第16.5話 回復の兆し《アレン視点》
おかしい…。
お父様の熱が引いたと聞いて、部屋を訪れたまではよかった。
でも、ベッドに座っているお父様は、横にいるあの新しく結婚したという人の手を握っている。
「シリル様、起き上がっていて大丈夫なんですか?」
「ああ、もうほとんど熱もないからね」
そう言って、あの人は手を引こうとしたのに、お父様は握ったまま離さないでいる。
こんなの、おかしい…!
僕、アレン・ルースは、お父様の再婚相手だというこの人に文句を言いに帰ってきた。
とにかく言いたいだけ言ってやろうと思っていたのに、あの人は平然としているし、家の者には怒られるし。
お父様やフェル兄まで、あの人の味方だし…。
今更、再婚なんて絶対訳アリだと思ったから、問い詰めて真意を聞いてやろうと思っていた。
だけれど、特段理由もないという。
じゃあ、なんでお父様と結婚したんだよ。
それなら、お父様じゃなくたっていいじゃないか。
そこらへんの貴族でも、捕まえておけよ。
気に食わない…。
再婚の話を聞いてから、クラーク子爵家の情報を僕なりに集めた。
クラーク子爵は、王宮で文官として働いているなかなかの切れ者だそうだが、本人は早く仕事を辞めたがっているらしい。
上3人の娘さんはそれなりの家に嫁いで、それなりに社交もやっているようだったけれど、肝心な四女の情報だけほぼなかった。
わかったことは、貴族学校ではそこそこの成績で、知り合いもほとんどいないということだけ。
貴族学校は、いろんな家と繋がりを作るための場所だ。
それなのに、卒業生のくせにほとんど情報がないってなんだよ。
そんな社交もろくにしない、どんな人かもわからない人に、お父様のことなんて任せられない。
いよいよ家に帰って本人に探りを入れようかと思っていた時、エル兄が裏切って先に帰省して寮に戻ってきた。
しかも、「新しいお義母さん、いい人だったよ!」とニコニコしていて、腹立たしかった。
『いい人』だけじゃ意味がない。
お父様に相応しいかどうかが大事なのに、エル兄は何しに帰ったんだ。
こうなったら、僕だけでもお父様を守ってやると、その怒りだけで帰ってきたというのに…。
僕は、何を見せられているんだろう…。
「あの、シリル様…、アレン様に見られているんですけど」
「んー?」
あの人は照れたように顔を赤らめているのに対して、お父様は楽しそうに微笑んでいる。
繋いだ手の指を握ったり離したりしながら、再婚相手の様子を見ている。
まるで、イタズラを仕掛けている子どもみたいだ。
こんなお父様、見たことない。
ものすごく機嫌がよさそうに見える。
いや、お父様が不機嫌なところなんて見たことがない。
いつも穏やかで、かっこよくて、頼もしくて。
なのに、この人の前だと、気を許したかのように力が抜けている。
病み上がりだから…?
それにしては、空気が丸みを帯びているように感じる。
お父様は普段から落ち着いているけど、それとは違う種類だというのは、僕でもわかる。
本当に、お父様がこの人を選んだってことなのか…?
僕は、向かい側に座っているあの人を無意識に睨んだ。
なんだよ、お父様の関心を全部注がれやがって。
「こら、アレン。睨むのはやめなさい。大体、君はメリンダに謝ったのかい?」
お父様は、こちらを向くといつもの父の顔で僕を見た。
やっぱり、あの人に向ける笑顔と違うことに、寂しいような、ムカつくような、よくわからない気持ちがしてくる。
「…そんなちんちくりん、何がいいんですか」
自分で思ったよりも拗ねた声が出て、カアッと顔が熱くなったのを感じた。
「その人、社交もほとんどしてないそうじゃないですか…!昨日だって、どこかほっつき歩いていたみたいだし、ルース家の自覚がないんじゃないですかっ!?」
何かを言われる前に、口から言葉が止まらなくなる。
これじゃまるで、僕の方が駄々を捏ねているみたいじゃないか…!
