第十八話「ベベクロ来訪・後編」Ⅰ
翌日。
ベベクロが、再び王宮を訪れた。
昨日の提案への回答を持ってきたらしい。
パラネスが執務室に入ってきた。
「陛下、ベベクロ殿が謁見を求めております」
「……謁見の間か」
「いえ、今日は非公式の会談を希望しているようで」
「……非公式?」
「大臣たちを同席させずに、陛下と二人で話したいと」
俺は少し考えた。
……二人で話したい、か。
ゲームで言えば、一対一のイベントだ。
有利な場合と不利な場合がある。
でも、断る理由もない。
「……受けよう。ただし、ジークを壁際に立たせる」
「御意」
パラネスが出ていった。
俺は書類を片付けながら、考えた。
……なぜ二人で話したいのか。
昨日の提案の続きなら、公式の場でいい。
非公式にしたいということは。
記録に残したくない話がある、ということか。
執務室。
ベベクロが入ってきた。
昨日と同じ、静かな歩き方。
銀貨を弄びながら。
「……お時間をいただきありがとうございます、陛下」
「……座れ」
ベベクロが椅子に座った。
壁際にジークシールドが立った。
音もなく、気配もなく。
ベベクロがジークを一度だけ見た。
「随分と静かな護衛ですな」
「……俺の影だ」
「なるほど」
ベベクロが視線を俺に戻した。
「昨日の提案について、ガレスとして回答を持参しました」
「……聞こう」
「物流への関与、という概念は受け入れられます」
「……具体的には」
「アソセス問題が解決した後、アトラクトにアソセスの港湾都市の優先的な利用権を認めます。期間は三年」
俺は少し考えた。
……港湾都市の利用権、三年か。
悪くない。
でも。
「……三年では短い」
「では何年が」
「……五年。かつ、アソセスの主要街道の通行権も含める」
ベベクロの銀貨が、少し速くなった。
「街道の通行権まで、ですか」
「港だけでは不十分だ。陸路の物流も確保できなければ、意味がない」
「……ふむ」
銀貨が、速いまま続いた。
……計算している。
でも止まってはいない。
想定の範囲内、ということか。
「陛下、一点確認させていただきたいことがあります」
「……なんだ」
ベベクロが、銀貨を止めた。
「アトラクトは、アソセス問題に本当に不干渉でいられますか」
「……どういう意味だ」
「ラインベルトは、この問題に強い関心を持っております」
「……知っている」
「ラインベルトがアソセスを支援した場合、アトラクトはどう動きますか」
俺は少し間を置いた。
……これが、本題か。
ガレスが一番知りたいのは、アトラクトの立ち位置だ。
中立を求めているのは表向きで。
ラインベルトとの関係を探っているのか。
「……アトラクトは中立だ」
「ラインベルトとの関係は」
「……中立は中立だ」
ベベクロが、また銀貨を転がした。
「陛下は、ラインベルトとの間に何か取り決めがあるのですか」
「……ない」
「本当に?」
「……本当だ」
ベベクロが、細い目をさらに細めた。
「……では、もし戦が始まった場合でも」
「戦が始まる前に終わらせるのが、外交だろう」
ベベクロが、少し動きを止めた。
「……ほう」
「戦が始まってからどうするかより、始まらないようにする方が考える価値がある」
……カルダス将軍の兵法書の言葉だ。
アリスが授業で言っていた「戦わずして勝つ」という考え方。
それをそのまま使った。
ベベクロが、俺を見た。
その目が、昨日とまた少し違った。
「陛下は、兵法に明るいのですか?」
「……いや」
「カルダス将軍の兵法書でしょうか?」
「……娘が読んでいた」
ベベクロの眉が、わずかに動いた。
「また、娘御ですか?」
「……ああ」
「八歳のお子様が、カルダス将軍の兵法書を」
「……読んでいる」
「全巻を?」
「……今は二巻目だ」
ベベクロが、しばらく黙った。
銀貨が止まっていた。
「陛下」
「……なんだ」
「一つ、個人的な質問をしてもよろしいですか?」
「……内容による」
「陛下は、なぜ娘御に地図を教えておられるのですか」
俺は少し考えた。
……なぜ、か。
最初はプ〇ンセスメーカーの育成方針だった。
全パラ上げが失敗して、外交学問全振りになった。
でも今は。
「……面白いからだ」
「面白い?」
「……一緒に考えていると、自分では気づかなかったことに気づく」
ベベクロが、また俺を見た。
「娘御から、気づきをもらうと?」
「……ああ」
「昨日の物流への関与という対案も、娘御との授業から来ているのですか」
「……そうだ」
沈黙。
ベベクロが、銀貨を掌で押さえた。
「陛下」
「……なんだ」
「失礼を承知で申し上げますが」
「……うん」
「以前の陛下と、今の陛下は、全くの別人のようですな」
俺は少し黙った。
……別人、か。
そりゃそうだ。
本当に別人なんだから。
「……人は変わる」
「そうですな」
「……ですが」
ベベクロが、立ち上がった。
「変わり方が、あまりにも……興味深い」
「……そうか?」
「陛下、最後にもう一つだけ」
「なんだ」
ベベクロが、少しだけ笑った。
「アトラクトの将来が、その娘御にかかっているとすれば」
「ガレスとしては、その娘御にも注目しなければなりませんな」
俺は少し固まった。
……アリスに注目する?
この男が、アリスに目をつけた?
「……八歳の子供に何の関係がある?」
「今は八歳ですが」
ベベクロが優雅に一礼した。
「十年後は、十八歳でございます」
扉が閉まった。
俺は、しばらく動けなかった。
……十年後。
アリスが十八歳の時。
ベベクロは、その時のアリスを想定して動く気か。
この男は、十年先を計算している。
胃が痛くなった。
……外交とは、こういうものか。
今じゃなくて、十年後を計算する。
ゲームで言えば、長期戦略だ。
俺は、目の前のことだけ考えていた。
でも、この男は違う。
壁際のジークシールドが、静かに言った。
「……陛下」
「……なんだ」
「……アリス様に、近づけさせません」
俺は、ジークを見た。
いつも通りの無表情。
いつも通りの、感情の読めない目。
でも、その言葉は、いつもより少しだけ速かった。
「……ああ」
「……頼むよ」
ジークが、静かに頭を下げた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
続きが気になった方は、ぜひ次の話もお楽しみにしてください。
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