第九話「プレゼント大作戦・失敗」
転生して六週間が経った。
俺は作戦を立てた。
プレゼント作戦だ。
ゲームの知識によれば、好感度を上げるための基本手段の一つがプレゼントだ。
エロゲでも、プ〇ンセスメーカーでも、相手の好みに合ったものを渡せば好感度が上がる。
問題は、アリスの好みが分からないことだ。
……八歳の女の子の好みか。
ゲームのヒロインなら、花とか宝石とか甘いものが定番だ。
でもアリスは「ダンスの意味が分からない」と言うような子だ。
普通の八歳と違う可能性がある
でも、とりあえず定番から入ろう。
王宮の宝物庫を開けた。
宝石が並んでいた。
ルビー、サファイア、エメラルド。
……どれにするか。赤い目だから、ルビーが合うか?
いや、髪が銀髪だからサファイアの方が映えるか?
でも、八歳にこのサファイアは大きすぎるか。
五分ほど悩んで、ルビーにした。
手のひらに乗るくらいの大きさの、深い赤のルビー。
……よし。これで行こう。
アリスの書斎に向かった。
扉をノックする。
「……どうぞ」
入ると、アリスが本を読んでいた。
俺を見る。
毛虫を見る目。
「……や、やあ」
「………おはようございます」
最近、挨拶は返ってくるようになった。
小さな進歩だ。
俺はルビーを取り出した。
「……これをやろう」
差し出した。
アリスが、ルビーを見た。
毛虫を見る目のまま、見た。
「………」
受け取らない。
「……綺麗だろう。ルビーだ」
「………」
受け取らない。
「……いらないか?」
アリスが、ゆっくりと顔を上げた。
毛虫を見る目・強。
「……お父様は、何がしたいのですか?」
核心を突いてきた。
八歳が、真っ直ぐに核心を突いてきた。
……ぐ。この子、賢い。
「い、いや……娘に何かしてやりたいと思って」
「今まで、そんなことは一度もありませんでした」
「それは……」
「私を騙して、何かをさせようとしているのですか?」
……直球だ。
八歳の直球が、刺さる。
「……違う」
「では、なぜですか」
俺は少し考えた。
なぜ、か。
ゲームで好感度を上げたかったから、は言えない。
じゃあ、本当の理由は何だ?
「……娘に、喜んでほしかった」
言葉が出た。
考えるより先に出た。
アリスが少し黙った。
「……喜んでほしい?」
「ああ」
「なぜですか?」
またなぜ、か。
この子は必ずなぜ、と聞いてくる。
「……娘だからだ」
アリスの目が、わずかに動いた。
毛虫を見る目のまま、でも何か別のものが混じった気がした。
「それだけですか?」
「……それだけだ」
沈黙。
アリスは、ルビーを見た。
手を伸ばしかけて、止まった。
「受け取ると、何かをしなければなりませんか?」
「しなくていい」
「本当ですか?」
「……本当だ」
また沈黙。
アリスがゆっくりと手を伸ばし、ルビーを受け取った。
手のひらの上で、深い赤が光った。
「綺麗ですね」
「そうだろう」
「……でも」
アリスが俺を見た。
「……私はこれより、地図の方が好きです」
俺は少し固まった。
……地図の方が好き?
八歳が、ルビーより地図が好きと言ったのか。
「……そうか」
「……はい」
アリスがルビーを机の隅に置いた。
丁寧に、でも迷いなく。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
俺は部屋を出た。
廊下に出た瞬間、俺は少し考えた。
……受け取ってもらえた。
でも「地図の方が好き」と言われた。
これは成功なのか失敗なのか?
プ〇ンセスメーカーで言えば、プレゼントを受け取ってもらえたなら好感度は上がっているはずだ。
でも「地図の方が好き」という言葉が引っかかった。
……ルビーより地図が好き、か。
この子は、本当に変わっている。
でも、
俺は少し笑った気がした。
自分でも気づかなかったが。
……変わっていて、面白い子だ。
◇
書斎の中で、アリスはルビーを手のひらに乗せていた。
深い赤。透き通った色。
確かに、綺麗だった。
(……娘だからだ)
父の言葉が、頭の中で繰り返された。
それだけだ、と言った。
前の父は、アリスに何かを渡す時、必ず理由があった。
「これを持て。見栄えがする」
「これを身につけろ。王女らしく見える」
全部、アトラクトの王女としての体裁のためだった。
アリス自身のためではなかった。
(娘に喜んでほしかった)
アリスはルビーを机の隅に置いた。
そして地図を広げた。
アルタミス大陸の地図。
先生に教えてもらいながら書き込んだ矢印や数字が並んでいる。
(……地図の方が好き、は本当のことだ。でも)
アリスはルビーをもう一度見た。
(……嫌いではない)
それだけ思って、地図に視線を戻した。
今日も授業がある。
それが、少し楽しみだった。
◇
その日の午後。
パラネスが執務室に来た。
「……陛下、宝物庫の記録を確認しましたところ」
「な、なんだ?」
「……ルビーが一つ……」
「アリスにあげた」
パラネスが固まった。
「アリス様に、でございますか?」
「娘にプレゼントした。問題ある?」
「い、いいえ、問題は……」
パラネスが言いかけて、止まった。
何かをこらえているような顔だった。
「……何か言いたいか」
「……いいえ、何も」
「言っていいぞ」
パラネスが、また少し間を置いた。
「……陛下が、アリス様の為に贈り物をされたのは」
「ああ」
「……初めてでございます」
「……そうか」
「はい」
沈黙。
「……アリス様は、喜んでおられましたか?」
俺は少し考えた。
「……地図の方が好きだと言われた」
パラネスが、今度こそこらえきれなかった。
肩が、わずかに震えた。
笑いをこらえているらしかった。
「そうでございますか」
「笑っているか、パラネス」
「め、めっそうもございません」
「……笑っていいぞ」
「では、少しだけ」
パラネスが、静かに笑った。
老大臣がこんな顔をするとは思わなかった。
皺が深くなって、目が細くなって、人間らしい顔になった。
「アリス様らしいですな」
「そうか?」
「あの御方は、昔から、綺麗なものより役に立つものを好まれました」
「……昔から?」
「幼い頃から、でございます」
パラネスが遠くを見るような目をした。
「……五歳の頃、花飾りより軍用の地図帳を欲しがったと、乳母から聞いたことがあります」
俺は少し黙った。
……五歳から、か?
この子は、ずっとそういう子だったのか。
「……そうか」
「はい」
パラネスが頭を下げた。
「失礼いたしました。記録の件は、問題ございません」
「……ああ」
扉が閉まった。
俺は窓の外を見た。
じゃあ、明日の授業で新しい地図を用意しよう。
ルビーより、そっちの方が喜ぶかもしれない。
そう思ったら、少しだけ、次の授業が楽しみになった。
……フラグ、立ったかな?
いや、まだ分からない。
でも、俺は書類に向かった。
今日の仕事は、まだ終わっていない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
続きが気になった方は、ぜひ次の話もお楽しみにしてください。
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