部屋の中が静まり返り、僕は膝の上で両手を握って俯くしかできなかった。
「私が何もしなくていいから、うちにおいでと言ったんだよ」
いつものように優しい声がして、顔を上げるとお父様は笑っていた。
「何も、しなくていいって…」
「メリンダとなら楽しい余生が送れるかなと思って、私が我儘言ったんだよ」
その顔は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。
楽しい、か…。
フェル兄もマーサーもフランクも、同じこと言っていた。
お父様が、楽しそうにしているって。
今見えているのが、お父様の『楽しい』なのか。
みんなが言っていたのは、安心したって言うのは、これのことだったのかな。
たしかに、…以前より、楽しそうかもしれない。
なんだよ、僕たちといる時だって、別に笑ってくれるだろ!
それだけじゃ、ダメだったのかよ。
…わからない、僕も結婚したらわかるのか?
それでもお父様の隣で、僕みたいにお父様に尊敬の目を向けているあの人のことが、はじめてちょっとだけ許せる気がした。
…ちゃんと、大事にしてくれよ。
じゃないと、また反対しに帰って来てやるからなっ。
あ〜〜〜、こんな人じゃなくて、もっと伯爵家の切り盛りをしてくれるお母様みたいな人だったら、安心できるのに!
ボケーっとしているし、ほんとに大丈夫なのかよ。
なんで、こんな、ああもうっ、お父様って女性の趣味悪いんじゃない!?
僕はもう一度、念押しするように訊いた。
「…お父様は、それでいいんですか?」
「ああ、今がいいんだよ」
だったら、僕が反対する理由がなくなっちゃったじゃないか。
「…お父様は、もう結婚なさらないと思っていました」
「ああ、私もそう思っていたよ」
「…ずっと、お母様のことを大事にされているんだと思っていました」
これが本当の最後の我儘だと思って、子どもみたいな口調でそう言った。
お父様は目を見開かれたあと、目尻を下げて微笑んだ。
「ヴェローニカのことは、ずっと大事だったよ。何よりも感謝している。ヴェローニカが、アレンたちに出会わせてくれたからね」
…それなら、いいや。
「わかりました。でしたら、僕が差し出がましかったようです。…すみませんでした」
僕が早口でそう言うと、あの人はわかりやすく嬉しそうに笑った。
「いいえ、私も生意気に口答えしてすみませんでした」
丁寧にお辞儀をして謝ってくるから、なんとも居心地が悪い。
「私がちゃんと説明していなかったのも悪かった。すまなかったね、アレン。心配かけたね」
「本当ですよっ…!すっごく心配したんですから!」
「ふふふ、それは悪いことをしたねぇ」
「僕は別に、この結婚ずっと反対したっていいんですからねっ!?」
「それは認めてもらうように、頑張るしかないねぇ」
くすくす笑っているお父様と、その隣でやっぱり照れたように顔を赤くしているあの人を見るに、あの人がお父様を愛しているというのは、本当なんだろうな。
ああ、悔しいけどほんとだ。
楽しそうにしているや。
「では、僕は学校に戻ります。お父様、お大事になさってくださいね」
「ああ、ありがとう」
「玄関までお送りしますっ!」
「結構です!あなたに見送られたくなんてないので!」
「こら、アレン…!」
「…その代わりっ、次帰ってきた時には、必ず僕の方からご挨拶いたします。…その、メリンダさんに」
僕はそれだけ言うと立ち上がって、さっさと扉の方に向かった。
新しい義母のことを言えないくらい、今の僕も顔が赤い気がする。
2人が顔を見合って笑っているのを、背中で感じてむず痒い。
「手土産は、学生寮で流行っているクッキー缶でいいですか…!?」
投げやりに訊くと、やっぱりわかりやすく顔を綻ばせていた。
「はい!お帰りの際は、お待ちしていますね!」
義母の弾んだ声を聞いてから、僕は部屋をあとにした。
仕事前のフェル兄が廊下に立っていて、僕の肩を軽く叩いた。
「途中まで一緒に行くか?」
「はい、行きましょう。…息子の前でイチャイチャするなんて、目も当てられません」
「仲が良くて何よりだよ」
フェル兄まで、嬉しそうにしちゃってさ。
…あ〜〜、納得いかな〜〜い!
せいぜい、お父様と楽しく過ごしやがれ!
(追記)誤字報告ありがとうございました!修正いたしました!(2026.5.5)




