総務課軍団4
秋葉原での販売経験しかなかったのが災いしたし、しかも僕はパソコン担当。他の売り場など入ったことがない。
「……おいおい、ここは電気屋だよ。カメラなど置いている訳ないだろう」と心から信じて疑わなかった僕は、即座に返事した。
「ここは電気屋です、カメラは置いていません」
だが、その対応はまずかった様だ。カメラ、正確には使い捨てカメラが、レジの真ん中に吊り下げて売られており、客から大きな声で怒られ大顰蹙を買ってしまった。
その客とは三秒も喋っていないのだが、非常に不愉快だと言う事で店長と一緒に家まで謝りに来いと言う事になった。
面倒くさいが来いと言うなら行くしかない。「謝る位は良いか。 刺される分けでもないし、謝るのも時給の内」と菓子折りを用意して準備していたが、今日は忙しい、明日は何々だと、結局はもう良いよとなってしまった。
その時、このお客さん結局店長と僕にストレス発散しているだけじゃないのか? と思ったが、やはり悪いのは自分の初期対応なのは明白。でも同時に『お客様は神様です』の有名な言葉は、まだまだ今の人類には早すぎる。と思った事も思い出した。
もう遥か昔のバイト先で経験した、今でも思い出すクレームの経験だったが、その新米の総務課長がどんな対応をしたのか……。その後、受付を代表して夏華と二人で世田谷の砧のお客様の家まで謝りに行くと言う事になった。
「……マジかよ」と思ったが、ある意味ちょっと嬉しかった。勤務時間中に白昼堂々夏華とデート出来るのだから、悪くない話だった。
砧の町にはどこかの大学があって、商店街は多くの若者で賑わっていた。町中がその大学のノンポリ風ムードで満たされていて、昭和時代の、のんびりとした雰囲気が残る町。それでいて活気のある町であった。
ノンポリ風とは、独断と偏見で言わせてもらえば、あまり政治活動には興味がなく学生の雰囲気が政治に無関心。良く言えば落ち着いていると言う事である。
例えば何かで興奮している学生がワッショイ、ワッショイとスクラムを組みシュプレヒコールをあげていると、一応は気にするし意見を述べたりする。だが決して自分はそのワッショイには参加するまでは行かない学生をノンポリと言ったと思う。
一九七〇年代。ちょうど今の団塊の世代と言われている人達がまだ若者で、その頃関東中に学園紛争が吹き荒れた頃は、ここも反ノンポリ一色で大変だったらしい。だが今は、そんな学園紛争が吹き荒れた町の面影は何処にもなく、平和な良い町であった。
その、のんびりとした町を、僕と夏華は憂鬱な気持ちで歩きながら、地図で目印に指定された”壊れた貯水槽”を探していた。だが、いくら歩いてもそれらしい建物は見つからず、流石に二人とも少し不安になって来ていた。
「あの程度の事で、どうしてここまでしないといけないのだろね……」
二人は、ぶつぶつ言いながら歩いていたが、会社勤めの悲しさで上司から行けと言われたら行くしかない。しかし道はだんだん細くなり、何時の間にか商店街もなくなって、通りはいきなり薄暗く寂しくなって来た。




