表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/14

第十話「一緒に勉強作戦・しかし」

 翌朝。

 俺は執務室に新しい地図を用意した。

 昨日パラネスから聞いた話が頭に残っていた。

 五歳から地図帳が好きだった、という話。

 ならば、ルビーより地図の方が喜ぶはずだ。


 ……これはゲームで言えば、相手の好みを把握してアイテムを選ぶフェーズだ。

 プ〇ンセスメーカーでも、誕生日プレゼントは好感度に関わる重要イベントだ。

 ルビーより地図。メモした。


 新しい地図は、昨日まで使っていたものより縮尺が細かい。

 港湾都市の位置や、街道の詳細まで書き込まれている。


 ……これなら、カーターベイの交易ルートも説明できる。

 先日の授業の続きにちょうどいい。


 扉がノックされた。

「……失礼します」

 アリスが入ってきた。

 いつもの席に座る。

 俺が地図を広げると、アリスの目が少しだけ動いた。

 毛虫を見る目ではなかった。

 地図を見る目だった。


「……新しい地図ですか?」

「ああ。前のより詳しい」

 アリスが身を乗り出した。

 前のめりになって、地図を見た。


 ……やっぱり地図の方が好きなんだな。

 ルビーの時とは、目が全然違う。

「……ここの港、前の地図にはありませんでした」

「よく気づいたな」

「前の地図と見比べれば分かります」

 アリスが、昨日まで使っていた地図を引き寄せた。

 二枚を並べて、見比べている。


 ……この子、本当に地図が好きなんだな。


 授業が始まった。

 今日はカーターベイの交易ルートを中心に話した。

「カーターベイは大陸の物流を握っている。どういうことか分かるかい」

「物が動く道を、持っているということですか」

「そうだ。食べ物も、武器も、布も、全部カーターベイの船と街道を通る」

「それを止めれば、国が動けなくなる」

「ああ。戦争も、生活も、全部止まる」

 アリスが頷いた。

「……ということは」

「なんだ」

「カーターベイを怒らせてはいけない、ということですか」

「……ま、まあ、そうだな」

 八歳が、そこまでわかるのか。

「逆に、カーターベイと上手くやれれば、戦わずして大陸に影響力を持てる」

「……戦わずして、ですか」

「ああ」

 アリスが少し考えた。


「……カルダス将軍の兵法書みたいですね」

 カルダス?

「パラネス様の書庫にあった、カルダス将軍の兵法書に

 似たことが書いてありました」

「戦わずして勝つ、という考え方です」


 ……孫子と同じ結論だ。

 この世界にも、同じことを考えた人間がいたのか?

 当たり前か。人間が考えることは、どこでも同じなんだな。

「……全部読んだの?」

「……はい」

 八歳が孫子と同様の兵法書を全部読んだ。

 この子は本当に何者なんだ?

「……感想は?」

「難しいところもありましたが、面白かったです」

「どこが面白かった?」

「……戦わずして勝つ、というところです」

 アリスが地図を指差した。

「戦争は、始まったら誰かが死ぬ。でも始まる前に終わらせれば、誰も死なない」

「……そうだな」

「だから、外交が大事なんですね」

 俺は少し黙った。


 ……八歳が、戦争と外交の本質を言った。

 ゲームで学んだ知識と同じ結論に、この子は本を読んで辿り着いた。

「そ、そうだ。よく分かったな」

 アリスが、また少し前のめりになった。

「では、アトラクトはカーターベイとどういう関係にあるのですか」

「現状は、依存している」

「……依存、ですか」

「塩の交易と羊毛の輸出を、カーターベイの船に頼っている。これが弱点だ」

「弱点を、どうするのですか」

「少しずつ、自前の交易ルートを作る。時間がかかるが」

「どのくらいの時間ですか」

「……十年、かそれ以上」

 アリスが頷いた。

「……気の長い話ですね」

「国の話は大体そうだ」

「……お父様は、十年後もここにいますか?」

 俺は少し固まった。


 ……十年後。

 俺は、十年後もここにいるのか?

 転生したまま、ずっとここにいるのか?


