第五話「王女育成計画・始動と迷走」
転生して一週間が経った。
そろそろ本格的に動かなければならない。
外交と内政はパラネスに任せた案件が動き始めている。
財政の立て直しも方針は決まった。
あとは時間の問題だ。
問題は、家族だ。
特に娘のアリスだ。
俺はプ〇ンセスメーカーを全エンディング制覇している。
娘の育成については、人並み以上の知識がある。
いや、人並み以上どころか、一般的な父親よりずっと詳しいはずだ。
……ゲームの知識だけど。でも知識は知識だ。
まず現状把握から入ろう。
俺は執務室の机に紙を広げ、ペンを手に取った。
アリス現在ステータス(推定)
年齢:八歳
知力:高い(分厚い歴史書を読んでいた)
観察眼:高い(俺の行動を全部見ている気がする)
体力:不明
品位:高そう(所作が綺麗だった)
戦闘:不明
料理:不明
音楽:不明
外交:不明
現在の俺への好感度:マイナス(毛虫目線・MAX)
……書き出してみると、不明が多い。
でも知力と観察眼が高いのは確かだ。
あの目は伊達じゃない。
この子、賢い。
問題は育成方針だ。
プ〇ンセスメーカーで言えば、最初に目標エンディングを設定する。
そこから逆算して、上げるべきパラメータを決める。
さて、アリスの目標エンディングは何か。
……王女として幸せになってほしい。
それだけだ。
でも「幸せ」のパラメータは存在しない。
じゃあ何を上げればいい。
戦闘? 女の子に剣を持たせるのはどうなんだ。でも護身術は必要かもしれない。
料理? 王女が料理を学ぶのは一般的か? でも生きる力として大事かもしれない。
品位? すでに高そうだからいいか。
外交? 知力が高いから向いているかもしれない。
音楽? 貴族の嗜みとしては必要か。
……全部必要な気がしてきた。
全パラ(全パラメータ)上げだ!
全パラ上げが基本だろ。
方針が決まった。
翌日、俺はアリスの書斎に向かった。
扉をノックする。
「……どうぞ」
入ると、アリスが本を読んでいた。
こちらを見る。
毛虫を見る目。
「やあ」
「………」
今日は用件を先に言おう。
「アリス、明日から剣術の稽古を始めなさい」
アリスが、本から顔を上げた。
「剣術、ですか」
「護身術として必要だ」
「………」
毛虫を見る目・強。
でも、何も言わなかった。
「わかりました」
それだけ言って、また本に視線を落とした。
……意外と素直に従った。
好感度が少し上がったか?
三日後。
剣術師範のフレドという男が、アリスの指導を終えて俺のところに来た。
「陛下」
「どうした?」
「アリス様は、飲み込みが早く」
「一度見た型を、すぐに再現されます」
「……ただ」
「まだ力が追いついていない部分もありまして」
「……続けて教えてもらえるか?」
「はい。ただ、半年もすれば私では……」
フレドが言葉を選んでいる。
「私では、お教えできるものがなくなっているかもしれません」
八歳で軍の剣術師範にこんなこと言わせるのか?
……Sランクか?この子。
「今日からは料理だ」
「……」
今日も、毛虫をみる目・強。
料理については、厨房の料理長に頼んだ。
翌日、料理長が青い顔で報告に来た。
「陛下、アリス様が」
「な、なんだ?」
「アリス様が、調理場の動線について」
「……指摘をされまして」
「動線?」
「八歳のお子様に言われるとは思いませんでした」
「八歳が?」
「はい。で、その案が……」
料理長が言いづらそうに続ける。
「……かなり的確なんです」
「そ、そうなの?」
「試しに従ってみたら、かなりの時間短縮に」
俺は少し考えた。
……料理を学ばせたら、調理場を改善し始めた。
これは料理パラメータが上がっているのか?
それとも別のパラメータが上がっているのか?
