総務課軍団2
その日は朝から雨が降っていた。強くなったり、弱くなったり。結構な量の雨が降り続いたが、それでもやりかけの作業は止められず、僕はカッパを着て排水管に詰まった枯れ葉の除去と戦っていた。
履き古した作業靴から染み込む雨水で、靴下はズブズブで気持ち悪い。昼過ぎになっても雨は降りやむ気配はなく、何処かで詰まって上手く流れない排水の問題個所は、なかなか見つけられなかった。
下着の中までも浸み込む程の大粒の雨は、さらに激しさを増してきていたが、久しぶりの大苦戦にカッパの中も汗でびっしょり濡れていた。
最近忙しさにかまけ排水溝の点検を怠っていた事が悔やまれるが、「……この広い病院の庭を俺一人に押し付けて、上はいったい何を考えているのだ、新人入れろ!」とか、なんとか、かんとか。こうゆう時は思わず愚痴が出た。
僕はぶつぶつ言いながら泥と落ち葉で一杯になった溝の詰まりを直していると、僕の胸のポケットが、ぶるぶると震えだした。
「こんな時になんだ!」
でも、手は泥で汚れているし、雨で携帯が濡れてしまうのが心配で、直ぐに電話に出れない。こんな事は良くあったので、少し焦りを感じながらも放置していたら、何時のまにか胸の振動は終わっていた。
やっと取り出せたスマホの着信は夏華からだった。少し胸騒ぎがした僕は、目の前の作業を手短に終わらせて、急いで総合受付まで走って行った。
だが、これが僕と夏華のその後の人生を変える大きな事件の始まりだったとは、その時は知る由もなかった。
カッパを着たままだったが正面玄関の自動ドアをくぐると、和服を着た御婦人が受付の前で何やら騒いでいる。ところが僕を見つけると、「この人、この人!」とすごい目で韮目つけてきた。
でもなんの事か解らない僕は、さらに近づいて行く。するとその声を聞きつけた周りの社員もみんな僕の周りに集まって来た。
「この人にタバコ吸う所ないのと聞いたのに、ありませんの一言だけで、さっさと行ってしまったのよ。だから、しょうがなく雨もふっているので遠慮しながらドアの横で吸っていたのに、ここの従業員生意気過ぎるのよ! 注意するにしても言い方に注意しなさいよ、私はこの病院の客よ!」
と、今度は応対したらしい、受付の女の子に怒りの矛先を向け始めた。どうやら病院前でタバコを吸っていたのを咎められて、癇癪を起したみたいだ。
「この病院の責任者呼んでくれる、このままでは収まらないわよ!」
何事かと周りに集まって来た従業員に囲まれた事で客はさらに興奮したのか、ますますテンションが上がって怒りはおさまりきらないようだった。
病院に限らず、お客様の接客では『これが正しい事だから』が余り通用しないのは昔から同じだ。どっかのタレントさんがお客様は神様ですと言った頃から、その傾向はさらに強まって来た様に感じる。
でも、お客様に注意する場合は言い方ひとつで感じも変わるので、客が逆上するような注意の仕方には、やはり問題があると思う。
「……客がこんなに怒っている以上、こちらに非があるのは間違いない。なんか収める方法がないか」
僕は自分の名前が出て来た以上なんとかしなくてはいけないので対応を考えていると、上司がやって来て、そのお客様は別室に誘導されて行った。
その後、クレームがどう処理されたのかは知らされないまま、その場にいた者全員会議室に呼ばれ、クドクドと上司に説教される事になった。
誰の対応が悪かったのか。受付の対応のミスなのか。さんざん絞られたが、面倒くさくなった僕は自分が初期の段階でもう少し丁寧に対応していれば、こうはならなかったと思う。お客様を怒らせてしまったのは、自分の対応ミスだと思うと自己申告した。




