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好きなだけ翻訳していいと言われて後妻になりましたが、年上伯爵様に甘やかされすぎています!  作者: 有梨束


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20/21

第17話 告白

2人きりになった部屋は、静かだった。


シリル様の手があったかくて、シリル様の熱がまた上がっていないか心配になる。

そして、なぜか今日は、頑なに手を離してくれない。

アレン様に生暖かい目で見られて、恥ずかしかった…!


昨日より顔色のいいシリル様を見て、さっきのことを思い出す。


…さっき、ヴェローニカのお名前が出た時、一瞬だけだったけど、手を強く握られた。


シリル様が、私を乱暴に扱うわけもない。

あんなに強く握るくらい、何かに動揺したってことかな。

考えてもわからないな、気にはなるけど…。


「アレン様、わかってくださってよかったですね」

「ああ。私のせいで、嫌な思いをさせて悪かったね」

「嫌な思いなんてしていません」

キッパリとそう言って、シリル様の手を握り返す。


「それに、気づかないといけないこともたくさんありました。アレン様との話し合いは必要でしたよ」

私が笑うと、シリル様はホッとしたように顔を緩めた。


その顔が見たかったなと思うと、私の気持ちも緩んでいく。


かわいいなぁ、シリル様。


昨日、熱でぽわぽわしていた時も、可愛くはあったけど。

やっぱり、元気な方が嬉しいよね。


シリル様が笑ってくれるだけで、こんなにも嬉しいんだもんなぁ。

アレン様に言われて、『愛がある』、って正々堂々と言えてよかった。

私、やっぱりシリル様が好きだな。


「我が家の息子が気に入らなくて、家を出ていくと言われたらどうしようかと思ったよ」

「あははっ、そんなことあるわけないじゃないですか!」

「アレンがすまなかったね」

「過ぎたことです。気にしないでください」

私がそう言うと、シリル様は少しだけ私の手を引いた。


シリル様を見ると、昨日私を腕の中に収めた時にしていた、複雑な表情に戻っていた。


「シリル様…?」

「…肖像画を見たと、フランクに聞いた」

「あ、はい…。見させていただきました」

私が頷くと、シリル様の表情が徐々に固くなっていくのがわかった。


シリル様の紫の瞳を見つめ返しながら、ヴェローニカ様の力強い緑を思い出した。


「私に何か…、訊きたいことはないかい?」

シリル様の瞳が微かに揺れて、表情と相まって胸がキュッとなった。


だから、私は心配させまいと笑顔を作った。

不格好じゃなくて、自然と笑えていた。

だって、憂うことなど何もないから。


「何もありません」

「メリンダ…」

「私が聞きたいことは、シリル様がお話しされたいことだけです」


シリル様が喋りたいことは誰よりも聞きたいし、シリル様がお話になりたくないことは聞きたくない。

ただ、それだけなんだ。

そう思っただけなのに、シリル様は困ったように頭を掻いた。


それから、繋いでいる方の手を引き寄せて、躊躇いがちに私の手の甲にキスを落とした。


「…あんまり、私を甘やかさないでおくれ」

「私に甘いのは、シリル様の方ですよ?」

「どうだかねぇ」

目を細めるシリル様の頭を、なんだか撫で回したくなる。


愛おしいってこういう気持ちなのかな。


「じゃあ、私の話を聞いてくださいませんか?」

私は改まってそう言って、背筋を伸ばした。

繋いだ手の力も、無意識に強くなってしまっているかもしれない。


熱が、伝わってしまっているかも。

脈がドクドク言って、流れていく。


「ああ、もちろん。メリンダの話ならどんな話でも聞くよ」

やっぱり笑ってくれるから、つられて私も笑ってしまう。


フラれたら、その時また考えよう。

約束破ってごめんなさい、シリル様。


心臓が痛いくらいに速くなっていった。


「私、シリル様のことが好きになってしまいました」


大好きな紫の瞳をまっすぐに見据えて、思いをそのままに口に出した。


シリル様の目が見開かれていく動きが、ゆっくりに見えた。


それでも私は、目を逸さなかった。


思いの外、あっさり言えてしまった。

するりと口から出ると、それが形を帯びて、そちらが本来の形だった気がしてくる。

そうすると、鼓動の速さまで案外心地よくなってきた。


想いってこういう速度だったんだ。


これはもう、秘めていたら伝わらないからね、というやつだ。


だから言うしかなかった。

もう言いたくなっていたとも思う。

だって、これ以上置いておけないんだもん。


「私、シリル様が好きです。最初に言われた『寄り添う家族』も魅力に感じて結婚したのも本当なんですが、いつの間にかそれ以上になっちゃっていました。だから、…約束破ってごめんなさい。嫌になられるのは、私の方かもしれません」


