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好きなだけ翻訳していいと言われて後妻になりましたが、年上伯爵様に甘やかされすぎています!  作者: 有梨束


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第15話 はじめての反対

「う〜ん、長居してしまった…。シリル様がお帰りになってないといいけど」

トウガキ古書店から急いで帰ってきたけれど、いつもより遅くなってしまった。


もうすぐで馬車を降りられるというところだったけれど、いつものところで止まらなかった。


「奥様、他の馬車が停まっているので、もう少し進んだところに停めます」

「あ、はい、わかりました」


他の馬車…?

シリル様が先に着いちゃったのかな。


そんなことを思っているうちに馬車が止まると、外から思いっきりドアを開けられた。


「あんただな!お父様の新しい妻とやらはっ!」


怖い顔の男の人がいきなり怒鳴ってきて、私は無言で見つめてしまった。

男の人っていうより、少年…?

ヴェローニカ様と、同じ緑色の瞳だ。

それに、肖像画で見た真ん中の子に、色が似ている。


お父様って呼んだってことは、もしかして三男の…。


「アレン様、お待ちくださいっ…!」

誰かが焦ったように呼ぶ声がした。


ああ、やっぱり、この方。


「えっと、はじめまして。メリンダと申します」

「…フンッ、僕は騙されませんから!」

アレン様は、私を睨みつけるとプイッと屋敷の方へ歩いて行ってしまった。


…あれ、なんか嫌われている?




「お帰りなさいませ、奥様」

「うん、ただいま…」

「申し訳ありません。アレン様が帰っていらっしゃると先触れが来たので、奥様の方にも人を送ったのですが、すれ違ったようで…」

「あ、ううん。それはいいんだけど…、えっと、私すごい睨まれてない?」

後半は小声になってマーサに訊くと、マーサも困ったように苦笑いした。


「どうやら、エルウィン様に奥様のことをお聞きになって帰っていらしたみたいなのですが、様子がおかしくて…」

「いつも仏頂面ってわけじゃないんだね…?」

「はい。普段のアレン様は、フェルナンド様みたいに険しい顔はなさいませんよ」

マーサとヒソヒソ声で喋っていると、睨んでいた張本人がこちらへズカズカとやってきた。


「なんです?僕に何か文句でも?」

「えっ、いいえ!あ、貴族学校の方はよかったのですか?」

「あなたに関係ありませんよね?」

冷たく言い放つその声に、鳩尾のあたりがギュッとなった。


この家に来て、ずっと優しくされていたから、こういうの久しぶりだな…。

貴族学校の男子生徒に、煙たがれていたのを思い出す。

「女のくせに」という声が、脳内に響いた気がした。


やっぱり、男子生徒たちには、顔面に一発お見舞いしとくべきだったな…。

そしたら、あの男の子たちが今もチラつくこともなく、もっと堂々としていられたのかも。


思わず鳩尾に手を当てて、シリル様からもらったドレスをキュッと掴む。


「アレン様、そんな言い方よくありませんよ」

「マーサはこいつの味方なんだ。もう絆されちゃったの?」

「アレン様…!」

「僕は、お父様の結婚は賛成していません!従って、この人のことは認めていません!」

ビシッと指を差されて、その怖い顔に、私は瞬きをするしかなかった。


す、すごい嫌われようだけど、私何かしたっけ…?


