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好きなだけ翻訳していいと言われて後妻になりましたが、年上伯爵様に甘やかされすぎています!  作者: 有梨束


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第14話 二冊の本

「ネイデンさん、愛ってなんだと思いますか?」

「なんだい、お嬢ちゃん。変な質問だねえぇ」

「愛とは何か、愛とは種類があるのではないか。最近の課題なんです」

「お嬢ちゃんは、哲学者にでもなるのかいな」

「哲学者になったら、愛がわかりますかね」

「外国の愛の本でも翻訳したらいいんでねえか?」

「ああ、他国の愛は興味深いですね」

すっかりお友達になったネイデンさんの古書店にお邪魔して、カウンター横に置いてくれた椅子に座ってくつろいでいる。


今日も1人で遊びに来ていた。

最近は家にいても翻訳が進まないし、かといってシリル様のいる王宮図書館に行くわけにもいかず、トウガキ古書店に入り浸っている。

ここで古書の匂いを嗅ぎながら、本を読むのは、案外実家よりも落ち着いた。


「砂漠の本は、読み終わったのかい?」

「う〜ん、まだ半分くらい」

「どれ、翻訳できた分、オイラに見せてみい」

「…師匠の翻訳には、敵いませんよ」

「わはは、なんだい。オイラはいつから師匠になったんだか」

私はおずおずとノートを差し出すと、ネイデンさんは満足そうに受け取った。


「ほい、じゃあお嬢ちゃんはこっち読んでな?隣国なら辞書がなくても、読めるだろ」

そう言ってノートの代わりに渡されたのは、そこまで厚くない本だった。


題名は、『夫の喜ばせ方 妻の機嫌の取り方』だった。


「…なんともまあ、直接的な題名だ」

「愛の本だろ?」

「さすが隣国といった感じですね」

「まあ、我が国で出版したら、貴族の男どもが嫌がりそうだよな」

ネイデンさんは私のノートを読み始めたので、私も本のページをめくった。



ネイデンさんも面白がっているし、シリル様も嫌がったりしないだろうけどなぁ。

あ、フェルナンド様は固まりそうかもなぁ。


言われた通り、専門用語のようなものはなく、辞書がなくても読み進められた。

でも、その、内容は、これを翻訳しろと言われたら、照れそうだなぁといったものだった。


タイトルの通り、夫を喜ばせ、妻を喜ばせるための指南書のようなものだった。

デートの誘い方から、プレゼントの選び方、2人だけの秘め事の作り方。

あとは、夜の誘い方と、それにまつわるあれこれが赤裸々に書かれている。


しかも庶民から王族のケースまで書いてあって、びっくりする。


これは、箱入り娘のお嬢さんが読んだら卒倒しそうだし、貴族男性にバレたら「淑女がふしだらなもの読むなんて」と非難されそうな代物だった。


とりあえず、うちの国では出回りにくそうなものだということだけはわかる。


途中まで読んで、カウンターにいるネイデンさんに声をかけた。


「師匠、これ情熱的な本ですね…」

「隣国はうちと違って、男も女も恋愛に奔放な国だからな」

「それは聞いたことありますけど、こんなにあけすけなんですか?」

「男女関係なく、好きな奴には自分からアピールするのが主流じゃい」

「へえ〜!たしかに、恋愛小説でも、果敢に挑んでいくものばかりだった気がします」

「なんだ、お嬢ちゃんもそういうのは読むんだな」

「専門書より翻訳に優しいですもん」

「ギャハハっ、お嬢ちゃんらしい理由だ」

ネイデンさんはノートから顔を上げて、大笑いした。


「全員が積極的な分、自分からいかんと好きな相手はゲットできんらしい」

「そういうことかぁ」

「想いを秘めていたら、好きな奴とは一生結ばれねえからそんな本ができたんだろ」

「…秘めていたら、好きかどうかも気づいてもらえないからかな」

「そういうことだな。んで、それは夫婦になっても変わらんらしい。相手の気持ちがずっと自分に向くように頑張るのが当たり前だそうな。もし相手の気持ちが離れても、手を抜いた方が悪いってことになるんだと」