そこまで言いたいことを言うと、シリル様の方が大きく息を吸った。

まるで、そこまで呼吸を止めていたかのようで、部屋の空気までもが動くようだった。

新鮮な空気を吸い込んだシリル様の口が、少しだけ震えていたところまで、見逃さずに見てしまった。


シリル様は、瞳を揺らして私を見た。


「…本当に、メリンダには敵わないね」

「シリル様?」

「メリンダは、私にはもったいないくらいだ」

シリル様は潤んだ瞳のまま、ふにゃあと笑みを作った。


その笑顔は見たことがなくて、すごく抱き締めたくなった。

ここにいるよ、って言いたくなる表情で、グッと堪えて座っている足に力を入れた。

そうでもしないと病み上がりのシリル様に、体当たりで抱きついてしまいそうだったから。


「ありがとう、メリンダ。君の気持ちがすごく嬉しいよ」

「…寄り添う以外に、余計なものまで増やしちゃったのに、ですか?」

「それを言ったら、私もとっくのとうに約束を破っていることになる」


シリル様は、そこに私がいることを確かめるように、指を一回離してから、またギュッとした。

その動作がなぜか切なくて、私は強く握り返した。


眉を下げながら笑うシリル様は、やっぱり可愛かった。


「それについては私も謝らないといけない。…でも、その前に」

そこで一回区切ると、私を見て言い淀んだけれど、次の言葉が来るまで私は待った。


部屋の中には2人だけで、時間ならまだたっぷりある。


シリル様はいつになく真剣な顔で、言った。


「その前、私の昔話を聞いてくれないかい?すごく長い話になるのだけれど」

「もちろんです!シリル様のお話なら、全部聞きたいですっ!」

前のめりに答えると、ようやくいつもの顔で笑ってくれた。


「そうだな、どこから話そうかなぁ」


シリル様が、私に何かを打ち明けようとしてくれている。

それがわかって、私も緊張が移ったようにドキドキしてきた。


「私は、自信がなかったんだ」

「自信、ですか?」

「ああ。メリンダとの結婚生活も、ちゃんと夫婦をできる自信がなくてね。だから、『寄り添う家族』がいいと、逃げ腰だったんだなと、今になっては思うよ」

「シリル様は、私を妻としてこれ以上ないくらい扱ってくれていますけど…?」

私が本心でそう言っても、シリル様は苦しそうに笑うだけだった。


これ以上の夫婦って、白い結婚じゃないってところかしら…?


でも、それだって最初からわかっていたことではあるし。


「私が、最初に結婚したのは19歳の時だった」

シリル様は、私ではなく部屋全体を見るように視線を動かした。


「19歳って、早いですね…?」

「そうだね。でも、妻…、ヴェローニカが2つ年上だったからね」

「奥様、年上だったんですか!?」

「ヴェローニカのお父上が、我が家と婚姻を結びたがっていたからね。ちょうどいい年頃の娘がヴェローニカしかいなかったんだ」


シリル様が言うには、ルース家もヴェローニカ様の生家と懇意になるのはちょうどよかったんだという。

水車や川の整備など、水回りに強かったヴェローニカ様のご実家の技術をルース家の領地に持ち込めることになって、より一層ルース家も豊かになった、と。

私が結婚前に知っていたルース家が穀物有数のお家だというのは、そのシリル様の結婚も関係あったみたい。


「これ以上は行き遅れだと言われるとヴェローニカが嫌がっていたから、私たちは予定より早くの婚姻を結ぶことになってね」

「それで、19歳で結婚…」

「そう。それでも、まあ、私たちは仲が悪かったわけじゃないけど、相性はそこまでよくなかったから、私はよく怒られていたよ」

「シリル様がですか?」

「ヴェローニカからしたら、頼りない夫だったんだよ」

シリル様の言い分は、正直あんまり納得がいかなかった。


19歳なら、若過ぎた結婚というだけな気がするし。


私がシリル様を好きだから、シリル様が悪くないって思いたいだけなのかな。

お2人のことは、きっとお2人にしかわからないだろうけど…。

シリル様を悪く言われるのは、モヤモヤする。


「あはは、そんな顔しないでメリンダ」

「シリル様が頼りないは、嘘だと思います…」

「それは年の功さ。あの頃は、本当に頼りなかったと思うよ。『もっとしっかりして』とよく言われていたからねぇ」

「それは、なんというか、ヴェローニカ様は甘えていたんですかね…?」

私がポツリと零すと、シリル様はなんとも言えない顔で首を傾げた。


「え、あ、なんか私が父にするみたいだなぁって」

「お父上に…?」

「はい。私が文句を言ったり八つ当たりしちゃうのは、父だけだと自覚があるのですが…。それって、お父様が私を見限らないってわかっているからで、甘えているなぁと思うので」

