたあの景色のいい霊園に行きそうな気がする。
「何かあったら、またゲロ吐くふりして手がかり残すだろ」
百目鬼が答える。
「酒々井といえば、先日三上が供述していた酒々井の脱税の証拠ってのは」
誠は問うた。
そちらは経済犯係の管轄だが、進展があったとは聞かない。
百目鬼が、眉間にきつくしわをよせる。
「おう。聞くか?」
ものすごく低い声で問う。
その声色だけで誠は進展具合が分かる気がした。
「いえ。管轄外なので今ではなくても」
苦笑いを返す。
「せっかくだから聞けや。――とぉっくに証拠隠滅されてたんだとよ」
後半のセリフはことさら語気を強める。
「供述引きだそうとしたけどよ、のらりくらりってな。担当のやつ、グチこぼしてたわ」
誠は宙を見上げてため息をついた。
たしかに「脱税の証拠」を三上よりさきに掘りおこしていたのだ。警察が気づくまでのあいだ、そのままということはないだろう。
経済犯係のほうは別口の証拠もおそらく当たったろうが、そちらもとっくに片づけられていたということか。
「あーくそ。気分悪り」
百目鬼がタブレットを取りだす。
スリープ状態を解除して、画面を二、三度タップする。
「三上のほうはけっこうかんたんに供述してたんですけどね。笑いながらでしたけど」
「三人のバイト殺した動機は、“役立たずだからムカついた”、カフス飲んだやつは “はじめ仲間だったけど、酒々井を追いつめる証拠をそいつが掘ったんだと思ってムカついた” ――まさかおまえが本館で聞いたイキり中学生みたいな動機が、まじの動機とはな。俺も一ヵ月ぶりくらいにドン引いたわ」
百目鬼がタブレットの画面をスクロールする。
「ま、とりあえず目のまえの仕事やっか。これな」
百目鬼がツツッと指先を画面の上ですべらせて担当事件の資料を表示させる。
カメラに向かって可憐な笑みを浮かべる黒髪の美少女の水着姿の画像が表示された。
「脅迫だ。――“こんどの大型連休に駅前広場で開催される朝石グルメフェスティバルにて、ゲストのアイドル推野 愛ちゃんをめった刺しにして殺します” との脅迫文が事務所あてにメールで届いており」
誠は、画面を見つめた。
資料には三枚ほどのポスターの写真が添付されている。
いずれもボリュームのある胸をビキニでかくした水着姿だ。
たまたまだろうかととくに深く考えないようにしていたが、百目鬼がこちらをチラッと見る。
「おまえ気になんね? こういう資料」
「いえ。とくに」
誠は口をおさえた。
「んじゃいいけどよ」
百目鬼がそう返してもういちど画面を見る。
「誰だ、こんな画像ばっかの報告書作成しやがったの」




