思想犯蹂躙戦 二頁目
両手両足がはちきれんばかりに膨れ上がった筋骨隆々、聖野より頭二つ分以上大きな彼は、全身を覆うように黄色い体毛が生えていることから、身体能力という面では他よりも優れた獣人であることがわかる。
そんな存在が聖野に不意打ちを喰らわせたのだ。観客がいるとするならば全員が勝負が決まったと思うであろうし、撃ち込んだ本人も初手で全てが終わった事を確信し、鋭い歯が生え揃った口を歪め下卑た笑みを浮かべていた。
「ロッセニムっは戦士達の楽園。集まる奴らは多種多様で狡い奴や情けない奴だっているけど、戦う時はいつだって真正面から正々堂々………………そんな場所だと思ってたんだけどな」
「!」
「いるもんなんだな。こんな卑怯者が。しかも王者の座についている奴の中に」
彼の心胆が凍えたのは直後の事。
鋭利な刃物を連想させる鋭い爪が頭に食い込む直前に聖野の親指と人差し指に挟まれ受け止められていたのを目にしたからで、狼とカンガルーの力をその身に秘めていた男。
第六代ロッセニム王者マビアガランは、そんな絶技を成した聖野から離れるため飛び退いた。
「そりゃ時代の違いって奴だな。現代ならそうかもしれねぇが、オレ達の時代は違う。集まった戦士たちは金持ちたちの見世物にされてて、獰猛な獣たちを相手に、生きるか死ぬかのショーを繰り広げるのが一般的なものだったんだよ」
「ラスタリアを襲うのは許せないことだけど、その点だけは同情するよ………………で」
「あ?」
彼我の距離は十メートルと少々といったところでぼろい布切れで全身を包んだ狼顔が口を開き、それを聞いた聖野は返事をしたかと思えば幾分かの間を作った後に再び開口。
「降伏するつもりはある? その方が痛い目を見ずに済むよ」
「あぁ?」
「もしそのつもりなら、膝をついて両手をあげてくれ。それで全部終わりだ」
周囲を揺らす勢いで足踏みを行いながら断言すると、ロッセニムを踏破した王の一人マビアガランの口からは苛立ちを孕んだ声が零れるが聖野は意見を曲げず、
「悪い話じゃないはずだ。だってさっきの一瞬で、勝負の結果は見えたはずなんだからさ」
「ッ!!」
続く聖野の断言を聞いた瞬間、前に飛び出た。
己がプライドを傷つけられたとでも言うように怒りの表情を浮かべ、多くの命を屠り血で塗れた爪を聖野に向けるが、己が目的を果たす事はできない。
「――――――遅い!」
惑星『ウルアーデ』においては、基本的に世代を経れば経るほど、戦士の質があがる。
その理由は数多の研鑽を体系化していることだったり年月の積み重ねによる耐性の増加が原因だったりするのだが、特にここ千年間。つまりイグドラシルが神になって以降、戦士全体の質は著しく向上した。
当然時代ごとに際立った戦力。
例えばガーディア・ガルフとその仲間達のように際立って頭角を現す存在とているのだが、遥か昔において最強だった者が、今の時代では『超越者』クラスに届かない事だってあるのだ。
つまり
「ガッ!?」
今の聖野は、気が遠くなるほど古い時代にロッセニムで名を馳せた王者よりも遥かに強いのだ。カウンターで放った拳の一撃で、趨勢を決められるくらいには。
「並よりも強いのは認めるけどさ。その程度で立ち向かって来るのは無謀だと思うよ。もう一度だけ言うけど、これ以上痛い目に遭いたくなかったら大人しく降伏する事を勧めるよ」
四肢が吹き飛んでいる死体と夥しい量の血で埋まっている詰め所の壁を突き破り、その奥にあった木々のいくつかを貫通し動きを止めた獣人に近づき、拳の骨を鳴らしながら今一度降伏を勧める聖野。
その姿を見ればどちらが優勢かなど一目でわかるもので、
「調子に………………乗るんじゃねぇ!」
けれどもなおマビアガランは立ち上がる。真っ赤な双眸にギラギラとした野蛮な光を宿し、『未だ勝負は終わっていない』と訴えかけるような気を身に纏いながら。
「ならもう一発強烈なのを叩き込んでやる。それで終わりだ!」
その姿は憐れみさえ誘うものであるが、対峙する聖野に容赦するつもりは微塵もない。
