表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
32/35

第二十六話「戦場のゲームオタクと白いドレス・前編」Ⅰ

 王都を出てから、三日が経った。

 二日目の夜。

 野営の焚き火の前。

 ランダが地図を広げていた。

「……明日の昼頃には、戦場の外縁部に入ります」

「……王妃様の居場所は」

「私の部下から、定期的に伝令が来ております」

「どこにいる?」

「アソセスとガレスの境界付近の村です。現在は比較的安全な場所ですが」

「……比較的、か」

「戦況次第では、前線が動く可能性があります」

 俺は地図を見た。

 ……アリスが授業で話していた国境付近だ。

 エルザは、そこにいる。

 ジークが、焚き火の向こうに座っていた。

 無表情で、火を見ていた。

「ジーク」

「はい」

「お前は、エルザが出発するのを知っていたか」

「気配は、感じていました」

「なぜ止めなかった」

「私の判断では、止める権限がありませんでした」

「……そうか」

「陛下に報告すべきでした」

「……俺も、気づけなかった」

 ジークが少し黙った。

「……陛下」

「なんだ」

「王妃様は、準備していました」

「知っている」

「……それは」

 ジークが、珍しく言葉を選んでいた。

「……諦めていたのではなく」

「なんだ」

「……覚悟していたのだと、思います」

 俺は少し黙った。


 ……覚悟。

 諦めではなく、覚悟。

 焚き火が、ぱちりと爆ぜた。

「ランダ」

「はい」

「明日、戦場の外縁部に入ったら、何が見える」

 ランダが少し間を置いた。

「正直に申し上げます」

「ああ」

「……戦場の現実があります。死体が、あります」

「……そうか」

「野戦では、すぐに収容できないことが多く」

「分かった」

 ランダが、俺を見た。

「陛下は、戦場に出たことは」

「……ない」

「……そうですか」

「ゲームでは、何度も見た」

「ゲーム、とは?」

「盤上の戦争のようなものだ」

 ランダが少し頷いた。

「盤上と、現実は違います」

「そうだな」

「覚悟されておいた方がいいかもしれません」

「……ああ」


 ……覚悟。

 今日、二回目だ。

 エルザの話でも、ランダの話でも。

 覚悟という言葉が出てくる。

 俺には、覚悟があるのか。

 引きこもりに、覚悟があるのか。

 焚き火の火が、風に揺れた。

「……ランダ」

「はい」

「……お前は、戦場で人が死ぬのを見たことがあるか」

「……何度も」

「……どんな感じだ」

 ランダが、少し間を置いた。

「……慣れません」

「……慣れないのか」

「……はい。何度見ても、慣れません」

「……ゲームでは、慣れた」

「……そうですか」

「……ユニットが消えるだけだ。数字が減るだけだ」

「……現実は」

 ランダが、焚き火を見た。

「……消えません」

「……消えない?」

「……目に、残ります」

 俺は黙った。


 ……目に残る。

 ゲームでは、次のターンに進めば忘れられた。

 現実は。

「……分かった」

「……陛下」

「なんだ」

「……明日、辛くなったら」

「……なんだ」

「……前を向いていてください」

「……前を?」

「……目的があります。王妃様がいる場所へ向かうという、目的が」

「……そうだな」

「……それだけを、見ていてください」

 ランダが頭を下げた。

「……明日は、長くなります。少し休んでください」

「……ああ」

 俺は空を見た。

 星が出ていた。


 ……明日、死体を見る。

 初めて。

 ゲームじゃなく、現実の。

 引きこもりが、そんなものを見て、正気でいられるのか。

 答えは出なかった。

 ただ、焚き火の火だけが、静かに燃えていた。


 三日目。

 戦場の外縁部に入った。

 最初に気づいたのは、臭いだった。

 何かが焦げているような、でも焦げとは少し違う。

 重い臭い。


 ……ゲームに、臭いはなかった。

 次に気づいたのは、音だった。

 遠くで、何かが鳴っている。

 金属の音。

 人の声。


 ……ゲームの効果音と、全然違う。

 もっと、不規則だ。

 もっと、生々しい。

 馬を進めた。