「それは、この国とはずいぶん違いますね。…でも、その通りかも」

「だから題名が恋人の指南書じゃなくて、『夫婦』なんよ」


私はもう一度表紙を見て、なんとなく『夫』の文字を撫でた。


私に足らないのは、伝える努力かな。

ううん、それよりも前に、伝えるかどうかを決める勇気だ。


それにしても、これだけ熱く思いを伝え合う文化がすぐ隣にあるというのは、おもしろいなぁ。

こんなに違うところを見てみたい。

いつか、行ってみたいな。


「お嬢ちゃんは、隣国じゃモテそうよな」

「えっ!?」

「向こうは賢い女が大層モテるぞ」

「ええ〜、私翻訳ができるだけで、他の勉強はそこまでじゃ」

「まあ、勉強だけじゃねえけど。学校の成績はどれくらいだったんだ?」

「んあ〜…、中の上、くらい?」

「それは忖度した成績か?」

「え…」

「男よりいい成績取っちまうと、面倒くせえもんな」

「あはは…」

私は、なんとも返事しづらかった。


1年生の最初のテストの時に、公爵家の男の子より点数を取ってしまって、軽くいじめられたことがある。

その当時、大切に読んで翻訳していた本のページを破られた程度だけれど、私が傷つくには十分だった。


あれ以来、翻訳以外の勉強は手を抜くのが当たり前になった。

本気で勉強しない、だって誰かに嫌がられると、私も嫌がらせを受けるから。

そう思って、いつの間にか実力も落ちていたから、最初から私はこんなものだったんだなって、思ったっけ。


国が違えば、私ももっと勉強したのかな。


「お嬢ちゃん、この翻訳いいじゃねえか。よくできてる」

ネイデンさんの声に、私は顔を上げた。


「ほんとですか!」

「おう。特に十三世のところは、この作者の気持ちダダ漏れなままに訳ができているな」

「そこが一番悩みました!そのまま訳すと結構過激だし、でも事実だけ並べると味気ないし…」

「タイトルからして、十三世の非難がしたい気満々だもんな」

ネイデンさんは顔をウゲッと歪めて、両手を広げた。

私もつられて苦笑いしてしまう。


結婚祝いにもらった砂漠の服の本、『王族の失敗談〜十三世の罪を暴くために〜』はタイトルにある通り、十三世がいかに愚かだったかが書かれていた。


だけれど、読み進めていくうちに、作者が十三世をことごとく嫌っているのが滲み出ていた。

十三世の悪口が書きたいがために、賢王から愚王までの失敗談を寄せ集めているといった印象に変わっていった。


そして、十三世がそこまで悪い人だったのかというと、そうでもないというのが個人的な感想だった。

同じリアクションをするところを見ると、ネイデンさんもそうみたい。


たしかに、王になることから逃げて国から逃げた行方不明者ではあったが、罪といったらそれぐらいだ。


戦争がしたいがために近くの少数民族の集落を次々と襲った二世や、女こどもを趣味で公開嬲り殺しにしていた四世の方がどうかしていると、私には感じた。


王族が王位から逃げるとは及び腰の負け犬め、とのことだった。

十三世の部分だけやけに詳細に書かれていたから、身内が書いたのかもしれない。

行方をくらました十三世がもし生きていらしたら、80歳前後だろうから、今の世代にこの人は悪い人でしたと刷り込ませたかった意図もある気がする。


それで、まあ、悪口がすごいので、辞書に載っていないような言葉も盛りだくさんで、翻訳は苦戦していたから、褒められたのは素直に嬉しい。


「罵詈雑言、合っていますかね?」

「オイラも全部がわかるわけじゃねえからな〜」

「そっかぁ、砂漠の国の人と話せたらわかるんでしょうけど」

「この十三世って、今はどうしてんのかねえ」

「う〜ん、画家になりたくて王位を蹴って、そのあとどこに国外逃亡したのかまでは書かれていませんでしたね」

「案外、近くにいたりしてな?」

