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「うぉおおお!」
「すげー見たか?」
「アレって、もしかして……『黒百合の魔女姫』じゃね?」
「え?マジで?あれが?」
「じゃあ、あれが二神悠って人?」
「馬鹿!お前『様』か、最低でも『さん』をつけろ!殺されんぞ!?」
「え?聖母の様に優しいって聞いたけど?」
「本人が優しくても、どこかに闇の親衛隊がいてだな――」
「何それ!超怖い!?」
どれくらい固まっていたのかは分からないけど、何処からか聞こえる野次馬の声で、僕は魔法が解けたかのように動き出す。
「――っ!」
固まっていた弟のレオを見つめると、どこかばつが悪そうな顔で僕を見て、何かを喋ろうとするが、それを阻止する為にすぐに行動に移る。
「あ、姉う――」
「少し喋らないで」
「は、はひ」
僕は何か喋ろうとする弟の口を手で塞ぎ、更に睨んで黙らせる。
これ以上この場で迂闊な発言をして、他の誰かに話の内容を聞かれでもしたら、僕のここでの生活が終了してしまうからね。
ひとまず、ここから離れる許可を取ろうと悠様を見ると、悠様は喧嘩をしていた女生徒を抱えて、野次馬を飛び越えどこかに行ってしまった。
僕の姫君は本当にアクティブだよね。
それを見て後を追うか迷ったけど、三井さんの制止も振り切って行った事から、人に聞かせたくないような話でもあるのかもと予測する。
実際、今は僕も弟のレオをどうにかしなければならないし、これはこれで都合がいい。
「三井さん。申し訳ないけど、僕もここで失礼するよ」
「え?えっ!?葵君も?」
三井さんは僕より背の大きなレオを抱える僕に、少し驚いているようだけど、混乱している今がチャンスだ。
「じゃあ、また教室でね」
「あ、葵く〜〜ん!待って〜〜!」
勿論その声は聞こえているけど……ごめんなさい、今は待っている時間がないんです。
辺りを見渡しつつ気配を探りながら、人が居ない場所までレオを連れてくると、一先ずレオを開放する。
「あ、姉上!お久しぶりです!」
僕が解放したことで、もう喋っていいと思ったのか、レオは深々と頭を下げるけど、僕の方はこの姉弟の再会を素直に喜ぶことができない。
そうだな、まずは説教からだね。
「レオ、お姉ちゃんは悲しいよ?」
「え!?……な、なぜですか!?姉上!?」
「だって、レオが女の子に手を上げるなんて……僕はそんな事を教えたつもりはなかったんだけど?」
「いえ、これには深い理由がありまして……」
「男が言い訳なんて……カッコ悪いな」
僕が少し、残念そうな顔をしてレオンを見ると――
「っ!?すいませんでした!!」
――レオは、すぐさま自分の非を認めた。
やっぱり、レオは素直でいい子だ。
「うんうん。悪い事をしたら謝らないとね。でも、僕に謝るのではなくて、喧嘩していた女の子に謝ろうね。僕も一緒に付いて行ってあげるから安心してね」
僕はそう言いレオの頭を撫でる。
「あ、姉上。私もいい年なので……子供扱いは……その、止めて下さい」
レオは口では何か言っているけど、僕がレオの頭に手を伸ばすと、僕の手が頭に届く様に屈んで、素直に撫でられてくれる。
僕と違ってレオは、身長が185センチもあり、立った状態だと、どう頑張って手を伸ばしても、頭を撫でる事が出来ないからね。
弟とは、いくつになっても、どんなに大きくなっても可愛いものだ。
「って、そうじゃなかった!」
そう、弟を愛でるのに夢中になっていたが、その為に人気のない場所に移動したのではなかった。
僕がここに来たのは、なぜ実家に居る筈のレオがこのクアルトにいるのかを問わなければならなかったんだ。
「ごほん。それでなんでレオがクアルトにいるんだい?」
「それはですね。姉上がどうやらおかしな者の従者になったと聞いたので、目を覚まさせる為に馳せ参じた次第です」
それを聞いた瞬間、腰に携えいた剣を抜き、レオに突きつけながら質問する。
「え?僕が悠様の騎士になったのは確かだけど……なにがおかしいのかな?誰がおかしいのかな?答えによっては、弟であっても切り捨てないといけないよ?」
「……あ、あのですね……け、剣は下ろしていただけないでしょうか?」
「ははっ、それはレオの回答次第だよ?」
レオは冷や汗をかきながら両手を上げ、僕に対して敵意はないことを示そうとするけど、先ほどの発言は……残念ながら弟といえども看過できないよ。
悠様を愚弄する様な事を言うなんて、この愚弟は僕が送った手紙をしっかりと読んだのだろうか?
いや、きっと読んではいないのだろうな。
あの手紙を諳んじる事が出来るほど読めば、悠様の素晴らしさが十二分に伝わると思うのだけど……この愚弟をどうしてくれようか?
「それで、何がおかしいんだい?ほら、お姉ちゃんに言ってごらん?」
「…………」
「あれ?黙っていたら分からないよ?レオ?お姉ちゃんは難しい事は聞いてないよね?」
「……ち……」
「ん?『ち』がなんだい?」
「……ち、違うのです!こ、これは全て父上が言った事です!」
「へぇ……続けて」
「ち、父上がですね、姉上から送られた手紙にそう書いてあると言ったのです!」
「ふむ……なるほどね」
僕はそれを聞いて、レオに向けていた剣を下ろす。
なんだ、僕が早とちりしたのか。
「ふふっ。レオ、ごめんよ。お姉ちゃん、少し勘違いしていたみたいだよ」
「い、いえ。誤解を招くような発言した私にも非がありますので」
「そうだね……じゃあ、レオはお父様の言葉を鵜呑みしてしまったという事でいいのかい?」
「え、ええ。そうなりますね。私もおかしいと思っていたのです。姉上ほどの人が仕えようと思うのです。その方は素晴らしい方でない筈がありません!」
「ふふふっ。そうそう、そうでなくっちゃね。やっぱり僕の弟は理解が早いね!ふぅ~、良かったよ。流石に血の繋がった弟を剣の錆にはしたくなかったからね」
「え、ええ……誤解が解けてホッとしました。ええ……本当に良かった」
レオは胸に手を置いて、あからさまに安堵していた。
まぁ、確かに悠様の事を悪く言われたせいで、少しばかり僕も冷静さを失っていたかもしれないね。
そう、ほんの少しばかりね。
「じゃあ、レオはこれで確認も終わったよね?それなら、早くお父様に報告しに家にお戻りよ。ああ、それからお父様には『僕の手紙を隅々まで百回は読んで下さい』と伝えといてね。後『もし読まなかったら、親子の縁を切ります』とも伝えてくれると助かるよ」
「……あの、言い難いのですが……それが私も……」
「ん?」
「その、私も父上の命により、クアルトの学園に通う事になりました」
「え?」
どうやらお父様には、近況報告の手紙とは別に、絶縁状も出さなければならないようだね。




