第10話 新しい友達
「あの、本当に申し訳ありません、ルイーゼ様…」
「メリンダ様が可愛らしい方だとわかってよかったですわ」
年下のお嬢さんに気を遣わせてしまった、ほっっっんとにすみません…!!!
泣き止んだあと、ルイーゼ様に全部吐き出してしまえという圧で、少しだけだけど泣いてしまった経緯を話した。
といっても、怒らせたわけじゃないけど、微妙な距離感になってしまったことと、それは私のせいと、恋愛結婚ではないということくらい。
それにしても、さすが社交上手の上級貴族様…!
付け焼き刃の私の貴族然とした態度で、敵うわけがなかった。
ルイーゼ様が持ってきてくれたケーキをいただきながら、話が進んでいく。
「てっきり伯爵様が惚れ込んで結婚したと思っていましたのに」
「ほ、惚れ込んで…!?」
「私もこの家とは長い付き合いです。伯爵様が、再婚話を躱していたのは知っています。その伯爵様が再婚を決めたお相手なんて、それしか考えられませんでしたもの」
「そんなにシリル様は結婚を避けていらしたんですね…」
「そうですよ、だから射止めたメリンダ様にお会いしてみたかったんです」
「それは、期待はずれですみません…」
「いいえ!伯爵様も絶対メリンダ様のことは好いていると思いましたの!だってあの文字が読める方ですよ!?」
それは、旧古代語が読めたという話だろうか。
…なんで、そこに繋がるのかな?
「メリンダ様は、伯爵家が騎士を輩出している一家だということはご存知ですよね?」
「はい、だからフェルナンド様は騎士になったと聞いております」
「そうです。だから騎士にならなかった伯爵様は、一族から非難されていたらしいのです」
「えっ」
それは、聞いたことがなかった…。
「もっと子どもの頃に、私不躾に訊いてしまったことがあるんですのよ。『どうして、おじ様は騎士にならなかったの?』って」
ルイーゼ様は、昔を思い出すように少し遠くを見た。
「そしたら、『本と勉強が好きだったから、家族を困らせてまで司書になったんだよ』って、子ども相手に律儀に教えてくださいましたの」
子ども相手とか、そんなの関係なく接してくれるシリル様は、簡単に想像がつく。
きっと、ちょっと困った顔で、笑いながら答えたんだろう。
「伯爵様は、社交界にいる女性には一切見向きもしなかった。そして、再婚したお相手はあの文字が読める勉学に励んでいらっしゃる女性。伯爵様が求めていた女性は、共に勉強に励み、同じ本の話が出来て、それらをわかち合える方だったのかなと、メリンダ様のことを聞いた時に思いましたのよ」
ルイーゼ様が真っ直ぐに、私を見つめてくる。
その言葉に嘘がないと、なんとなくわかった。
「だって、あの王宮随一の本の虫の伯爵様ですよ?ぜ〜〜〜ったい、メリンダ様と合いますよ!」
たしかに、私でもシリル様は本好きって知っているくらい有名だったもんなぁ。
「ふふふ、ありがとうございます」
「だから、どうしてあの文字が読めるのか、知りたかったのです!」
ルイーゼ様は表情がコロコロ変わるわけじゃないのに、感情が色とりどりだとわかる。
こんなに表情を変えずにいられるのに、伝わってくるからすごい。
私なら、顔にも態度にも出してしまうだろう。
…実際、今泣いたばっかりだし。
ルイーゼ様になら、話したいかもな。
「私、…翻訳するのが趣味なんです」
「翻訳って、あの他国の言葉を我が国の言葉に直す作業のことですよね?」
「そうです。それが好きで、それで自国の言葉以外の本を読むことが多くて。旧古代語の本も読んだことがあったんです」
私の言葉に、ルイーゼ様は瞬きをして、一瞬返事が返ってこなかった。
あ、やっぱり、まずかったかな…。
肩書き上とはいえ、伯爵夫人がそんな趣味を持っているなんて、嫌だと思われたかも。
「まあ、まあ!じゃあ、やっぱりメリンダ様は、勉強熱心な方なのですね!」
「熱心といっても、読みたい本しか読みませんよ…?」
「いいじゃありませんの!うちの国の男性なら、『女が勉強なんて』と言うでしょうけど、隣国じゃそれが当たり前ですし!」
「そうですね。シリル様も勉強したいなら、留学してもいいって言ってくれた事もありましたし」
「ほら、そうじゃありませんか!伯爵様は、そういう女性が好みだったんですねえ!」
「え、そこまではどうか…」
「ええ〜、素敵ですねえ〜!司書様に、翻訳の出来る女性…、うんうんピッタリですよ!そういう恋愛小説ありそうですもの!」
ルイーゼ様は、恋愛小説がお好きなのかな…。
他の人からシリル様との関係をどう見られているかまで考えたことなかったけど、そっか。
