二年目の君1
そんな感じで、正月は何事もなく過ぎ去り、冬も峠を越えて待望の春が又やって来た。
春と言っても浜はまだ寒い。普通なら海に入るなんてとんでもないと言われそうな気温である。
でも、湘南は冬ならではのサーフスポットが数多くあって、混む夏場よりも、空いている冬場の方が地元のサーファーには人気があった。
いい波が来るスポットは、もうサーファーでいっぱい。海の家がない浜は、どこまでも広く快適。まだ、ごみも落ちていないサラサラの砂浜は、澄み切った青い空と一体になって本当に気持ちが良かった。
一年の内で海に入らないのは一月、二月位。三月にもなれば厚い防寒用のウエットスーツを着て、出勤前の一時間は毎朝海に出るのが習慣になっていた。
風が良い時はついつい夢中になって、もう少し、もう少しと、遅刻しそうになる事が良くある。そうゆう日はテンションが上がり、不思議に女子共にも愛想が良くなった。
そう言えば、以前は挨拶しても良く無視されたが、最近は何故か皆の愛想が良くなって来た。何故だろう? 僕は不思議でならなかった。
君は、もう入社して二年目になるが、病院でも重要なメンバーになりつつあるのは、見ていても解った。
入社したての頃はあんなに無愛想だったのに、一緒に仕事をし成り行き行きとは言え海にも行った。でも下北沢の自宅まで君を送り、暴力親父に殴られて以来殆ど何も喋っていない。
院内で時折見かける君と偶に目が合う事もあったが、「……へぇー!こいつ、こんな表情してたかな」と見直すほど、時だけは経って行った。
ずいぶん気温も春らしくなり、病院名物の垂れ桜も満開。今年入社の社員の顔も見分けられる様になって来た頃、今年もまた恒例の消防避難訓練の日が近づいて来た。
でもその頃になると 、せっかく皆が忘れている新入社員水ぶっかけ問題が、又息を吹き返して来る。
彼方此方で、あいつは何故新入社員にバケツの水をぶっかけたのか? と、まるで昨日の事の様に囁かれはじめる。
野蛮だとか、下品だとか、何とか云々。色んな事が噂され始めたが、相変わらず当の本人はなんの言い訳もせず無反応。そして、ぶっかけられた方も気にしている様には見えず、ニコニコしているのだから皆不思議がった。
今年の消防避難訓練は何事もなく無事に終わり、春はあっという間に過ぎて夏が来た。
僕は、休みの日は朝から晩まで海に出ている。それ以外の趣味はないので、いつもジーンズにTシャツ。今風の洒落た服など持ってないので、おしゃれなどした事がない。
会社に出れば庭の雑草取りや掃除ばかり。昇進意欲もないので、他の人から見たら「あの人何を考えているのだろう」とか、「将来の事とか少しは考えているのだろうか」とか言われそうな、怠惰な毎日を送っていた。
逃げと言われればそうかも知れない。だが、海に出ている時だけは何もかも忘れる事が出来たし、大きな借金や、自分の将来の事とかも考えないで済んだ。
「……もう過去ばかり見ないで、もう少し前向きに生きなさい」
そんな心の声が聞こえてくる事もあったが、現実は、次のステップなるものに、どうしても踏み出せない。毎日同じ事の繰り返しで、君との事も殆ど思い出す事もなくなっていった。




