第二十六話「戦場のゲームオタクと白いドレス・前編」Ⅱ
村の中心部に、白いものが見えた。
テントだった。
ミーテラスの紋章が入った旗が、風に揺れていた。
その前に、人が集まっていた。
兵士たちだった。
座っている者、横になっている者、立っている者。
その真ん中に、白いドレスが見えた。
俺は馬を止めた。
馬から降りた。
「……陛下」
ランダが声をかけた。
でも、俺はすでに歩いていた。
泥の道を。
一歩、また一歩。
来る途中で見た光景が、まだ目に残っていた。
消えなかった。
でも、今は前を向いた。
エルザは、一人の兵士の手を握っていた。
目を閉じて、祈りを捧げていた。
その白いドレスは、少し汚れていた。
でも、その姿は。
……綺麗だ。
ゲームで何度も見た聖女のキャラより。
ずっと、綺麗だ。
エルザが目を開いた。
何かを感じたのか、こちらを向いた。
俺と目が合った。
エルザが、少し固まった。
俺は、泥道の真ん中で立っていた。
転んでいなかった。
今日は、まだ転んでいなかった。
「……陛下?」
エルザの声が、聞こえた。
「……なぜ、ここに」
俺は少し考えた。
「……言葉を、見つけてきた」
エルザが、少し驚いた顔をした。
「……言葉、ですか」
「ああ」
「……待てなくてごめんなさい、と書いたな」
「……はい」
「……俺が遅かった」
「……いいえ」
「遅かった。でも」
一歩、近づいた。
泥が、靴に絡みついた。
「……言葉を見つけてから来るつもりだった」
「……はい」
「……でも、言葉を見つける前に、お前がいなくなった」
「……ごめんなさい」
「……謝らなくていい」
もう一歩。
「……エルザ」
「……はい」
「……行きたくない気持ちもある、と書いたな」
エルザが、少し俯いた。
「……はい」
「……その気持ちに、俺はなれなかった」
「……なれなかった、とは」
「……お前が行きたくないと思うくらい、大事な場所に、俺はなれなかった」
エルザが顔を上げた。
「……それが、言葉ですか」
「……半分だ」
「……残りは」
俺は少し間を置いた。
「……これから、なる」
「……なる、とは」
「……お前が行きたくないと思う場所に、なる」
「……それは」
エルザが、少し黙った。
「……約束できますか」
「……約束する」
「……できますか、本当に」
「……できるかどうか、分からない」
エルザが少し驚いた。
「……分からない、のですか」
「……正直に言えば、分からない」
「……でも」
「……やる」
沈黙。
エルザが、俺を見た。
長い沈黙だった。
「……陛下」
「なんだ」
「……転んでいませんね」
「……今日は、まだ転んでいない」
「……珍しいですね」
「……そうだな」
エルザが、少しだけ口の端を動かした。
「……来る途中、何か」
エルザが、俺の顔を見た。
「……顔色が、優れないようですが」
俺は少し黙った。
「……道で、人が倒れているのを見た」
「……はい」
「……初めて見た」
「……そうですか」
「……ゲームでは、何度も見た」
「……ゲーム、とは」
「……盤上の戦争のようなものだ。でも」
「……全然、違った」
エルザが、少し黙った。
「……消えないでしょう」
「……ああ」
「……目に、残るでしょう」
「……ランダも、同じことを言った」
「……慣れません」
「……そうらしい」
「……でも」
エルザが続けた。
「……だから、祈るのです」
俺は少し黙った。
「……祈っても、消えないだろう」
「……はい」
「……消えなくても、祈るのか」
「……はい」
エルザが、さっきまで手を握っていた兵士を見た。
「……この方は、アソセスの兵士です」
「……ああ」
「……名前も、知りません」
「……そうか」
「……でも、傍にいました」
「……それが、祈りの意味か」
「……はい」
俺は少し黙った。
……道で見た兵士。
名前を知らなかった。
でも、ここにいた。
エルザは、そういう人たちの傍にいる。
与えられるものが何もない、と街を歩いて思った。
でも、エルザには最初からあった。
傍にいること。
それだけで、与えられるものが。
「……迎えに来たのですか」
「ああ」
「……言葉を持って」
「ああ」
「……転ばずに」
「……今のところは」
エルザが、また少し笑った。
「……帰ろう」
「……はい」
エルザが、握っていた兵士の手を、そっと置いた。
兵士が、目を閉じたまま、小さく頷いた気がした。
二人で、泥の道を歩いた。
並んで。
……目に残る。
来る途中で見た光景が。
まだ、残っている。
消えない。
でも。
エルザが隣にいる。
それだけで、少しだけ、前を向ける気がした。
「……陛下」
「なんだ」
「……言葉を見つけてくれて、ありがとうございました」
「……遅かったが」
「……来てくれたので」
「……それでいいのか」
「……十分です」
俺は少し黙った。
……十分、か。
泥道が、続いていた。
二人で、歩いた。
遠くで、また何かの音がした。
金属の音。
でも、今は遠かった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
続きが気になった方は、ぜひ次の話もお楽しみにしてください。
【作者からのお願い】
もし「設定が面白そう!」「続きを読んでみたい」と少しでも思っていただけましたら、画面下部にある【ブックマークに追加】をポチッと押していただけると非常に励みになります!
あなたのブックマーク一つが、この作品がランキングに載るための大きな力になります。
どうぞ応援よろしくお願いいたします!