「今度はダンスだ」
「……」
……毛虫を見る目がMAXに近い。
ダンスについては、宮廷の舞踏教師を呼んだ。
二日後、舞踏教師が来た。
顔は青くなかった。
でも、困惑していた。
「……陛下」
「ど、どうした」
「アリス様は、ダンスを完璧にこなされます」
「そうか、それは良かった」
「ただ」
「なに?」
「稽古の最中に『このステップは外交の場でどう役立つのですか』と聞かれまして」
「……聞いた?」
「はい。答えられませんでした」
「……そうか」
「その後は無言で踊っておられましたが……その顔が」
舞踏教師が言いづらそうに続ける。
「……意味がわからない、という顔でした」
俺は頭を抱えた。
……この子、意味のないことをやらせると機嫌が悪くなるのか。
詩の朗読については、教師を呼ぼうとしたが、その前にアリスが書斎に来た。
珍しかった。
アリスから来ることは今まで一度もなかった。
「お父様」
「なんだ」
「一つ聞いてもいいですか」
「も、もちろん」
アリスが、真っ直ぐ俺を見た。
赤い目。静かな表情。
「私を、何にしたいのですか?」
核心だった。
まっすぐに、八歳が核心を突いてきた。
「剣術、料理、ダンス……次は詩の朗読だと聞きました」
「……聞いたのか?」
「パラネス様が教えてくれました」
パラネス、余計なことを。
「全部必要だと思って」
「何のためにですか?」
「……幸せになってほしいから」
言葉が出た。
考えるより先に出た。
アリスが、少し黙った。
その目が、毛虫を見る目から、何か別のものに変わりかけた。
「幸せ?」
「ああ」
「お父様が考える幸せとは、なんですか」
俺は答えられなかった。
プ〇ンセスメーカーのエンディングが頭の中に浮かんだ。
女王エンディング。プリンセスエンディング。大将軍エンディング。賢者エンディング。
どれも違う気がした。
「……まだ分からない」
正直に答えた。
アリスが、また少し黙った。
「……正直なんですね」
「そうか?」
「はい。お父様が正直に答えたのは、初めてです」
俺は少し考えた。
「今まで正直じゃなかったか」
「前のお父様は、正直かどうか以前に、私に答えたことがありませんでした」
それは静かな指摘だった。
感情は込められていない。でも、重かった。
……そうか。前の俺は、答えることすらしなかったのか。
「……これから考える」
「何をですか」
「君の幸せが何か」
沈黙。
アリスが、俺を見た。
毛虫を見る目ではなかった。
かといって、好意的な目でもなかった。
ただ、見ていた。
観察するような、静かな目で。
「わかりました」
アリスが頷いた。
「では、剣術と外交と学問は続けます」
「料理とダンスは?」
「料理は好きになれそうです。ダンスは意味が分かれば続けます」
「詩は?」
「意味が分かるまでは、やりません」
八歳が交渉してきた。
……この子、交渉もできるのか。
「わかった。そうしなさい」
アリスが、また少し黙った。
そして、頷いて書斎を出ていこうとした。
扉の前で、一度だけ振り返った。
「……お父様」
「なんだい」
「外交と学問を学ぶなら、お父様に教えていただけますか」
俺は固まった。
……俺が?
「俺で良ければ」
「地図で教えていただけますか。以前、少し見せてもらいましたから」
「……ああ」
アリスが、扉を出た。
俺は、しばらく動けなかった。
……フラグ、立ったか?
いや、立ったのかどうか分からない。
でも、
今日初めて、アリスの方から何かを頼んできた。
◇
その夜、アリスは日記を書こうとした。
でも、書けなかった。
何を書けばいいか、分からなかった。
ペンを置いた。
窓の外を見た。
(……なぜ、あんな気持ちになったのだろう)
自分の感情が、よく分からなかった。
前の父と重なった、とは思う。
でも、それだけじゃない気がした。
何がそれだけじゃないのか、言葉にならなかった。
アリスは、珍しく日記を書かずに眠った。
◇
廊下の影で、護衛騎士ジークシールドが静かに立っていた。
今日のアリスの様子を、頭の中で整理していた。
陛下の部屋に自分から行ったアリス様。
交渉して戻ってきたアリス様。
その表情が、いつもと少し違った。
(……変化している)
それだけを確認して、ジークは持ち場に戻った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
続きが気になった方は、ぜひ次の話もお楽しみにしてください。
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