 村に入る手前の道で、ランダが手で合図をした。

 速度を落とした。

 道の端に、何かがあった。

 俺は最初、何か分からなかった。


 ……荷物か?。

 違った。

 人だった。

 鎧を着けたまま、道の端に倒れていた。

 動いていなかった。

 胸に、矢が刺さっていた。


 ……死体だ。

 頭で分かった。

 でも、体が動かなかった。

 馬が、少し不安そうに足踏みした。


 ……ゲームでは。

 ユニットが倒れると、画面から消えた。

 次のターンには、何もなかった。

 でも、これは。

 消えていない。

 ここに、ある。

「……陛下」

 ランダの声がした。

「……前を向いてください」

 俺は、顔を上げた。

 前を向いた。

 でも、頭の中から、さっきの光景が消えなかった。

 ……目に残る。

 ランダが言っていた通りだ。

 進んだ。

 また、道の端に何かがあった。

 今度は、見ないようにした。

 でも、見えた。


 ……二人目だ。

 ゲームでは、二人のユニットが倒れても。

 数字が二つ減るだけだった。

 でも、現実は。

 一人ずつ、ちゃんとそこにある。

 一人ずつ、顔がある。

 名前があったはずだ。

 家族がいたかもしれない。

 胃が、痛くなった。

 でも、それとは違う何かが、胸の奥に広がっていた。

 ……これが、戦争だ。

 ゲームで何度も「戦争」をやった。

 でも、これが戦争だ。

 俺が画面の中でユニットを動かしていた時。

 この人たちがいた。

 数字の奥に、この人たちがいた。

 馬が、足を止めた。

 ランダが振り返った。

「……陛下」

 俺は、馬から降りた。

 道の端に、膝をついた。

「……陛下!」

 ランダが慌てた声を出した。

 ジークが、周囲を警戒した。

 俺は、道に倒れている男を見た。

 年齢は、よく分からなかった。

 でも、若かった気がした。

 俺より、若かった気がした。

 何も言えなかった。

 何もできなかった。

 ただ、見ていた。

 ……ゲームなら、次のターンに進めた。

 でも、現実には次のターンがない。

 この人は、ここにいる。

 このまま、ずっとここにいる。

 俺が画面を閉じても。

 ゲームを終了しても。

 この人は、消えない。

「……陛下、参りましょう」

 ランダが、静かに言った。

「……王妃様が、待っています」

 俺は立ち上がった。

 泥が、膝についていた。

「……ランダ」

「はい」

「……この人の名前は、分かるか」

「……アソセスの兵と思われますが、詳細は」

「……そうか」

「……陛下」

「なんだ」

「……先ほど、申し上げました」

「……前を向け、か」

「はい」

 俺は、前を向いた。

「……行くぞ」

「御意」

 馬を進めた。

 でも、目に残っていた。

 消えなかった。

 ……これが、現実だ。

 ゲームを与えられた俺には。

 知らなかった現実だ。

 街を歩いた時。

 与えられたものしか知らない、と思った。

 ゲームは、死すら与えられた数字として処理していた。

 でも、現実の死は。

 何も与えてくれない。

 ただ、そこにある。

 消えずに。

 目に残って。

 馬が、進んだ。

 遠くに、村が見えてきた。

 煙が上がっていた。

 でも、燃えているのではなかった。

 炊事の煙だった。

 人がいる。

 生きている人が、いる。

 ……エルザも、あそこにいる。

 生きている。

 今は、それだけを見る。

 ランダが言っていた。

「目的を見ていてください」と。

 俺は前を向いた。

 村に向かって、馬を進めた。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

続きが気になった方は、ぜひ次の話もお楽しみにしてください。


【作者からのお願い】

もし「設定が面白そう!」「続きを読んでみたい」と少しでも思っていただけましたら、画面下部にある【ブックマークに追加】をポチッと押していただけると非常に励みになります!

あなたのブックマーク一つが、この作品がランキングに載るための大きな力になります。

どうぞ応援よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