目の前の男を仕留め、持っている情報を吐かせるためにラスタリアへと連れて帰る。
その事だけに意識を集中させると体を屈め、迫る獣人を仕留めるために拳を撃ち込む準備を行い、
「いい活躍だったぜ兄弟。おかげで周囲への警戒が下がった」
「!?」
目標へと到達するよりも早く、聖野の背中がバッサリと切り裂かれる。
それは完璧な不意打ち。
同じロッセニムの覇者を囮にする事で行われた万全のもので、空を真っ赤に染めるように飛び出る血潮の勢いを感じた聖野は今しがた自分の体を切り裂いたもう一人の獣人の存在を確認し顔を歪め、
「わざわざ防いだってことはよぉ――――当たればしっかりとダメージがあるってことだよなぁ!」
そんな聖野の腹部に真正面から迫っていた男。
第六代ロッセニム覇者、マビアガランの鋭利な爪が今度こそ突き刺さった。
「不用意に距離を詰めるな! しっかりとした連携を意識しろ!」
一方の東エリア。
周囲には石の要塞を除き何の建物もない砂漠のど真ん中では、両眼を真っ黒な眼帯で隠しスーツ姿を来た赤髪縦ロールの美女が暴れ回っていたのだが、巨大なハルバードを掲げ、迫る兵たちを退けていた彼女は今、生前では覚える事のなかったほどの興奮を覚えていた。
「ああッ、素晴らしいですわ! これが! 戦い!」
彼女が生まれ育ち死した時代において、ロッセニムは戦士達が戦う場として使われていなかった。
これは闘技場において戦うという文化が廃れたゆえで、代わりに毎日行われていたのは『戦い』ではなく『殺戮』。罪人の処刑であった。
なぜそんなことのためにロッセニムが使われていたのかと言われれば建物全体に血が染みこんでいた為、そういう用途で使ったとしても気後れしないというつまらない理由で、そんなロッセニムにおけるチャンピオンとは、最も多くの罪人を裁いた処刑人に対して贈られる称号であった。
(いい! 反応があるってすごくいい!)
彼女が仕事をする際、周囲の空間は今いる場所とは真逆に静謐で冷たかった。
立会人や罪人を含め声を出すものは誰もおらず、粛々と行われるそれらに熱はない。
無論観客など居るはずもない。
そんなロッセニムを彼女は嫌悪していた。
誇り高き戦士たちが集まり、歓声の中で鎬を削る。時には命さえかける
そんなロッセニムに憧れを持っていた彼女の心は刃の上下運動を繰り返すうちに極限まで荒んでいったのだが、現代において積もり積もった思いが爆発する。
立ち昇る悲鳴を聞き、頬を濡らす赤い液体の熱を浴び、口元が緩む。
「もう、治す立場の気持ちも考えてよね!」
「!}
そんな彼女を止めるために飛び込んだのはこの東エリアを任された尾羽優で、百メートル以上あった距離を一度の跳躍で零にすると、持っていた水属性粒子で作った大鎌を勢いよく振り下ろし、
「貴方は他の人とは違いそうね! すっごくそそるわ!」
受けたハルバードとの間に火花が散り、その勢いに負けないほど大きな興奮の声が受けたロッセニムの覇者の口から溢れ出し、
「勇敢なお嬢さん! 貴方の名前はなあに?」
「………………尾羽優!」
続けて投げかけられた質問に対し、やや間を置いた後に答えると彼女は巨大なハルバードを持ったまま、踊るように砂漠の上を歩き出し、
「私の名前はアサギ・クサマツ! よろしくね可愛い貴女!」
「その目でどうやって見てるのよ」
自身の名を周囲一帯に聞こえる勢いで宣言。
かつてロッセニムで名を馳せた強者と現代を守る防人たちの戦いがこうして始まった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
どんどん出るよロッセニムの精鋭達。
凄まじく長い年月を重ねた星ですからね。そりゃもう凄い数が出てくるわけです。
といっても強さに関しては大小様々、強い奴もいれば弱い奴もいます。
次回は今回不意打ちを食らった聖野サイド。
十年経ったメンバーたちが、その力をついに発揮します。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




