二年目の君5
麻布周辺にはイタリア、オーストラリア、フランスなど、各国の大使館が沢山ある。銀座や渋谷のような華やかさはないものの、ある意味東京で一番落ち着いた街かも知れなかった。例のキミちゃん像があるのもここである。
キミちゃん像と言うのは ”赤いくつ“”のモデルになった女の子。幼いころ、母親と離ればなれになり、当時日本に滞在していた牧師に預けられ、一人アメリカに渡ったと思われていた。 娘はアメリカに渡って幸せに暮らしていると信じていた母親。だが実際は横浜の孤児院に預けられ、親との再会も叶わずに結核にかかって僅か九才で亡くなった。と、言う物語。
「あの子は横浜の埠頭から汽船に乗って、異人さんにつれられて行ってしまったと聞く。
今では青い目になって、異人さんのお国にいるんだろうか……。」
青い目になって、身も心も外人になって。なんか、もの悲しい物語。
だけど、この辺りはデートコースとしては雰囲気は良い。あてはなかったけれど、僕達は手を繋いで道なりに夜道を歩いた。上を見上げると、星はあまり見えないけれど大きな丸い月が僕達を照らしている。
「今日は満月なんだね、ほらあんなに大きい……。でもなんか怖い……」
そう言って、夏華は僕の腕をギュウっと抱き締めてきた。夏華の胸が腕に当たってドキドキしたが、無理やりクールな顔をして歩いていると前方に角がないお洒落なタワーマンションが見えてきた。
薄暗い庭園の中。銀色に輝く建物はまだ建てられたばかりの真新しい六本木ヒルズ。暗い夜空に挑戦する様にそびえ立つビルはそこだけやけに明るく、少し喉が乾いていた僕にはオアシスの様に写った。
近づくにつれ、その周りに広がる街路灯に照らされた広大な庭園は僕達の目を奪った。毛利公園である。
毛利公園は三百年以上の歴史があり、元々は江戸の大名であった毛利家の庭園後に作られたものである。毛利家は赤穂浪士討ち入り後、その浪士十人の身柄が預けられた事で有名。最初は罪人として扱い座敷牢に閉じ込めたものの、庶民の反発を恐れ庭園が良く見える広い屋敷に移された。ある記録では、その後は厚遇されたと記されている。
僕達はその庭園の中に見えてきた控えめなネオンが輝くスターバックスを発見すると、店の隅の丸い木製のテーブルに二人並んで腰をかけた。
平日なので、店は混んではいなかったが「……もうここまで来れば、会社の者に会う事もないだろう」僕は、何故かホッとする自分を感じていた。
「……何故だろう。何か悪い事をしているような気分になる」
時刻はもう夜八時を回っていたが、夏華の親父の怖い顔を思い出した僕は、「大丈夫か!」と訊ねた。夏華は「何で?」って顔をしているが、あの夜親父に殴られた顎の痛さを知らない君は「平気、平気!」と呑気なものだった。




