二年目の君4
「娘はどうやら、親よりもお前を好きになったようだ。少々生意気な所もあるが、でも、何処に出しても恥ずかしくない娘に育てて来たつもりだ。よろしく頼む」といきなり頭を下げられた。
「……何でこうなるのか? いきなり頼まれても困る」と思ったが、ここで断ると又殴られそうだし、僕もまんざらでもなかったので「はい!」と言ってしまって、少し慌てた。
知ってか知らずか、君はそれからも僕の側にぴったりとくっついて世話をやいてくれた。母親も親父もニコニコしながらそれを見ていたけれど、そのまま押しきられた感じで、僕はその夜君の家に泊まることになった。
「……まさか君と同じ布団?」と一瞬思ったけれど、やはり、それはなかった。
「……残念」
次の朝、何事もなく無事に解放され、やっと本当の週末を迎えた。我が家に帰ってドット疲れが襲って来たが、来週からどんな顔をして君に会うべきかと考えてたら、そのまま夜まで寝てしまった。
でも、そんな君に気を使う事もなく、病院内の君はまるで別人の様によそよそしかった。僕に目も合わせないし、社員食堂で会っても他人のように接するその姿。初めて会ったときの無愛想な君を思い出したが、布団は違うとはいえ、同じ屋根の下で一夜を共にしたのに、何事もなかった様に振る舞う明るい君は異常だ。
僕とすれ違っても、皆の前では何故か無視する。その、わざとらしさ。それが逆に微笑ましく、そんな君を僕はだんだん好きになっていった。
そんな感じで、その日は何事もなく過ぎ会社を出て駅に向かっていると、後ろにゾクッとする気配を感じた。君が近づいて来るのが解ったが、でも今夜は早く帰ってゆっくり寝たい。僕も早足で駅に向かったのに、直ぐに追い付かれて腕を捕まれた。
「今日も家に来る?」
会社のおしとやかな君から、まったく変身したコギャルの様なルンルンとしたその目。あまりにも差がありすぎて怖い。
「今夜は君が僕の家に来るか」と冗談で言うと、マジで真剣に考えている。その悩んだ姿が可愛くて思わず「ドキ!」としてしまったが勿論そんな事出来る筈がない。親父に殺される。
「冗談だよ、第一、俺達まだ付き合ってもいないし」
僕は、まるで聖人君子の様にまっとうな事を言う自分に驚いたけど「そうだよね……」と言って、君は下を向いてうつむいた。
でも、いつも積極的な君とは別人の様な、しおらしい姿が可愛い。思わず、次の言葉が自然に僕の口から出てしまった。
「付き合うか?」
「うん!」
僕はその場の雰囲気と言うか弾みで言っただけだったが、勢いがつくと周りが見えなくなる体験を生まれて初めてした。なんか自分が言った言葉に酔ってしまい、そのまま君を抱き寄せ大胆にもキスをしてしまった。
弾みの結果は恐ろしい。最初は口をしっかり閉じたままだった君が、その後、少し口を開いたのが解った。
「……キスってこんな感じだったか。もう忘れるところだった」
僕は久しぶりのキスに少し戸惑っていたが、思えば、もう何十年もキスなどしていないのを思い出した。
「夏華、生まれて初めてキスをしたよ」
「本当か? 元彼とは?……」と言いかけたけど、最後まで言う前に、今度は夏華の方から僕に抱きついて来た。
「……ヤバイ! この駅は病院に一番近い駅で、このままでは皆に見られる」
それじゃなくても、帰宅を急ぐ人の渦の中で抱き合っている二人は、かなり目立つ。周りの人は興味深かげに眺めているが、中には薄笑いを浮かべている人もいる。
「夏華、少し歩くか」
よく考えると、僕は始めて君の名前を呼んだ。少し“ジン”ときて直ぐ横にある小さな肩が違って見えたが、歩道を照らす街灯の明かりも、いつもより輝いて見えた。
「たまには門限破るか。お前の為に、また殴られてやろう」
心にもない事を言っているのは解ったが、そんな言葉を言える自分に少し驚いた。夏華が手を繋いできたが、その手がやわらかくちょっと気持ち良い。それに、こんなシーンは久しぶりの事で、僕も自分に酔い始めていた。




