幕間 金ヤギさんからお手紙が届いた
ここはとある国のある屋敷の執務室。
日本にある治外特区の街の、金ヤギさんからのお手紙が届く。
勿論、この国では読まずに食べる様な歌が無いので、その様な奇妙な文化も無いし、焼き肉のタレをつけて食べる人もいない。
きっと嬉々として紙をむしゃむしゃと食べるのは、日本でも給料を趣味に全部ツッコミ、セルフ貧困を経験した、あの年齢不詳で目の細い教員だけだろう。
その執務室の主は、その速達と判の押された手紙を、綺麗にペーパーナイフで封を切り、中身を取り出すと、一字一句読み逃さない様に読み始める。
金ヤギ――葵=フォン=アインスブルグからの手紙を読むのは、彼女の父であり、アインスブルグ家の現当主――アーデルベルト=フォン=アインスブルグである。
葵がクアルトに留学する時に、父であるアーデルベルトは手紙を書く事を義務づけた。
愛する娘に何かあってはならないと、心配で、心配で仕方が無かったからだ。
だが、そんな愛娘である葵から送られてきた手紙は、予想外で――そして、何よりも衝撃なものだった。
厳格な態度と口調を日頃から心掛けている、アインスブルグ家当主であるアーデルベルトも思わず「マジかぁ」と口走るほどの内容だった。
その内容は、以下の通りだ。
拝啓 春風の心地よい季節となりましたが、お変わりなくお過ごしでしょうか。
さて、この度は私のこちらでの生活について、いくつかお伝えしたい事があり筆を取った次第です。まず初めに、私はこちらで仕えるべき主を見つけた事を報告致します。
その我が主となられた方について、少しばかり話したいと思います。
我が主は、可憐で聡明であり、そして、少しお茶目な御仁です。
〜中略〜
保護者としてお世話になっている涼さんは、中々に面白い方です。
目が細いのですが、偶に開くのです。あっ、それは今はいいですね。
我が主がですね。
~中略~
と言う訳で、私は元気に生活しているのでご心配されないようお願い致します。
最後になりましたが、お父様も体の方はどうかご自愛下さい。
敬具
20XX年4月X日
葵=フォン=アインスブルグ
親愛なる父、アーデルベルト=フォン=アインスブルグへ
アーデルベルトは葵からの読み終えると、頭を抱えた。
数十分の現実逃避の末に、アーデルベルトはベルを鳴らし、この家の使用人の中の頂点で、家令であるランドルフを呼び出した。
ランドルフは主であるアーデルベルトと向かい合う。
アーデルベルトは手を顔の前で組み「これから戦争を始める」と言ってもおかしくないぐらいの面持ちだ。
そんな主を見ながらランドルフは考えを巡らせた。
正直に言えば、仕事が忙しいからなどの理由で、この呼び出しを断りたかった。
なぜなら、葵にまつわる事で面倒でない可能性なんて、これっぽっちも想像していなかったからだ。
(儂、戻って仕事がしたいのぉ)
ランドルフは決して、葵やこの家の人々を嫌いな訳ではない。
むしろ、家族の様に思っている。
家令として誇りを持ち、このアインスブルグ家に忠誠を誓っているし、家人を尊敬しているし、感謝もしている。
これまでも、何時如何なる事に対しても、持てる力を最大限発揮し、このアインスブルグ家を、家人を支えてきた。
だが、如何せんこの血族はなんと言うか、オブラートに包んでも『変人』と呼ばれる人種しかいないのだ。
この家の人間は、学問や、政治、商業、工業、芸術、武術、スポーツなど、各分野で名を残すほど優秀な家系である。
それと同時に、血がそうさせるのか、それとも家族の影響を受けるのか、それとも、もうそういう新人類なのか、変な性癖や性格をした人々ばかりなのだ。
それでも、今の家長であるアーデルベルトは、この家の中で比較的なマシな部類の人間だった……娘である、葵が生まれるまでは。
そう。事、娘の事となるとタガが外れてしまうのだ。
つまり、アーデルベルトは「親馬鹿(娘限定)」なのだ。
そんな彼に、本当に物理的に目に入れても痛くない、愛する娘からの手紙が届いたのだ。
これはもう厄介な事になるのは当然。いや、もはや必然である。
葵がクアルトへ留学する時も、家を割って戦争しかねない程大変だったが、アーデルベルトの深刻な表情である。
確実に厄介事となるだろう。
「さて、ランドルフ。お前を呼んだのは他でもない。我が娘についてだ」
「はぁ、左様で」
(まぁ、貴方ならそれ以外ないでしょう)
ランドルフは口と頭が違う生き物のように、考えている事と喋っている事は違った。
しかし、それを鋼の意思で表に出すことはない。
