新入社員5
この病院は花で囲まれた綺麗な庭が有名で、年に一度は、全国の病院から視察を兼ねて見学に来る程だった。僕はその度にマイクを持って案内役をさせられていたが、今年もその時期が来て、色々と忙しく準備をしていた。
ツアー客はだいたい土日に来る。その時は当たり前のように休みは返上。今年も色々な準備に追われていたが、どうゆう訳か、突然、あの娘が助手として与えられた。僕が苦手なパンフレットの製作や、パワーポイントでのスライド作成などを手伝ってくれるらしい。
お陰で滑り出しは順調で、今年は休みを返上せずに済むかも知れなかった。
そんな感じで予定よりも早く準備が整い、余裕も生まれて来たので、僕は冗談ポク尋ねてみた。
「明日の日曜日、休ませてもらって良いかな。もう一人で出来るよな?」
「何で!」
「ちょっと、海にでも行こうかなと思っているんだけど」
「いいな! いいな! 私も行きたいな。ダメ?」
「別に景色を眺めに行く訳ではないのだけど、それでも良いの? 実はウインドサーフィンやっていて……」
僕はこう言ってやんわりと断るつもりだったのだけど。
「えー、私もやりたい。教えて、教えて! すごく前だけど体験スクールで三日間だけやった事があるの。これでも、ちゃんと立てるのよ」と言ってきた。
大きい目をランランと輝かしてそう言われると、断るのも可哀そうになるし、後々の仕事の事もあるので、ここは仕方がないと諦めた。
「そうなの、じゃ、とりあえず、水着もって明日逗子の駅に来て! 後は用意するよ。じゃ俺の電話番号教えとく……」と言ってしまった。
夏が来る前の、まだ人が少ない逗子の海。その広々とした海岸を、風にまかせてぶっ飛ばす。 僕の唯一の楽しみを奪われてしまったが、良く仕事手伝ってくれるし。無下には出来なかった。
ウインドサーフィンとはサーフボードの上にマストが付いた様なもの。サーフィンは波に乗るのが主だけど、ウインドサーフィンはヨットの様に風で走るのが主になる。
あの小さなボードの上にセールを立てて走るのだから、馴れるまではボードの上に立つまでが難しい。それなりの運動能力がないと、いつまでたっても楽しむ所までいけないし、地方でウインドサーファ人口が思ったほど増えないのは、それが原因だと思っている。
その為、スクールで使用するボードはバカデカイボードの上に小さなセールを乗っけて練習する。だからそのボードの上に立てたとしても、僕が普段乗っている様な小さなボードの上には100%立つ事は出来ないのだ。さて、困った。どうしたものかと考えていると、昔乗っていた大きな古いボードが、まだアパートの床下に眠っているのを思い出した。
翌日、海水浴にはまだ早い五月の逗子の浜。ウエットスーツや道具を全部揃えてあげた僕は、一生懸命にウインドサーフィンを君にコーチしていた。
「……まさかこの娘とこんな感じになるとはな、人生何が起こるか解らないものだ」と、その時僕は思った。




