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シェンジェン・ノースパスVSデリシャラボラス 三頁目


「おぉ。一気に変わるね」


 戦場を覆っていた緑が無数の泡となって消え失せ、周囲に充満していた土の匂いが、じめじめとした空気が、空を埋め尽くしていた青が、消えていく。


「改めて考えてみると、凄い精度だね」


 土も木も、全て粒子を固める事で出来た物である。だからそれらから臭いが漂ってくること自体はなんらおかしいことではないのだが、自分達を包んでいた熱帯雨林を構成していた全てが瞬きほどの間に消え去り、辺りを充満していた暑くてジメジメした空気が瞬く間に清涼なものになったとなれば、シェンジェンの発した呟きも当然のもので、青空ではなく真っ白なタイルが敷き詰められた天井を見つめながら、彼は役目を果たした事を悟り息を吐いた。


「どういうことだよおい! なんでオレサマの負けなんだよ! 先に全てのペイントボールが割れたのはあのクソカスの方じゃねぇか!」


 熱した体を冷ましていくシェンジェンとは裏腹に、積もり続けた怒りにより熱くなっているデリシャラボラスが語る先に居るのは、デリシャラボラスと同じ目線に立つために二メートル程度のサイズにまで縮んだエルドラなのだが、彼が口を開くよりも早く、シェンジェンが二人の側に近寄っていき、


「僕がつけてたペイントボールが、ターゲットとして配られた物じゃなかったからだよ」

「………………………………あ?」

「デリシャラボラスさんが最後に割った二つの内の一つはね、僕が生成した偽物だったんだよ。本物はあそこにあるよ」


 デリシャラボラスが苛立ちを露わにしても怖気づくような事はなく、親指で明後日の方角を指す。


「あれは………………」

「支給されてたペイントボールの残り一つだよ」


 シェンジェンが指をさした先。天井と床の接合点にあたる部分にあったのは配布された桃色のペイントボールで、デリシャラボラスは自分が罠に嵌められていたことを理解し、エルドラやシェンジェンの耳に届くほどしっかりとした歯ぎしりを行い、


「おいクソ親父。まさかテメェ、こんな姑息な手を認めるってのか? 明らかなルール違反だろうが!」


 『この決着は認められない』と文句を口にするが、この展開はシェンジェンとて読めていた。

 なにせほかならぬシェンジェン自身が、ここ数か月のあいだに同じことを行ったのだから。

 そしてだからこそ、後の展開も読めていた。


「つってもなー、この勝負は単純に『ペイントボールを割る』ってだけのルールで、偽物を作ったらいけねぇなんてルールはなかったしなー」

「!」

「今回に関しては、お前さんが気づかなかった。いやシェンジェンの野郎の方が上手だったってだけの話な気がするんだよな俺は」

「クソ親父ィィィィィィ!!」


 『ルールに明記がない以上、この行為が咎められる理由はない』それがかつて同じ手を食らった時の判定だ。

 無論審判役があのときと同じ人物ではないため裁定が変わる可能性はあったのだが、その点に関しても問題ないとシェンジェンは思っていた。


「だからまぁ、判定をひっくり返すつもりはねぇよ」


 なにせ審判を務めているのは、今回の件における依頼者エルドラなのだ。

 であるならばここで本人にとって不都合な裁定を下すようなことなどあるわけがないとシェンジェンは思っており、


「終わった終わった。ハイ、僕の勝ち」


 エルドラが下した最終結果を聞き、緊張感から解放されたシェンジェンが息を吐きながら腰を下ろすのだが、ここで眉を顰めたのはエルドラである。


「どうしたんだよお前さん。なんだか不服そうじゃねぇか」


 なにせ結果を聞いたシェンジェンの様子が、あまり喜ばしいものではない。

 『勝ったことは認めるが、心残りがある』とでも言いたげな声を上げていたのだ。


「………………………………別に。エルドラさんが気にする必要ないよ」


 とするとシェンジェンが幾分かの間をおいて返事をするのだが、エルドラの指摘は正しい。

 シェンジェンは確かに、不満を抱いていたのだ。


「たださ、一個だけデリシャラボラスさんに聞きたいんだけどさ、善さんの真似をし始めたのっていつ頃から?」

「んなこと聞いてどうすんだよ」

「別にいいじゃん。答えてよ」

「…………二年くらい前だったはずだが、それがどうした?」

「………………………………そっか。ありがと」


 それはついさっき行われた最後の攻防。

 互いが全力を尽くした近接戦に関してで、その際の結果をシェンジェンは気にしていた。

 より詳しく言えば、自身が十年かけて磨き抜いた原口善を目指した技が、たった二年という歳月に敗北した事実に苛立ちを覚えていた。


(善さんと僕の身長差は十センチほどで、アイツは善さんよりもちょっと大きいくらいだ。その差がさっきの結果に繋がった………………冷静に考えればそれだけなんだけど………………………………)

