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第十七話「ベベクロ来訪・前編」Ⅰ

 転生して五ヶ月が経った。

 朝から、王宮がざわついていた。

「ガレスの使節が来る」という情報は、三日前から入っていた。

 パラネスが慌ただしく準備を進めていた。

「陛下、本日の謁見の間の準備が整いました」

「……ああ」

「ガレスの使節は、軍師ベベクロという人物です」

「軍師が、直々に来るのかい?」

「はい。それだけ、今回の用件を重く見ているということかと」


 ……軍師が直々に。

 ゲームで言えば、重要イベントのフラグが立った。

 油断するな。

「……ベベクロという人物の情報は」

「ガレス王国の頭脳とも呼ばれる男です。感情を排した計算高い人物で、銀貨を弄ぶ癖があるとのことで」

「……銀貨を弄ぶ?」

「考える時の癖らしく」


 ……なるほど。

 考える時に何かを弄ぶのは分かる。

 俺も引きこもっていた時、ゲームコントローラーを弄んでいた。

 似た者同士か。

 いや、絶対に違う。

「分かった。準備してください」

「……御意」

 パラネスが出ていく前に、俺は一つ聞いた。

「今のアソセスの状況を、簡単に教えて」

「はい。アソセスでは、親ガレス派の貴族たちが反乱の動きを見せております。ガレスが裏で糸を引いていると思われますが、表向きはアソセスの内部問題という形です」

「……ガレスの狙いは」

「アソセスの内海への出口、かと。ガレスは内陸国に近い地形ゆえ、長年港を欲しがっておりました」

「……そうか」


 ……アリスが授業で話していた通りだ。

 ガレスがアソセスに圧力をかけているのは、内海への出口が目当て。

 それが分かっていれば、今日の交渉でこちらが何を求めるべきかも見えてくる。

「下がっていい」

「……御意」


 謁見の間。

 俺は玉座に座っていた。


 ……玉座。

 転生して五ヶ月、慣れてきたと思っていたが。

 やっぱり落ち着かない。

 背中が痒い。

 でも掻いたら威厳がなくなる。

 引きこもりが玉座に座るな、という話だが。

 逃げ場がないから仕方ない。

 扉が開いた。

 ガレスの使節団が入ってきた。

 先頭を歩く男を見た瞬間、俺は少し警戒した。

 三十代くらい。細身。黒髪の眼鏡。

 表情が読めない。

 歩き方が静かだった。

 音がしないわけじゃない。

 でも、存在感の重さの割に、足音が軽かった。

 指先で、何かを弄んでいた。

 銀貨だった。


 ……これが、ベベクロか

 男が、玉座の前で足を止めた。

 優雅に一礼した。

「……ガレス王国より参りました、軍師ベベクロと申します」

 声が低かった。

 穏やかだった。

 でも、その穏やかさの奥に、何かがあった。

「え、遠路、ご苦労だった」

「噂に名高き『静寂の狂王』にお目にかかれて、光栄です」

 ベベクロの目が、俺を見た。

 値踏みしていた。

 でも、怖がっているわけじゃなかった。

 観察していた。


 ……こっちも観察されている。

 一国の王に、狂王と言ってのける、ふてぶてしさ。

 でも、怯えたら負けだ。

 引きこもりでも、視線を受け続ける訓練は……してない。

 でも、逃げ場がないから耐える。

 俺は無表情のまま、ベベクロを見返した。


「……単刀直入に申し上げます」

 ベベクロが、銀貨を指で転がしながら言った。

「現在、アソセスでは一部貴族による不穏な動きがございます」

「……知っている」

「ガレスとしては、この混乱が大陸全体に波及することを懸念しております」

 ……懸念、か。

 自分たちが焚きつけているくせに。

 でも、それを言う必要はない。

「……なるほど」

「ガレスはアトラクト王国に、この問題への不干渉をお願いしたい」

「中立、ということか」

「……左様です」

「見返りは」

「アソセス問題が解決した後、講和会議においてアトラクトへ優先的な発言権を認めます」

 俺は書類を一枚めくった。


 ……発言権、か。

 これが見返りとしてどれだけの価値があるのか。

 講和会議での発言権……具体的に何ができる?