シリル様と合うと言われて、悪い気がするわけがない。
今、へこたれている私には、枯れそうな花に水を注がれたような気持ちだった。
…なんか、くすぐったいな。
「それにしても、見ただけであの文字が何かわかるなんてすごいですわね!」
「あ、ありがとうございます」
「私なんて見ながら書いたのですが、果たしてこれで合っているのかしらと思いながらフェルナンドに送ったのですよ」
「そうだったんですか!?それにしては上手でしたよね、間違いもなかったですし」
そうか、何か教材を見ながら書いたのか。
さすがに、旧古代語の使い手ではなかったかぁ。
それでも、すごいことだ。
理由はとても可愛らしいけど、そのために知らない言語を使ってみようというのは、ルイーゼ様も相当柔軟な方なのでは?
さっきだって、すぐに私を抱き締めてくれたし。
ルイーゼ様と、仲良くなれたらいいなぁ。
「メリンダ様のお墨付きなら、これからも使えそうですね。フェルナンドを困らせる時に使おうと思います!」
「あはは、そしたら辞書だけお貸しすることにしますね」
「ええ、手伝わずに頭を抱えさせておいてくださいませ」
「ふふふ、もし必要でしたら、旧古代語くらい読めなそうな言語の辞書もお貸ししますよ」
「まあっ、それとてもいいアイデアじゃありません!?ぜひその時は、今度は私にお力貸してくださいませ!」
ルイーゼ様がひらめいたといった声音で言うから、可笑しくて、笑ってしまった。
「メリンダ様は、笑っている方が似合うと思いますわ」
「え、ありがとうございます」
「それにしても素敵ですわねえ、私も家が許してくれるなら、もう少し勉強したかったですわ」
「ルイーゼ様も何か学びたいことがあったのですか?」
「そうですね、これといって特定のものはないんですが、学校で勉強するのは好きだったのですよ」
「いいですねぇ。フェルナンド様と結婚されたら、許してもらえそうな気がしますけど」
「あら、たしかに。メリンダ様がいいなら、私もいいことになりますわね」
ルイーゼ様は、両手を合わせて嬉しそうに笑った。
うーん、可愛いな。
フェルナンド様が、羨ましいかもしれない。
「あはは、お役に立てそうで何よりです」
「では、嫁いできた時に勉強したい分野を、今のうちから考えておかなければですね!」
「伯爵家の図書室、すごい蔵書が多いんです!もしかしたら、気になるものがあるかもしれません!」
「あら、それは嫁いでくるのがますます楽しみですわ!その時はメリンダ様、よろしくお願いしますね!」
ルイーゼ様は、私の手を両手でギュッと握った。
「私、少しだけ不安でしたのよ」
そう言って、ルイーゼ様は今までの自信たっぷりな表情が揺らいだ。
「…こんな弱音、本当はいけませんの。だから、皆さんには内緒にしてくださいね?」
少しだけ不安そうに顔を覗き込まれて、私はそれに応えたくて、何回も頷いた。
「このお家はずっと女主人がいらっしゃらなかったでしょう?だから、私が嫁いできたら盛り立てなければと気を張っていたのです。でも、メリンダ様が私より先にいらしてくれた。…正直、ホッとしてしまいましたの」
その顔は年相応の女の子に見えて、私はルイーゼ様の手を握り返した。
ルイーゼ様はルイーゼ様で、この家のことを考えてくださっていたんだ。
私、ほんとに軽い気持ちで嫁いできちゃったんだなぁ…。
それでいいよ、と言われていたからなんだけど。
「メリンダ様が来てから、フェルナンドも少し和らいだ気がしますの。ずっと伯爵様の跡継ぎとして1人で立ってきたから、気が休まったんだと思うのです」
「私、何もしてないですよ…?」
「ふふふ、家は女性がいないと萎れるものですよ?」
「たしかに、実家もお姉様たちが嫁いでからは、とても静かでしたね…」
「それで、私もこの家の一員になるなら、メリンダ様と仲良くなりたいと思いましたの」
そう言って見つめてくれる瞳は、やっぱり力強くて、ルイーゼ様は強くてかっこいい女性だなと思った。
私もこんな人だったら、シリル様の隣に立てる人になれたのかな。
「だから、どうしてもお会いしたかったんです」
「私、今日ルイーゼ様にお会いできてよかったです」
「メリンダ様…」
「…自分の弱いところを見ることになりましたが、いつまでも逃げていられません。私もルイーゼ様のように、この家にふさわしい人間になりたいって、そう思いました。だから、ありがとうございます」
「まあ、…メリンダ様だって、私とそう歳も変わらないのに、すごいのに、まあまあっ…!」
はじめてルイーゼ様が動揺している。
多分これは、照れているのかな…?
