新入社員2
リゾートホテルの様に豪華な病院は、院内も豪奢な造りになっている。新妻に、こんなきれいな所で子供を生ませてあげられる夫は、かなり男が上がることは間違いないだろう。でも、お産費用は他の病院とあまり変わらず個室が多いと評判。子供を産むならばこの病院と最初から決めて来るカップルも多かった。
働く者にとっても、この病院の良いところは沢山ある。一番良いところは、入院患者から美味いと評判の昼食が、僅かな月会費で従業員にも出るところだった。グランドホテル並みの広い厨房には、都内の有名なホテルからシェフが出向して来ているし、メニューは専属の栄養士が考えた、妊婦の栄養バランスを意識したハイレベルな食事。まあ、それがこの病院の売りの一つでもあるのだが、それと殆んど同じものが従業員にも出るのだから、悪い筈がなかった。
元医師の僕の仕事はこの病院の裏方の雑用で、地下のボイラー室から屋上の貯水槽まで、ほとんど一人で管理をしている。勿論、何かあった時はメーカーからスタッフが来るので修理そのものをすることは無いが、院内の広い庭も管理内の為、最近は見よう見まねで庭木の剪定までしていた。
裏口入社した当時は、高齢のおじいさんに一から十まで教えてもらい、いつも一緒に仕事をした。だがその方が亡くなってからは、自分一人でなんでもする様になった。その為か看護師からは「修理屋さん」とか「庭師さん」とか適当な名前で呼ばれるが、作業着の胸に「高城ひろし」とネームを付けていても、その名前で呼ばれる事は殆んどなかった。
いつも一人で忙しそうにしているので、病院側が気を使って若い新人を入れてくれた事もあったが、仕事がきついのと汚れるので、半年もった事がない。
そんな仕事なので、女ばかりの食堂に入る時はコロンなどふって気を使っていたが、そんな状態にも慣れた頃、君が受付の新入社員として入ってきた。年の頃二十歳ぐらいで、スラーとした美人だ。うかつにも「……可愛い!」と思った。
しかしこの性格の悪さはどうだ。すれ違えば一応挨拶はするが、目はそっぽ向いている。
「……お前失礼だろう、挨拶は相手の目を見ろとまでは言わないが、せめてこっち向いて挨拶しろ。
挨拶の仕方もおざなりだし、入ったばかりで、こんな生意気な態度では先が思いやられる。
本当に親はどんな教育をしているのだ、最低の礼儀ぐらい教えろ!」
と心の声。
それで、君につけたあだ名が生意気女。しかし、その気持ちも解らない事はない。周りは医師や看護師ばかり。いくら男が少ないと言え、いつも汚い作業着でウロウロしているアラサー男子に、興味をしめす娘がいるとは思えなかった。そんな事を思いながら、僕はたった今すれ違った君を思い出していたが、そんな自分に気がついて、少し驚いた。
「……何でもやる課? の作業員には関係ないか、変な事は考えない事だ。それよりも昨日部長から言われた旧病院の排水ポンプの不具合を何とかしなくては、今度強い雨が降ればやばいかも知れない」
一瞬とは言え、すれ違っただけの娘を気にするなんて…。そんな自分に驚きながら、僕は旧病院地下に続く階段を急ぎ足で降りて行った。