 アソセスの物流に関与できるのか?

 港への利権が得られるのか?

 何も決まっていない「発言権」だけでは


「それ、アトラクトにメリットがないですよね」

 ベベクロの銀貨が、止まった。

「……は?」

「講和会議での発言権が、具体的に何を意味するのか見えない」

「アソセスの内海への出口をガレスが握れば、大陸の物流が変わる」

「……その影響はアトラクトにも及ぶ」

「なのに、見返りが曖昧な発言権だけでは、アトラクトが中立を選ぶ理由にならない」

 沈黙。

 ベベクロが俺を見た。

 さっきと少し違う目だった。

 値踏みから、別の何かに変わっていた。

 銀貨が、また動き始めた。

 今度は、さっきより速かった。


 ……計算し直している。

「……陛下は、なかなか鋭いことをおっしゃいますな」

「事実を言っただけだ」

「では、アトラクトはどのような見返りを求めておられるのですか」

「……ちょっと待ってください、今考えてます」

 ベベクロが、少し固まった。

 謁見の間の大臣たちも、少し固まった。


 ……王様が謁見の場で『ちょっと待ってください』と言ったら、そりゃ固まるよな。

 でも、考える時間が必要だ。

 ゲームで言えば、ターン制だったらセーブポイントがほしい。

 現実にはない。


 頭の中で整理した。

 ガレスはアソセスの内海への出口が欲しい。

 だからアソセスに圧力をかけている。

 アソセスの物流をガレスが握れば、大陸の交易ルートが変わる。

 アトラクトの塩と羊毛の交易にも影響が出る。

 ならば。


 ……こちらが求めるべきは。

 アソセスの物流への関与だ。

 ガレスがアソセスを押さえたとしても。

 物流の一部にアトラクトが関与できれば。

 カーターベイへの依存を下げる足がかりにもなる。

 アリスが授業で考えていた独自交易ルートとも繋がる。


 しばらくして、俺は顔を上げた。

「アソセスの講和後の物流に、アトラクトが一定の関与を持つこと」

「……それが、アトラクトの中立の対価として妥当だ」

 ベベクロが、また銀貨を止めた。

 今度は、長かった。


 ……本気で計算している。

 さっきより長く止まっているということは、俺の提案が予想外だったのか?


「……物流への関与、とは具体的に」

「……今日のところは概念だけ提示した。具体的な条件は、持ち帰って検討してくれ」

 ベベクロが、細い目をさらに細めた。

「……なるほど」

 銀貨が、また動き始めた。

「では、持ち帰らせていただきましょう」

「……ああ」

 ベベクロが、優雅に一礼した。

「陛下、一つだけ伺ってもよろしいですか」

「……なんだ」

「先ほど、発言権では不十分とおっしゃいました」

「……ああ」

「どのような計算を、されたのですか」

 俺は少し考えた。


 ……信〇の野望の外交コスト計算の話は、できない。

 ゲームの知識だとは言えない。

「……外交とは、損得の計算だ。相手が何を得て、こちらが何を得るかを考えれば、おかしな部分は見えてくる」

「……ふむ」

「あとは、大陸の地図を見ていれば分かる」

「……地図、ですか」

「ガレスが何を欲しがっているかは、地図を見れば一目瞭然だ」

 ベベクロが、また少しだけ笑った。

「陛下は、地図がお好きなようですな」

「……娘に教わった」

 ベベクロが、少し意外そうな顔をした。

「ほう。娘御に、ですか」

「……ああ」

「それは……興味深い」

 ベベクロが踵を返した。

 退室しながら、最後に一度だけ振り返った。

「陛下、今日は実に面白うございました」

 扉が閉まった。


 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

続きが気になった方は、ぜひ次の話もお楽しみにしてください。


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