「うむ。それで、だ。まず、この手紙を読んでみろ」
「では、失礼して」
そう言いアーデルベルトから手紙を受け取り、ランドルフは目を通す。
それは、自分の仕えた主が如何に素晴らしいかが、何か宗教めいた……ではなく、恋する乙女フィルターでもかけられているかのような事が、言葉や表現を変え、延々と綴られていた。
つまり、書かれている内容を簡単に訳すとこうだ。
アインスブルグ家の長女である葵が、クアルトに居る姫?……なのかは分からないが、ある女性に惚れて、しかも、従者にしてもらったという内容だった。
(うわぁ〜。儂この件に関わりたくないわい)
ランドルフは読み終わると、勿論その感情を顔に一切出すことなく重々しく頷いた。
「どうだ?」
ランドルフは「どうだ?」と言われても、正直に言えば「戻って仕事をしたい」そんな一心だった。
しかし、家令としてそれが許されないのは分かっている。
分かっているので、この場合の上手いやり方を、これまでにない速度で頭を高速回転させて、ある答えを弾き出した。
「では、ここは葵様の弟君である、レオンハルト様をクアルトに送られては如何でしょうか?」
「ふむ、レオンハルトか……なるほど。レオンハルトか、ふむ。確かに、あやつなら、あるいは……」
そう言い、考え出したアーデルベルトを見て、ランドルフは困った主に見えない様にそっと息を吐く。
(良かったわい。これで仕事に戻れるわい)
そんなランドルフの考えを知らずに、アーデルベルトは結論を出した。
「ランドルフよ。レオンハルトを連れて来い」
「かしこまりました」
ランドルフはニコリと笑い頭を下げた。
きっと、この表情こそがランドルフの心を映し出したものなのだろう。
数分して、アーデルベルトの執務室の扉を叩く音がする。
「入れ」
「はい、失礼します」
その声と共に扉から入ってきたのは、ランドルフ。
そして、身長は185センチあり、金色の髪、青の瞳、精悍な顔立ちではあるがどこか、優しくも見える。
そんな誰もが認める威丈夫が入室した。
すると、挨拶も無く――いや、挨拶する時間も惜しいと言わんばかりに、アーデルベルトは威丈夫に語りかける。
「レオンハルト。他でもないお前の姉である葵からの手紙だ。まず読んでみなさい」
「はっ、父上」
レオンハルトは父であるアーデルベルトに返事をし、まるで我が子を抱く様に、慈愛に満ちた表情で、手紙を受け取り読み始める。
すると、読み進めて行くうちに、慈愛に満ちていた筈のレオンハルトの表情が変わり、手紙を持つ手が震え出す。
「ち、父上……これは、ま、誠に我が姉上からの手紙なのですか?」
「そうだ。これでお前にも今の深刻な状況が伝わったか?」
「……はい」
アーデルベルトの言葉に重々しく、いや、沈痛な表情で頷く。
「ならば、みなまで言うまい。ここで誰かを送らねば、取り返しのつかぬ事になるやもしれぬ。しかし、我が忌々しい父、そして、我が愛しの葵との約束により、私の息のかかった使用人を送る訳にもいかない……この意味が分かるな?」
アーデルベルトは言葉を切り、ちらりとレオンハルトを見る。
「はい。では、私が参りましょう。それならば、約束を違える訳ではないので、問題はないでしょう」
「おお!流石、我が息子だ!」
「ええ。姉上を思う気持ちは、父上にも勝っていると、自負していますので」
レオンハルトは胸を張り、堂々と父であるアーデルベルトに答える。
ここで話がまとまり、会話が終わると思われたが、そうは問屋が卸さないのがアインスブルグ家である。
「……待ちなさい。父である私の娘を思う気持ちが、高が葵の弟如きである、お前――いや、貴様に負けているだと?そう申すのか?」
「父上こそ、何をおっしゃられる。その様な当たり前な事を。姉を思う気持ちが、高が親如きに負ける筈がありますまい?」
「ふむ。どうやら、貴様にはまだ教育が足りないらしいな?」
「はっはっはっ!父上こそ、その御年で耄碌されたのでは?」
「「…………」」
互いに睨み合う。
そして――
「表に出ろ!バカ息子!父の偉大さを身に刻むがいい!!」
「いいだろう!受けて立つぜ!このクソ親父がぁぁああ!!姉弟の絆、今ここで見せてやろう!」
そして、戦いの火蓋は切って落とされた。
ランドルフはその光景を見ながら顔に手を当てて、唸る。
(儂、もう戻って仕事していいかのぉ?)
最後に、もうお分かりかもしれないが、敢えて言葉にして伝えよう。
レオンハルト=フォン=アインスブルグは『シスコン』である。
しかも、重度の『シスコン』ある、と。