なんて返していいのかもわからず、マーサも他の使用人もどうしたものかという空気になった時、人が帰ってくる音がした。


「ただいま、アレンが帰っているんだって?」

「お父様!」

シリル様の声がすると、アレン様は人が変わったようにニコニコで玄関に走って行った。


ええぇ…、その子犬みたいな可愛らしさはどこに隠していらしたんですか。


「お帰りなさい!お父様!」

「おや、少し凛々しくなったんじゃないかい、アレン」

「僕は日々成長中なので!」

「ははは、そうかい。身長はまだみたいだねえ」

「これからもっと伸びますから!」

アレン様はすっかり笑顔で、シリル様に甘えるようだった。

感情豊かで、笑ったり、むくれたり、表情が忙しそうだ。

シリル様も、まだ抜かされていない背のアレン様の頭を撫でている。


ああやって、いつも頭を撫でていたのかな。


その様子を近づくことなく見ていると、シリル様がふとこちらを見た。

そして、紫の目が柔らかく細められていくのが見えて、ちょっと泣きそうになった。


「メリンダ、ただいま」

「…お帰りなさいませ、シリル様」

「ん?どうかしたかい?」

何も言っていないのに、シリル様はアレン様のそばを離れてこちらに向かってくる。


私の前で止まると、頭ではなく、輪郭を辿るように頬を撫でた。


それが、アレン様とは違う扱いのような気がして、ほんのちょっと心の中が喜んだ。


「いいえ。私も今、トウガキ古書店から帰ってきたところだったんです」

「そうだったのか、楽しかったかい?」

「はい、師匠に翻訳を褒めていただきました」

「おや、それはまた面白いことになっているね。あとで、その話も聞かせておくれ」

「…もちろんです!」

へへっと、泣きそうなのを誤魔化すみたいに笑ったけど、シリル様の後ろから私を睨むアレン様の目つきは変わらなかった。




フェルナンド様は帰りが遅いとのことで、3人で夕食をとった。


アレン様はあれもこれも、次々とシリル様に話しかけるので、私の入る隙はなかった。

久しぶりに帰ってきたのだ、積もる話もあるんだろう。

そう言い聞かせたけれど、心臓のところがジクジク痛む。


今日は、シリル様と2人きりでお話しできないかもなぁ…。

フェルナンド様に、いて欲しかったな…。

そこまで考えて、首を振った。


いや、頼りっぱなしじゃダメだ。

さっき、伯爵夫人として、もっと頑張ろうと決意したばかりじゃないか。


アレン様とだって、仲良くはなれなくても、確執なく過ごしたい。

それだって、私のすべきことのひとつだ。


「それで、長期休暇でもないのに帰ってくるなんて、何かあったのかい?」

「エル兄だけ帰ってきていて、ずるいじゃないですか!」

「あの子もこの前急に帰ってきたんだよ」

「そうですよ!僕のこと置いて!ひどいと思いません?」

「なんだい、兄離れはもう少し先かい?」

「ちーがーいーまーすー!」

アレン様がプリプリ怒っているのを、シリル様は楽しそうに笑っている。


アレン様は、私に見せた表情はあれっきりだ。

本来はこんな感じで、表情豊かなだけなのかも。


それか、感情が剥き出しなのかな。

だから、どうやら気に入らない私には敵対心が丸見えなのかも。


私も顔に出やすい方だけど、こんなに素直な人はあまり見たことがない。

貴族の子息令嬢は、もっと表情で悟られないように振る舞うことが多いし、そういう人を学校では見てきた。


ああ、それでアレン様にびっくりしているのもあるなぁ…。

そこまで悪い人ってわけでもなさそうだし。

ただ、私のことを認めていないがゆえの態度なんだろう。


認めていない、か…。

正直、何も言い返せない。

だって、私は伯爵夫人としてやるべきことはほとんどしていない。

シリル様の優しさに甘えて、恋までしちゃって、今のところそれだけだもん。

あーあ、自分で思いながら、結構ヘコむなあ…。


その時、バチっと火花が散ったかのようにアレン様と目が合って、にっこり笑いかけられた。


え、怖。


「ねえねえ、お父様」

「なんだい?」

「僕、お父様の新しいお相手を喋ったことないので、喋ってもいいですか?」

「そりゃあ、もちろんいいけども」

「せっかくだし、2人きりでお話ししましょうよ!ねっ!」

「ねっ!」の圧が強すぎて、音圧が変わったかと思うほどだった。


私は名乗ったけれど、名前も呼びたくないってことかな。


私としても、ちょうどいい機会かな。

