狐達の秘密
食事を取るため、あるいは一部の生徒を見るために集まった生徒達で犇めく食堂の片隅。多種多様な音が重なる中、静かに昼食を取る生徒が二人。
「飽きねぇなあ」
「飽きませんねぇ」
呆れに交わした会話は喧騒に飲まれて直ぐに消えた。それを気にする事無く箸を噛む少年の頭へ行儀が悪いと正面に座った少年の手刀が落とされる。痛がる少年を無視し、姿勢良く綺麗に魚を解す少年は溜め息を吐いて視線を飛ばした。目を向けた先には一つの団体。
「面倒ですね」
「ほんとーにな」
相も変わらず多くの取り巻きを引き連れた転入生。今日もまた何事か大声で話しながら昼食を食べている。周囲の悪意を気にせず、というより気付きもしないで汚く匙を振り回すその表情は以前取り巻きの言っていた快活さよりも苛立ちが濃く彩っていた。
騒動が起こる度出現していた狐の姿が見えなくなって一週間。その間転入生達の行動は彼を探す、ただそれだけに集中していた。そのために美形へ執拗に纏わりついたり、親衛隊へ過剰な非難や暴言を吐き散らす事がだいぶ減っていはする。しかしそれでも全て無くなるわけではない。
それに。情報収集だとか言って誰彼構わず掴み掛かる勢いで狐について聞き出そうとしたり、入室禁止な部屋や個人の部屋の鍵をこじ開けて不法侵入をしようとしたり。見つからない事へ腹を立てているのか、日に日に捜索は暴走とも言える状態になってきた。
そんな彼の話は聞きたくなくともそこら中に転がり耳に入るし、見たくなくても目の前で起こる。
「駄目ですよ」
「……わーってるよ」
無意識に胸へ手をやる少年をもう一人がたしなめる。それに顔を歪めた少年は悔しそうに目を逸らした。少年のその懐には、固く艶やかな色を乗せた白い狐の面が隠されている。
転入生とその取り巻き一派を排除すべく集った組織。その威光を学園に知らしめ、調査中の目眩ましとして気を引き付けるための奇抜な存在。それが彼らの探す狐だ。
今までの横暴さに加え現在のこの騒動。膨らみに膨らんだ被害は最早揉み消す事は困難で、蹴落とすまで秒読み段階に来ている。後は時期を見て一気に潰すか勝手に自滅するかの状況で、狐が表だって活動する必要は殆ど無くなっていた。それに今、下手に姿を現せば躍起になった奴らに何をされるか分かったものじゃない。だからよっぽどの事が無い限り自分は何もしてはいけないのだと、狐は分かっている。
分かっているけど。何も出来ない事が歯痒くて仕方なかった。
燻るフラストレーションにまたガジガジと箸先を噛み出した少年へもう一人は眉を寄せる。怒ったようにしているが困ったようにも見えるその表情に少年も口を歪めて見返した。途端、激しい音と叫び声が上がる。見れば転入生が大人しそうな生徒の胸ぐらを掴み上げ何か怒鳴り散らしていた。
それを認識した瞬間、少年はガシャンと箸を置いて立ち上がる。
「っ待ちなさい!」
「わるいっ!もうムリ!」
人混みを掻き分け消えた背中へ残された一人は深々と息を吐く。頭を押さえて眉を顰めた彼はポケットから端末を取り出すと手早く何か打ち込み送信ボタンを押した。
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「狐っ!やっとでたな!」
「まるでオバケに対するような言い草ですね」
絡まれていた生徒に取り憑くよう現れた狐がふわり、と紅い衣を翻らせクスクスと笑う。嬉しそうに、しかし生徒に抱き付いている事を憤慨して喚く転入生を無視して狐は狼狽える生徒の首に腕を回す。どよめきを聞きながら狐は身を反転させ後ろを向くと生徒を友人達の方へ押し出した。そしてあ!と叫んで足を踏み出す転入生へくるりと向き直る。
「何故そんなに私を探していたのですか?」
「そ、そりゃ、とっ友達っだから!」
「友達?誰と?いつ?そうなったのでしょう」
話し掛けられた事で一気に気分を上昇させた転入生が吃りながら話す。適当に切り上げて逃げようと考えていたのだが転入生含め取り巻きの睨みに隙がない。自分の無鉄砲さを今更悔いる狐の背後で数人が忍び寄る。迫る転入生に身を引いた狐へ他の者が飛び掛かろうとしている事に気付いた観客が声を上げるより先に、黒い影が走った。
「ったく。周り見ろっつってんだろ」
「えっ?……あれ?」
白い狐を捕まえようとした取り巻きを、突如現れた人物が蹴り飛ばして腕を組み仁王立つ。驚いた狐が見上げた先には漆塗りの面を付け蒼い羽織を肩に掛けた狐。くぐもってはいるが耳に届いたその声は、常より聞き馴染んだものだった。
「なんで……」
「お前の事だから我慢出来ずに突っ込むだろうって言って連れ戻し用に作ってもらってたんだよ」
カツンと面を突いた指が白狐の額を弾く。驚きに瞬いていた狐は次第に状況を把握すると喜びに一つ飛び跳ねた。
「かぁっこいー」
「へーへー」
両手を合わせはしゃぐ白狐へ黒狐は肩を竦める。そんな呆れた様子も目に入らぬほど黒狐の、相棒の登場に浮かれた狐はつい口を滑らせた。
「ますます惚れ直しちゃいました」
「っ!」
「……あれ?」
てっきりバカにしたように笑って返されるかまた呆れて溜め息を吐かれるかのどちらかだと思っていた白狐は相棒の反応に戸惑う。え?何その反応。と口にしようとしたのだが漸く我に返った転入生が体ごと話に割り込んできた。
「っダレだよソイツ!!」
怒りに燃えた視線を分厚い眼鏡越しに感じた黒狐は舌打ちを鳴らす。その様子に苦笑した白狐はぴょんと一跳び相棒にしがみつくと人差し指を突き立てた。
「秘密です」
狐の面の上。唇辺りにトンと置かれた細い指がピンと伸ばされやおら喚く彼の鼻先へ突き付けられる。それだけで赤くなり言葉を失う転入生一派。そしてそれを見て不機嫌になる相棒狐。そんな彼らを他所にクスリと笑った狐は指を鳴らした。
パチン、と弾けた音ともに吹き出した煙に食堂に居た生徒達が驚き逃げ惑う。煙とその人波に転入生は怒り怒鳴り付け手を伸ばすが既に遅く。人が引き、転入生達が見回した後には楽しげな狐の笑い声だけが木霊していた。
『狐達の秘密』
『共通の秘密は楽しいもんだ』