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Mr コンプレス


 ガルゴネシアら三名が退き始まった第二戦。

 ヌーベ・レイとエスカッティ・バンピーロの一騎打ちは、早くも佳境を迎えていた。


 繰り出される火力一辺倒の雷撃を凌ぎきり、いくつかの策略を経て勝負を決める決定打として撃ちだされた鮮血の杭。

 これらを思いもよらぬ形で躱された彼女は、周囲をしっかりと警戒しながら考える。


 それを思いもよらぬ形で躱された彼女は考える。


 お題目は実に単純。

 今、己の身に降りかかっている不可思議な出来事。その根幹を成す力は一体なんなのかについてだ。


(まだ姿を消したままという事は瞬間移動ではなさそうね)


 『戦いとは相手を理解する事にある』


 それがロッセニムにおいて数十年ものあいだ頂点の椅子に座っていたエスカッティ・バンピーロの築いた持論。

 立ち塞がるあらゆる謎を解明し、その対応策を構築し敵を蹂躙するという『理詰め型』の考え方で、そんな彼女が最初に思い浮かべた力の正体は、オーソドックスかつ最も厄介なもの。

 『好きな場所に好きな時に、好きなだけ移動できる』というゼオスの持つ能力の類であるが、これはすぐに否定する。


(目の届かないホテルの中を含め、彼の姿は見当たらない。透明化と何かの合わせ技という事?)


 それは『消えたのならば別の場所に現れる』という瞬間移動の大前提が崩れているゆえで、彼女は別の仮説を組み立てるが、そこまで到達したところで考えるのを一旦やめた。


「まだ情報が不十分………………この状況を打ち破るためには、少なくとももう一回彼の手品を見せてもらいたいものね」


 それは口にした通り単純な情報不足が理由で、彼女は全身から力を抜きながら周囲に視線を向け、


「!」


 それから僅かな間を置き、状況が動く。

 エスカッティ・バンピーロの真後ろから、静寂を崩すようにガラスの割れた音が聞こえ、彼女の視線は急いで音のした頭上へ移動。

 真っ赤な瞳を僅かに細めながら見てみれば、そこにあったのは真っ黒なビー玉で、


「マルコラーブ!」

「!」


 自身が敵の誘導に引っかかったことを把握したと同時に、僅かながら危機感を孕んだ声を上げる。

 とすれば側に控えていた自身の下僕が周囲に視線を向け、僅かにだが右へ移動。


「agra」

「しっかり守るか。教育が行き届いているね、その箱は」


 すると神器の箱は再び広範囲を覆う雷撃を阻み、これを賞賛するヌーベに対しエスカッティ・バンピーロは攻勢に出る。


「飲み込まれなさい」


 様々な力を付与する『鮮血創造』は当然能力にカテゴライズされる力であるが、他の属性を混ぜる事なく、純粋な状態の血を操り攻守に利用するだけならば、それは闇属性の範疇である。

 ゆえに彼女はホテル内に待機させていた自身の下僕数百体を近くにある窓から飛び降りさせ、地上に落下するよりも早く液体へと変化するよう指示を出し、滝のような勢いで落下していく最中に両手を動かし操っていき、今しがた攻撃を行ったヌーベへと向かわせる。


「agra!」

「細くなった瞬間を見た、ね。いい子ねマルコラーブ」


 この攻撃に対するヌーベの一手を神器の箱マルコラーブの影に隠れていたエスカッティ・バンピーロは見る事が出来なかったが、彼女の前に立っていたマルコラーブは違う。

 真っ赤な津波が届くよりも僅かに早く、ひも状の物体に変化し地下へと逃げ延びた主の敵の姿をはっきりと捉えていた。


(彼の能力が自分自身を紐のように細くする能力と仮定すると、移動手段にも合点がいくわ。ドリルのように地面を掘って地下に逃げ延びたのね。問題は一瞬で変化するその速度。それに『ただ細長くなれるだけの能力なのか』という事!)


 そうして得た情報を元に、ヌーベの使用している能力の解明を行い始め、更なる情報を求め右手で地面に触れ、


「手品のタネは『貴方自身がもぐらになる』という類の物かしら?」


 嘲笑の混じった声を発しながら、木属性粒子をつぎ込み生成した木の根を張り巡らせると、固いものを砕くミキサーのような勢いで回転。彼女を中心とした周囲の地面が大きく揺れ始めると、まっすぐに立っていられないほど地面が柔らかく不安定なものになっていき、


「そこ!」


 木の根が自分を叩く凶器へと化した事を察し、細長い紐のような物体が地上へと飛び出していき、かと思えばヌーベの姿へと変貌する。

 そしてその物体を呑み込むように、エスカッティ・バンピーロの操る真っ赤な津波が空へと向け昇っていき、


「!」


 彼女は見た。


 目標を包み込むように迫っていた鮮血の津波が、空に浮かんでいるヌーベを中心とした僅かな空間を避けるように進んでいる光景を。


「テーブルクロス………………いえスカーフかしら?」


 そして、彼が掴んでいるバスタオル程度の大きさをした、滑らかな触り心地を連想させる空色のスカーフの姿を。


(攻撃が彼を避けるように動いている? いえ、そうじゃないわね。あれは………………)

