新入社員7
この病院は二百人もの社員を抱えている。先生、看護師も沢山いるので、人材を確保する為か、やたら福利厚生が良かった。
毎年ある社員旅行は、海外旅行と国内旅行を選べるし、それ以外にも年に数回飲み会があって、それらは全て無料だった。
それなりに、職場としては良い会社の部類に入ると思ったが、そんな飲み会も毎回女ばかりだと流石に嫌になる。何を話して良いか解らないのだ。テーブルが一緒になっても親しい娘がいるわけでもないので、僕は時々しか参加しなかった。
ある日、たまたま参加した何かのパーティーで、やたらはしゃいでいる君を久しぶりに見た。その時は、「……打ち解けている様だな、よかった、よかった」くらいにしか思わなかったが、何のつもりか、側によってきて僕に絡んできた。
「先輩、飲まないのですか? 私が酔っぱらったら助けてくれますか?……」
「……目が座っている」
「知らねぇよ、体、小さい癖に、あまり飲むなよ!」
そうは言ったものの、こんな姿の君は初めてだったので気にしていると、その後よって来た同期の男性とイチャイチャしだしたので、僕は隣に酒を注ぎに行くふりをして、その場を離れた。
一向に戻って来ないのを気にしているのか? こちらをチラチラ見ていたのは解ったが、時折聞こえる、若者特有の意味不明な単語は、やはり気に障る。
「同期とイチャイチャするのは勝手だが、他でやってくれ」と言いそうになる自分を抑え、それ以降、君の側には近寄らなかった。
どうやら、その日の内に帰れそうな時間でパーティーもお開きになり、早足で駅に向かっていると、後ろに視線を感じる。思わず振り返えると、そのとたん、いきなり両手で腕をつかまれた。ビクッとしたが、この娘誰だ!と思う間もなく、細い腕が僕の腕にからんでいた。
かなり酔っているし、今にも道路に座り込みそうにフラフラしている。僕は君の体を支えながら、何処か休めるところを探したが、周りにはベンチも何もない駅前通り。苦しそうにしているので背中をさすっていたら、「高城さん送ってくれませんか? 私もう倒れそうです」といきなり僕の胸に倒れこんで来た。
「……やっとパーティーも終わって、我が家に帰れると思ったのに、なんで君を送らないといけなのか? 一度一緒に仕事をしただけで、この娘の事、何も知らないのに」
そう思ったが、目を閉じ、僕の腕の中でぐったりしている君を置いて帰る事は出来なかった。自前で君のキップも買い、自分もふらふらしながら、なんとか下北沢の君の自宅まで送り届けた。
「……これで俺の役目は終わり、さあ早く帰って寝よう」君の腕を肩に抱え、チャイムを押しながら、そんな事を考えていたのだが、感謝されこそすれ、まさか、あんな事になるとは思いもしなかった。
出て来た親父さんは、長州力をもう少し狂暴にした様な初老の男。怒りまくった顔をしていきなり罵声を浴びせてきた。
「お前、今、何時と思っているんだ、娘をこんなに酔わして、ふざけるな!」
目が君にそっくりで、一目で父親だと解ったが、僕はいきなり胸倉をつかまれ殴られた。
「……今日は、会社の飲み会とか何とか、何も聞いてないのかよ! この親父、頭大丈夫か!」
と、心の中で叫んだつもりだったが無意識に言ってしまったのか?
「なんだと、この野郎!」と、僕は顎に強烈な一発を食らっていた。
「お父さんやめなさいよ!」後から出てきた母親らしき人に止められなかったら、半殺しになっていたかもしれない。 そんな強烈な一発だった。
君の方を見て「お前ちゃんと説明しろよ」と思ったが、「お父さん違うの! お父さん違うの!」と、母親の側でベエベエ泣きながらそう言うだけ。親父を見ると、まだ殴りそうな勢いで僕を睨みつけいるその姿は、まるで野獣の様だった。
宴会の酔いもすっかり醒めてしまったが、こんな気違い親子には拘わらないのが一番だ。
「俺は送って来ただけです、詳しい話は娘さんに聞いて下さい」
僕はそう言い残して、打たれた顎を押さえながら駅に引き返して行った。
ふんだり蹴ったりとはこの事だが、俺なんか悪い事したか。。。暗い夜道が余計に暗く感じたが、とにかく足を前に出すしかない。ボーと見えて来た駅の明かりに向かって、僕はのろのろと進んでいった。