…2人きりは、シリル様とがよかったなあ。


「ええ、私でよければ」

「…あんまり2人きりにはなってほしくないけどねえ」

シリル様は困ったように笑ってから立ち上がると、私のところへやってきた。


それで、私の顔を覗くように体を傾けた。


「すまないが、少しアレンに付き合ってくれるかい?」

「は、はいっ」

「私は先に湯浴みを済ませてくるよ。アレンが終わったら、私とも話してねメリンダ」

「はい…!」


シリル様は、また私の頬を撫でた。

珍しいなと思いつつ、その指先が熱かった気がして、離れていく指を思わず握ってしまった。


「メリンダ?」

シリル様はきょとんとしながら、「んんっ」と詰まりを取るように喉を鳴らした。


「マーサ、厨房にお願いして、生姜湯を作ってもらうように言ってきてもらってもいい?」

「かしこまりました」

「それで、シリル様のお部屋に運んであげて」

「そのようにいたします、奥様」

マーサはすぐに引き受けると、食堂を出て行った。


「シリル様、体調が悪いのではないですか。少し熱っぽいですよ?」

私は、目の前に立っているシリル様を見上げた。


シリル様は、いつもと変わらない笑みで、ニコニコしている。

ほんわりしていて、いつも通りといえばいつも通りだけど…。


「んん〜、そんなことはないと思うけど」

「じゃあ、風邪の引き始めなのかも。今日は生姜湯を飲んで、あったかい格好で、早めに寝てくださいね」

「…メリンダの話を、まだ聞けていないのだけれど?」

「私の話はいつでもできます。体が優先です」

「ふふふ、奥さんにそう言われてしまったら、従うしかないねぇ」

シリル様は楽しそうに、ほわほわ笑った。

可愛さが増しているようにも見える。

うーんこれに関しては、私がシリル様のことが好きなだけな気もする…。


本人は兆候を感じていないようだし、なんともないならいいんだけど。


私は捕まえたままだった指先を、少しだけ自分の指と絡めた。

自分から手に取ったシリル様の手を見つめる。

やっぱり、いつもより熱い気がする。


「部屋まで送りますか?」

「大丈夫、ちゃんと行くから安心して」

「ゆっくり休んでくださいね」

「ありがとう、ではまたねメリンダ」

「はい、おやすみなさいませ」

「ああ。アレンもお先に。あんまりメリンダに迷惑かけてはいけないよ?」

「わかっていますよ、お大事になさってくださいお父様」

名残惜しく手を離すと、シリル様は私の頭をポンポンとしてから、ダイニングルームをあとにした。


足取りがふらついていなかったし、大丈夫かも。


「点数稼ぎですか?」

冷ややかな声が通過して、私はシリル様の背中を追ったまま入り口を見ていたところから振り返った。


「それは、なんのことを指しているのですか?」

「フンッ、いいですよ別に。僕はどうせ認めませんし」

「…談話室に移られますか?」

「結構です。あなたと仲良くおしゃべりするつもりなんてありませんし」

アレン様はシリル様を見送るために立っていたが、どかりと座り直した。


私も座り直して、アレン様の方を向いたけど、アレン様は体すらこちらに向こうとしなかった。


一対一になったはいいけれど、何を話そう。


アレン様は、この再婚には反対だったということくらいしかわからない。

面と向かって、反対だとはじめて言われたなぁ。

…馬鹿正直に訊いたら、また怒られるかしら。


それでも、会話しないことには始まらない。

思いは秘めていても相手にはわからない、それは今だって当てはまる。


「アレン様は、私の何が気に入らないのでしょうか?」

淡々と告げると、緑色の目が見開かれ、鋭い眼光が飛んできた。


やっぱりその目が怖くてビクッとなりそうになって、悟られないように自分の手を摩った。

さっきまであった熱っぽい指先が、今はなくて、手が寂しがっているのがわかる。


「何もかもです!どうやってうちの父を誑かしたのですか!」

決めつけるように怒鳴られて、苦笑いが零れないようになんとか留めた。


た、誑かせていたんだとしたら、もう少し距離が縮まってもいいような…。


「何が目当てですか。うちの財産ですか?それともルース家の夫人という立場ですか?」

「どちらも特には望んでおりませんが」

「…白々しいっ。いいですよ、そういうの。僕はあなたの魂胆さえわかればいいんですから、さっさと白状してもらってもいいですか?」

「魂胆で言うのなら、こちらの図書室ですね」

「ああ。お父様の蔵書は価値が、高いものばかりですものね」