 

 身体能力の差に身長差から発生する手足の長さの違いなど、一から順に考えていけば敗北した理由はいくつも思い浮かぶのだが、その果てにある結論を前にした時、シェンジェンは自分の胸に刃物が突き刺さるような感覚を覚え顔を歪める。


「おいおい大丈夫かよお前さん。悩み事があったら聞くぜ」


 直後に頭を掻きむしっているとエルドラが心配した様子で話しかけるが、たどり着いた結論を口にする気にはならず、


「人に相談するほどの事じゃないから気にしないで。それより良かったじゃん。息子さんが考えなしの凶行に及ばなくてさ」

「あん?」

「あっ!」


 嫌な話題から離れるためにそう告げるが、直後に帰って来た二人の竜人族。

 すなわちデリシャラボラスの疑問符とエルドラの息がつまるような声を聞き、シェンジェンの意識は勢いよく二人に向いた。

 何か、そう何か、自分が想定していたものとは異なる事態が起きていることを察したゆえに。


「………………確認だけどさ、デリシャラボラスさんは近々暴れ回るつもりだったんじゃないの?」

「なんでオレサマがそんな下らん事をしなけりゃならねぇんだよ」

「いやだって、自分たち竜人族が他のどの種族より優れてる事を示すためにやるんじゃ………………」

「そりゃ常々示したいとは思ってるがな、世界中に喧嘩を売るような事するかよ! つーか『団結商会』の話が固まって来てるこの時期にそんなことしてみろ! 何もかも崩れちまうぞ!!」

「………………………………四月に行われる『記念日』で暴れたりしない?」

「そんな事をする奴がいるとしたら、そいつは間違いなく自殺志願者だ。オレサマがそんな奴に見えるか?」


 なので気になったことを続けざまに尋ねてみると思っていたのとは異なる、しかし至極当然の答えがデリシャラボラスの口から次々と撃ちだされ、様々な思いを込めた視線をエルドラへと向ければ、彼は真っ赤な鱗に大量の汗を浮かばせながらそっぽを向いており、


「エルドラさぁん!!!!」

「悪かった! 悪かったって! けどそれくらい言わなけりゃお前さんは話を受けてくれないと思ったんだ!」


 肩を掴んで揺すってみると彼は慌てた様子で弁明を始め、


「そういう! ズルは! ダメでしょ! 本当の! 理由は!!」

「ひ、秘密だ」


 追及をしてみるがエルドラは口を割らない。


「オラァ!」


 だから殴った。

 シェンジェンは思いっきり殴った。

 溜まっていた鬱憤を晴らすように、渾身の力で何度も、四大勢力の長の一人を殴った。


「マジでゴメンて。だいぶ多めに依頼料支払っとくからさ、それで許してくれ」

「………………」

「ひ、秘密に関しても近々わかるからよ。そうカッカすんなって!」

「ふん!」


 残念ながらどれだけ攻撃を当てても目立った傷を負った様子はなく、それどころかダメージを受けた様子さえもなく、それがシェンジェンの燃えている心に油を注ぐことになったのだが、三十分後には鎮火していた。

 殴り続けてストレスが解消されたからではない。


「よしみんな! 今日は僕のおごりだ! 値段なんか気にせず、好きなだけ注文してくれていいからね!」

「いきなりどうしたのシェンジェン君。えらく上機嫌だね!?」


 エルドラから当初の十倍以上の報酬をもらい、銀行に預けている預金がそれまでの倍に増えたからである。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


今回の話は『思惑はあれどそりゃダメだろエルドラさん』な話。彼の隠し事の答えに関しましては、二学期が始まって以降にわかるかと思います、

更にはシェンジェンが思い悩んだりもしていますが、悩みが昇華する話はまた別の機会。多分結構先の話になるかと思います。


なお今回シェンジェンがデリシャラボラスと戦ってもらった金額は、日本円にして一千万円ほどです。

申し訳ないと思った結果ではあるんですが、それだけの金額をポンと出せるのは流石四大勢力の長の一人って感じですね


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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