 

 彼女の観察眼が見抜いたのはそれだけではない。

 ヌーベを包み込むように迫った鮮血の大津波。その一分が『消失』したわけでない事を波の動きから把握すると、彼が着地するよりも早く自身の指先を切り、飛び出た鮮血を薄く伸ばし投げ槍の形に整え、


「ふんっ!」


 大きく振りかぶり、これまで発する事のなかった野太い声を上げながら投擲。

 それは真っ赤な津波と同じくヌーベにある程度近づいた段階で姿形を変えていき、


「踊りなさい」

「っ!」


 聞いた者を凍えさせるような声でエスカッティ・バンピーロがそう告げた瞬間、ヌーベの顔が歪む。

 同時に脇腹に空いた小さな空洞から血の噴水が溢れ出し、片膝を突きながら回復を始めた彼を見下ろしながら彼女は告げる。

 自身がたどり着いた答えを。


「『物質や自身の圧縮』。それが貴方の手にしているスカーフの能力ね」

「っ」

「攻撃を躱せていたのは自分自身を細長い紐上の物体にまで圧縮して安全だった地面の中に潜っていたからで、迫っていた大津波を避けれたのは自身の当たるはずだった部分を圧縮して左右にかき分けたから………………とても便利な能力ね。残念ながら大きな弱点があるけれど」


 彼女が綴る言葉に対しヌーベは何も言い返さない。

 それは彼女の発言を肯定していると取れるものであり、傷を治しながらフラフラとした足取りで立ちあがった彼に見せつけるように、エスカッティ・バンピーロは周囲に飛び散っていた血を固め無数の杭を生成し自身の背後に展開。


「貴方のその力は、迫る攻撃の支配権を奪ってるわけではない。つまり」


 一斉に撃ち出された血の杭は、全てヌーベに到達する直前に圧縮され、神器のスカーフが振り払われるとぶつかるはずであった軌道から外れるが、射手である鮮血の女帝が指を僅かに動かすと方向転換。

 再度ヌーベの元へと迫っていく。


「こうやって自由に操る事ができる技ならば無意味なものとなる。いえ圧縮した事でより固く、より鋭くなることを考えれば、自分の首を自分で絞めてると言えるでしょうね」


 ヌーベはこれを、自身の体を細長い紐上の物体に変化させ柔らかくなった地面の中に飛び込んでいく事で回避するが、その動きを読み切ったエスカッティ・バンピーロが地中を尖った氷柱で埋め無理やり引きずり出し、


「面白いタネではあったけど、はっきり言ってハズレ能力ね」


 空中に放り出されると同時に元の姿に戻ったヌーベを前にそう断言。

 側に控えている神器の箱マルコラーブに『目標を噛み砕け』と指令を出し、


「撃ち抜け!」

「!」


 それが自身の側へと迫ってくるより僅かに早く、ヌーベが攻勢に出る。

 これまでのように広範囲を包み込む類とは大きく異なる。

 レーザーのように細長くした雷に風、それに氷属性粒子を、エスカッティ・バンピーロの視界を埋めるように撃ちだしていき、


「愚かね。それとも、神器所有者と戦った経験がないゆえの愚行かしら?」


 彼女は嗤う。無意味であると。


 なぜならそう。全ての神器が持つ基本にして絶対的な力。


 『あらゆる能力を無効化する力』を忘れたかのような一手をヌーベは繰り出しており、ゆえに彼女は、迫る攻撃を脅威と認識しない。


 ヌーベの元へと進ませた神器の箱を退かせるような事もせず、自身から半径三十メートル以内に入った瞬間に甲高い音を立てながら砕ける未来を予知し、


「………………………………あぁあぁ!?」

 

 知ることになるのだ。自身の認識が誤っていたことを。


 それは数多の属性粒子を固めたレーザーが、能力無効化の射程圏内に入ってなおその姿を保っていたままであったゆえで、彼女は体中の至る所に穴を開けながら今宵の戦いにおいてはじめて悲鳴を上げ、


「ハズレ能力、か。むしろ大当たりだと思ってるんだけどな。僕は」


 この結果を予期していたヌーベは、迫る神器の脅威を紙一重で躱しながら、彼女がまだ気づいていなかった特性を思い浮かべそう断言した。

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


ガルゴネシア君から続くエスカッティ・バンピーロ包囲網は、本編初めで語られた通り佳境に突入。

前回の対抗戦の時から語られていたヌーベの神器がついに登場です。

その能力に関しては本編でエスカッティ・バンピーロが推測した通りなのですが、このスカーフの真価に彼女まだ気づいていません。

といってもそこまで複雑なものではなく、よく考えれば『あぁそうか』なんて思える程度のものですが


さて次回は佳境を超えクライマックス。両者ともに隠していた手札を提示していきます。


それではまた次回、ぜひご覧ください

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