「自国の本以外のものが多いので、私の趣味も捗りますので」

「あなたの趣味なんてどうでもいいんですよ。それで?父が死んだら、本を売って豪遊でもするんですか?」

「それは、あんまり考えたくないですね…」

「はああ?」

「…シリル様のいないこの屋敷にいても、寂しさが募るだけでしょうから」

私は自分の指先を触って、そのしっとりさにガッガリしそうになった。


この家に嫁いできてから、マーサが丁寧に塗ってくれるハンドクリームのおかげで、私の手はしっとりしている。


シリル様の指先は、少しカサカサしていることを思い出す。

この家に、はじめて来た日だ。

馬車から降りる時に差し出してくれた手は、普段から紙類を扱っている指だった。

あの指が、あの人が私の前から消える時、私は自分の足で立っていられるのだろうか。


…22歳も年上なんだもの。

順当にいけば、私がこの世からシリル様を見送ることになるんだ。

当たり前のことに気づいて、じわじわと目頭が熱くなっていく。


こんなところで二の足を踏んでいる場合じゃなかったんだ。


気持ちを伝えてもいいんだろうかなんて悩んでいる間に、シリル様がおじいちゃんになってしまったら、困るのは私の方だ。

そんなにうじうじしているくらいなら、言うしかないんだよメリンダ。

だって、好きの気持ちは、もう本当だと自分でもわかっているんだから。


シリル様に応えられないと言われたら、結婚している間に振り向いてもらえるように頑張ればいいじゃない。

もし、振り向いてもらえたのが最後の日の前日だとしても、その短い時間にシリル様に1人の女性として好きになってもらえたら、そんな嬉しいことはないじゃない。

秘めていたら、私の気持ちも知られないまま、置いていかれちゃう。


シリル様に置いていかれる日、私はちゃんとシリル様の隣に立ってもおかしくない人物になっていたいんだから。


…いや、シリル様にはうーーーんと長生きしてもらうけどさっ!


「お父様は、あなたのようなどこにでもいるような令嬢には見合わないのですよ!」

「それは、私もそう思います」

「はい?」

「シリル様は、私にはもったいないほど素敵な方です」

「だったら、身の程をわきまえてくださいよ!愛のない結婚のくせに、我が家に居座って…っ」

「愛ならあります」

「はあ?」

「私は、シリル様をお慕いしていますので、『愛がない』は訂正させていただきます」

私がキッパリ言い切ると、アレン様ははじめてたじろいだ。


『愛のない』という最近頭を駆け巡っていた言葉を言われて、反射的に答えていた。


シリル様のことを愛してないみたいな言われ方はされたくない。

それは紛れもない本心で、考えるよりも早く口から出たことに、あとから驚いた。


アレン様はようやくこちらを向いて、何か言いたげに拳を握っていた。


「そもそも私たちがどういう前提で結婚したのかを、アレン様はご存知ないのではありませんか?」

「…るさい」

「私はいくら反対してもらっても構いません。それでも、私がシリル様を諦めることもありません」

「うるさいっ…!僕らのお父様のことなんか、何にも知らないくせにっ!たまたまお父様と結婚できただけなくせに、目障りなんだよ!」

アレン様は、髪を振り乱して大声を上げた。


これでは話にならないと、一回落ち着いてもらおうと声をかけようとした時。

アレン様以上に大きい声が、ダイニングルームを支配した。


「アレンっ!なんてことを言うんだい!」

振り返ると、部屋に戻ったはずのシリル様が立っていた。


しんと静まり返り、私は思わず固唾を飲んだ。


「…シリル様」

「メリンダに向かって失礼じゃないか。謝りなさい」

「…僕はっ」

「謝りなさい、アレン」

「僕はっ、お父様が大事なだけです!この人は、お父様に相応しくありません!」

「メリンダのことを何も知らないのに、何を言うんだ」

「そりゃ、知らないですよ。ろくに知り合いもいなければ、名前すらも聞かないような令嬢、知るわけないじゃないですか!」

「アレン、それ以上は君でも許さないよ」

「こんな人、お母様の代わりにもならないっ!」

「アレン!」

シリル様が遮るように声を荒げた時、フラッと前屈みになったのが見えて、私は立ち上がっていた。


「シリル様…!」

ふらついたシリル様に駆け寄って、私は抱きついた。


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