ほんのり頬がピンクに染まっていく。
「ルイーゼ様、かっこいいです」
「まあ、やめてくださいまし。私、褒められるの、ダメなんです…!」
「えっ、可愛い」
「もう〜、メリンダ様…!」
「私がダメダメなところをお見せしたから、ルイーゼ様も本当は言わなくていいことを教えてくださったんですよね?嬉しかったです、ありがとうございます」
「メ、メリンダ様、一度手を離してくださいませっ…!」
言われた通りに離すと、その手で両頬を隠した。
その仕草は、これまでと違って少女だった。
ルイーゼ様って、思っていたよりも可愛らしい方だったんだなぁ。
「ううう、気遣いは種明かししてはなりませんのよ…?」
「はい、ごめんなさい」
「メリンダ様になら、お話ししても大丈夫と思ったんです…」
「それなら、光栄です」
「メリンダ様」
パタパタと手で顔を仰いでいたルイーゼ様は、私を真っ直ぐ見据えた。
「私には、あなたさまがこの家と、伯爵様と見合っていないとは思えません」
「ルイーゼ様…」
「ですので、メリンダ様は伯爵様の想いまで頂いてもいいと思います!」
「…え」
「お泣きになるくらい、伯爵様のことを想っていらっしゃるのでしょう?」
そ、そんなにわかりやすかったですか…!?
みるみると、ルイーゼ様よりも顔が赤くなっていくのがわかる。
私まで両手で頬を包んだ。
「私、フェルナンドのことが好きなんですの」
ルイーゼ様は、可憐な花のように微笑んだ。
「フェルナンドが私を見てくれなかったら、きっと苦しくて、泣き腫らしてしまうわ」
「…ルイーゼ様」
「でも、私とフェルナンドにはたくさんの時間がありました。メリンダ様もこれからだと、私は思います」
「これから…」
「今から始めてもいいんじゃないでしょうか?」
…本当に、いいんだろうか。
シリル様は、私と恋仲になりたいわけじゃない。
家族になってほしいと思っている。
あの優しい人が一線を引く『何か』があると、私には思えてならない。
その距離を縮めたくない気持ちがあるんじゃないかな…。
だから、それを超えてしまったら、優しいシリル様でも幻滅するんじゃないかと、心のどこかで思ってしまう。
「…ふふふ、そんなお顔をされるくらい、悩ましいことなのですね」
「…私は、持て余してしまっています」
「でしたら、それは捨てずに置いてあげておいてくださいませ」
「…いいんでしょうか」
「あら、いいに決まっていますわ。想いは誰にも奪われるものじゃありません」
ルイーゼ様がはっきり言い切ったのが、不思議と私の心にストンと落ちた。
そっか、想っている分にはいいのかもしれない。
これをシリル様に渡すわけでもなく、持っていればいいのか…。
それなら、私はこの想いを大事に出来るかもしれない。
「ルイーゼ様、私と友達になってくれませんか…?」
「あら、もうお友達だと思っていましたわ!」
「あれ、じゃあ、よかったです…?」
「あはは、メリンダ様、これからもお友達としてもよろしくお願いしますわ!」
「こちらこそ!」
ルイーゼ様は頷くと、猫目をキュッと上げて、ニコッと笑った。
「私は、メリンダ様を応援しますからね!」
友人の言葉は、何よりも心強かった。