 それとも……。

「……分からない」

 正直に答えた。

 アリスが俺を見た。

「また、分からない、ですか」

「……ああ」

「お父様は、分からないことが多いですね」

「……そうだな」

 アリスが少し考えてから言った。

「でも、分からないと言える人は、分かったふりをする人より信用できます」

 俺は少し驚いた。

「……そうか?」

「……はい」

「なぜだい」

「分かったふりをする人は、嘘をついている。でも分からないと言う人は、少なくとも正直です」


 ……八歳が、そういうことを言うのか。

「……前のお父様は、分からないとは言いませんでした」

 アリスが続けた。

「いつも、決まったことを言いました。命令するか、黙っているか、どちらかでした」

「……そうか」

「だから」

 アリスが少し間を置いた。

「分からないと言うお父様の方が、怖くないです」

 毛虫を見る目ではなかった。

 ただ、真っ直ぐに見ていた。

 俺は何も言えなかった。


 ……怖くない、か。

 毛虫じゃなくなってきているのかもしれない。

 しばらくして、俺は地図を指差した。

「……続きを話す。カーターベイの南に、内海がある」

「はい」

「この内海の向こうに、別の大陸がある」

 アリスの目が、また輝いた。

「別の大陸、ですか」

「詳しくは分からないが、大きな国があるらしい」

「どんな国ですか?」

「……それは俺も知りたい」

 アリスが少し笑った気がした。

 ほんの少し。口の端が、わずかに動いた。

 でも確かに笑った。


 ……笑った?

 アリスが笑った?

 今、笑ったよな?

 俺は動揺を表情に出さないようにしながら、地図の続きを説明した。


 ……フラグ、立ったか?

 いや、まだ油断するな。

 でも、確かに笑った。


 授業が終わって、アリスが部屋を出る前に言った。

「……お父様」

「なんだ」

「昨日のルビー、机に飾っています」

「……そうか」

「……綺麗なので」

 それだけ言って、扉を出た。

 俺は地図の前で一人、しばらく動けなかった。


 ……綺麗なので、飾っている。

 地図の方が好きと言いながら、飾っているのか。

 この子は……。

 胸の奥に、何か温かいものが生まれた気がした。

 名前のつけられない感覚だった。

 ゲームで「好感度が上がった」という表示が出る時とは、全然違う感覚だった。


 ……ゲームより、こっちの方がずっと。

 言葉にならなかった。

 でも、悪くなかった。


                    ◇


 アリスは廊下を歩きながら、さっき自分が言ったことを考えていた。

 ルビーを飾っている、と言った。

 なぜ言ったのか、自分でも分からなかった。

 言う必要はなかった。

 でも、言いたかった。


 (……なぜだろう)

 分からなかった。

 でも、言えてよかった気がした。

 書斎に戻ると、机の隅にルビーが置いてあった。

 窓から差し込む光を受けて、深い赤が輝いていた。

 アリスはそれをしばらく見てから、地図を広げた。

 内海の向こうの、まだ見ぬ大陸。

 お父様も知らないと言っていた。


(……いつか、分かるかもしれない)

(一緒に、考えてみてもいいかもしれない)


 その考えが浮かんだ瞬間、アリスは少し驚いた。

「一緒に」という言葉が、こんなに自然に浮かんだことに。

 日記を開いた。

 今日の出来事を書いた。

 最後の一行だけ、少し時間をかけて書いた。


「お父様は、十年後もここにいるか分からないと言った」

「でも」

「……いてほしいと思った」

 書いてから、少し恥ずかしくなった。

 でも消さなかった。

 日記を閉じた。

 燭台の火を吹き消した。

 暗闇の中で、目を閉じた。


                    ◇


 ジークシールドは、今日のアリスの様子を静かに思い返していた。

 地図を見る時の目。

 笑った瞬間。

「ルビーを飾っている」と言って部屋を出た背中。

 (……変化している)

 それだけを確認して、ジークは持ち場に戻った。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

続きが気になった方は、ぜひ次の話もお楽しみにしてください。


【作者からのお願い】

もし「設定が面白そう!」「続きを読んでみたい」と少しでも思っていただけましたら、画面下部にある【ブックマークに追加】をポチッと押していただけると非常に励みになります!

あなたのブックマーク一つが、この作品がランキングに載るための大きな力になります。

どうぞ応援よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