正直に自分のダメなところを発表すると、シリル様は目をパチパチした。


ヴェローニカ様も、私と一緒にしちゃまずかったかな…?


言い終えてから、余計なことを言ったかもと謝ろうとしたけれど、シリル様はなぜかくすぐったそうに笑っていた。


それからシリル様は空いている方の手で、私の頭を撫でた。


「そうか…。そうだとしたら、私は受け損ねていたなぁ…」


シリル様が遠くを見つめるように、少しだけ目を細めた。

その顔が、さっきよりいい顔をしているようにも見えた。


私はその手を離したくなくて、もう片方の手で辿って、自分の頬にくっつけた。


シリル様は微笑を浮かべると、猫を撫でるように頬も撫でてくれた。

そして、小さく頷いた。


「メリンダに触れる時は、ホッとするよ」

その言葉を残して、シリル様は両方の手を私から離した。


寂しくてその手を追いそうになったけれど、シリル様はベッドから起き上がろうとしていた。


「起き上がって大丈夫なのですか?」

「少しくらい大丈夫さ。メリンダ、隣の部屋に行くのに、付き合ってくれないかい?」

「それは、もちろん」

「ふふ、ありがとう」

シリル様はベッドから降りると、私に左手を差し出した。


「手を握っていてくれるかな、奥さん」


シリル様の手が震えていた。

私はつい、その手を見つめ返してしまった。

ハッとして、慌てて右手で手を握り返した。

熱があってもおかしくないのに、ひんやりしていたし、指先のカサカサが汗で湿っていた。


「まだ、具合が悪いんじゃ…」

「いや、隣の部屋に行くのなんて久しぶりで、緊張するね」

寝巻きのままのシリル様は、私の手を引いて部屋の中を進んでいく。


「私が使っている部屋は当主の部屋でね、隣は扉続きで、…夫婦の寝室なんだ」

シリル様は硬い表情で、その先の部屋に続いていく扉の前に立った。


大体、どこの貴族の家も同じ造りになっているだろう。

夫の部屋と、夫婦の寝室、その向こうは妻の部屋へと繋がっているはずだ。


そこに入るのに、シリル様が躊躇っている。

握る手の汗が止まらないのに、どんどん冷えていく。


顔色が悪くなってきている気がするが、私は止めようとは思えなかった。


シリル様が向き合う何かがあるなら、私も一緒に向き合いたい。


右手をギュッとすると、シリル様は私を見た。


それから、眉尻を下げて笑った。


「情けないね。でも、ありがとうメリンダ」

そう言って、シリル様はドアノブに手をかけた。


そこからは、どれだけの時間が経ったかはわからない。

私はシリル様の隣に立って、なにも言わなかった。

シリル様の息が上がっていっても、苦しそうに顔を歪めても、なにもしなかった。


本当は、ベッドに戻って休みましょうって言いたかったけど、言えなかった。


少しずつ、ゆっくり開かれていく扉を、見守った。


そして、そこには空っぽの何もない広い部屋があった。


「…なにも、ない」

「ああ、ヴェローニカが亡くなって、喪が明けてすぐに片付けたからね」

シリル様は一歩部屋に足を踏み入れると、ゆっくりだけど確実に部屋を進んでいった。


その真ん中まで来ると、シリル様は息を吐いた。


部屋の中央に来ると、あまりの広さに、切なくなるようだった。


「私は、ヴェローニカのことは、私なりに大切にしていたと思っていたんだ。…ただ、愛していたかと言われると、わからなくなってしまう」

その横顔が悲しげで、手を握り返すことしかできない自分が歯痒かった。


ふふっ、と儚げに笑うシリル様が、どこかに行ってしまわないように。

シリル様が消えてしまわないように、ただ強く握った。


「…まあ、それはお互い様だったかなと思うけど。それで、私はね…」


シリル様は、部屋のある場所を見つめた。

そこにかつてあったものを、見ているようだった。



「情けないことに、結婚初夜がうまくいかなかったんだよ」


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