総務課軍団8
一気に緊張がほぐれてホッとしたが、実は、僕も喉がからからで、クレーム奥様がいなくなると、出されていた麦茶を一気に飲み干していた。
その後、別の部屋に用意されたランチは、それは、それは豪華なもの。トックブランシェと言う白い高い帽子をかぶったシェフらしき初老の男性が、一人一人に丁寧に盛り付けて給仕してくれる本格的なものだった。
「お昼なので軽い物しかないの」
そう言って出された料理は、それでも豪華。ホワイトソースのパスタに、香ばしく焼かれたフォアグラがトッピングされている。そのいい香りは、思わず唾を飲み込みそうに成る程だった。
さっきまで、あんなに憂鬱そうな顔をしていた夏華は、全身笑顔でニコニコしている。美味しい、美味しいと、嬉しそうに食べる姿は、見ていても気持ちが良いものだった。
それにしても、味の濃いフォアグラが、こんなにパスタに合うなんて、腹ペコだった事もあるが一気に一皿平らげ、思わずお代わりと言いそうになった。
遠慮しながらも何時の間にかお皿は空になっていたが、でもテーブルには、次の料理がもう並べられている。
レタスに生ハムをあしらい、ゴーダチーズと白いソースがかかったサラダ。
クラッカーの上に可愛く盛り付けられた、キャビアにポタージュスープ。
それ以外にも、日頃あまり口にする事はない豪華な料理が次々に運ばれてきて、謝りに来たのにまるで接待されに来た様だった。
ワインも薦められたが流石にそれは辞退。恐れていたクレームでごねられる事もなく、昼の二時を回った頃、まだ勤務中である事をやっと思い出して、そろそろオイトマする事を告げた。
「隆弘この方達を駅まで送ってあげなさい」
クレーム奥様が誰かに内線していたが、この申し出はとてもありがたかった。屋敷の前に広い道路があるのを発見したし、美味しいものをたらふく食べて満腹なのに、又山越えして帰るのは流石に気が重い。駅まで送ってくれるという申し出に、夏華もホッとしているのが伝わってきて面白かった。
「よかったね」そう目で合図する。気が重かったクレーム処理も無事に終り、後は帰社するだけだ。改めて眺めた屋敷の正面玄関の豪華さに感動しながら、送ってくれるという運転手を二人で待っていた。
澄み切った青空の下、僕も思わず笑顔がこぼれて来て、今日は良いデートだったねと、その日一番の笑顔で夏華と顔を見合わせた。
美味いものは脳のアドレナリンを出すと言うのは本当みたいだ。
「こんな自分が久々に感じる、なんか幸せな感じ。もうこれからは前を向いて生きよう」
何故かそう思い始めていたが、この小さな幸せはこれから来る大きな嵐の前触れだった事に、その時は気づいてなかった。
良いデートはここまでだった。クレーム奥さんと一緒に現れた青年に、夏華の顔の表情が一気に変わって行く。僕は少し焦りの様な気が芽生えるのを感じたが、ついさっきまで僕の目しか見ていなかった夏華の目が、いつのまにか違う空間で点になっているのを見て、その焦りは勘違いではない事を感じた。
タカヒロと呼ばれたその青年を改めて見ると、このままテレビ画面の中に収まっても不思議ではない整った顔をした二十四~五才の男性。高い。身長は一九〇cmくらいか。今回のクレーム旅行。一件落着した様に見えたが、僕にとっては一難さって又一難? ややこしい人生物語が、その時又、始まろうとしていた。