「ええっ、それはちょっとロマンありますねっ!」

「会えたら、本当の罪はなんだったか聞いておいてくれ」

「あはは、それこそロマンですね〜!」

ノートを返してもらいながら、そんなことがあったら面白いなと思った。


「…ネイデンさん、私もっと伯爵夫人らしいことをした方がいいと思いますか?」

「なんだい、今度は愛じゃなくて立場の話かあ?」

「十三世は人生賭けて逃げたほどの覚悟があったのに、私は中途半端だなって」

「人の覚悟なんて、本当のとこどんなもんかわかんねえだろ〜?」

「それはまあ、そうなんですけど…」

「司書殿はお嬢ちゃんにそうなれって言ったんか?」

「ううん、何にも言われない。むしろ、そんなことしなくていいんだよって、言う…」

「じゃあ、いいじゃねえか。なんだあ、惚気かあ?」

「なっ、違いますよ!」

「司書殿はお嬢ちゃんを甘やかすのが楽しいんだろ?」

「でも、それじゃあ、私いつまで経っても子どものままですよ…」


ヴェローニカ様は、伯爵家を切り盛りする女主人だったはずだ。


あの強い眼差しが、家を守っていたんだ。


奥様が亡くなったあとは、シリル様とフランクが主にやってきたものだ。

せっかく後妻がいるんだから、こき使ってくれても構わないのに。

まあ、私じゃ即戦力にならないし、今教えてもらっているのが精一杯だけどさ。


シリル様に気持ちを伝える前に、そうやって私のやることがある気がする。

伯爵家のこと、もっと私なりにできたら、自信もつくんじゃないかな。


「そんなお嬢ちゃんを、司書殿は好きなんだろ?」

「…それって、ずっと娘ポジションじゃないですかあ〜…」

「はあ?何言ってんだ」

「ネイデンさんだって、覚悟を持ってお家を出られたんじゃないんですか!?」

「オイラは、貴族は性に合わなかったんだよ」

「それだけで家を出られる勇者が、どれだけすごいことか!」

「それをしないのが貴族様なのさっ!司書殿やお嬢ちゃんみたいになっ」

「…私は意気地なしなだけです」

「オイラと十三世は、馬鹿なだけさ」

ネイデンさんは肩を竦めると、ふう、と息をつくように笑った。


「お嬢ちゃんはお嬢ちゃんのまま、司書殿の役に立ちゃあいいんだよ」

「それを、模索中なんです…」

「ギャハハ、悩め悩め!悩むのは、若い奴の特権さい!」

お父様とはまた違うし、育ての親の祖父とも違うけれど、私の中でネイデンさんは第3の父のような存在になりつつある。


シリル様には言いづらいし、フランクやマーサに相談しても困らせそう。

ルイーゼ様に言っても、将来嫁いでくる家のことなんて今はまだ知らなくていい。


今の私の立場に、あと数年したらルイーゼ様がなるんだ。

ルイーゼ様への引き継ぎの負担を減らせるかもしれないと思ったら、やっぱり私も把握しておいたらいいことがいっぱいあるはずだ。

そのためにも、自分じゃできないと思わずに、もっと勉強してみよう。


学生時代と違って、咎める人は誰もいない。

むしろ、応援してくれる人たちばっかりだ。


まずは、シリル様に女主人としての仕事を振ってもらえるように勉強しよう。


「はーい…、がんばります。ネイデンさん、ありがとうございます。私ネイデンさん、好きです」

「はあああああっ!?!?なっ、はっ、俺を司書殿に殺させる気か!?」

「気持ちは秘めてたら伝わらないっていう実践です」

「おま、ここで披露するなや…、年寄りの寿命を縮めてくれるな!」

「ちゃんと伝えなきゃな〜って」

「…司書殿に会うの怖えよ。はああ、オイラもお嬢ちゃんのことは、気に入ってるよ」

「えへへ、それは知っています」


ネイデンさんは深くため息を吐いて、モジャモジャの髪を掻いた。


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