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薔薇や百合ではありません  作者: 小林 あきら
第一章 薔薇や百合ではありません
24/48

4-4


 次の日。

 僕は眠い目を擦りながら寮の食堂に行くと、涼さんが食堂を守る様に扉を背に立っていた。

 その脇には寮生が、見るも無残な姿で積み上げられている。


 おかしいな?いつから僕らの寮は世紀末に突入したのかな?

 僕が寝ている間に世界が荒廃したのかな?

 いや、昨日あれだけ夜更かしして、例のサイトを見ていたので、もしかしたら、まだ夢の可能性も否定できない。


「おはよう、葵君」

「あっ、はい。おはようございます」

「一つ質問をしよう。嘘偽りなく答えなければ、俺の後ろに積み上げられた躯の仲間入りする事になるから、心して答える様に」

「え、ええ」


 なにやら昨日までのちゃらんぽらんな涼さんの雰囲気とは違い、とても嫌な感じのものがチクチク刺さる感覚だ。

 どうしたのだろう?


「俺のプリン食ったのは……お前か?」

「え?」


 その質問をされた時、先程までのチクチクが変質し、重い圧迫する様なものに変わった。

 先程までの眠気は一気に吹き飛び、戦闘態勢を取ろうとするが、体が自分の言う事を聞かないし、手は震えるし、額から汗が流れる。


「葵君、お前か?」

「ち、違います」


 再び訳の分からない質問に、なんとか否定の言葉を口にした。

 すると、先程までの圧力が無くなり、僕は床に座り込んだ。


「……どうやら、嘘ではなさそうだな。そうか、すまなかったな。俺のプリンを食った奴を探していたんだが、なかなか見つからなくてな」


 そうか、プリンか。

 一瞬くだらないとは思ったが、事プリンに対しては、確かに僕も思うところがある。

 楽しみにしていたプリンを食べられるのを、想像しただけで身を引き裂かれるような痛みが胸を貫く。

 他の甘い物ならまだしも、プリンはダメだよね。


 つまり屍の様に倒れている彼らは、プリンを食べたかも知れない容疑者でいいのかな?


「どいつもこいつも俺が質問する度に襲いかかってきたから、返り討ちにしたんだ」


 僕の表情から読み取ったのか、涼さんは僕が聞きたい事を答えてくれた。


 まぁ、あの殺気と呼んでもいいモノをぶつけられたら、大抵の人は殺される前になんとかしたくなるだろうね。

 というか、僕は動けなかったけど、他の寮生達は襲いかかる所までいけた様だ。

 骸を曝してはいるが、それはそれで凄いのかもしれない。


「そうですか……プリンの恨みを晴らして下さいね!」

「おう!」


 僕は涼さんにエールを送り、涼さんは軽く手を上げ答える。

 その背中からは『何が何でもプリンの恨みは果たす』と語っている。

 ただ願わくは、プリンを食べた寮生が死なない事を祈るばかりだ。


 僕は食堂に入って、朝ご飯を急いで食べて、急いで学園へと向かった。




 涼さんのプリン失踪事件のせいで、ギリギリの登園となってしまった。


「ああ、悠さん。おはよう」

「おはよう、葵君」


 悠さんに挨拶をする。

 昨日の『姫と騎士』を読んだおかげか、考え方が少し変わり、悠さんの事を主と見立てれば、笑顔を向けられても、名前を呼ばれても大丈夫だ。


 たぶん顔も赤くなっていないし、少しドキドキするだけだ。

 このドキドキはきっと綺麗なものを見た時の感動なのだろう。

 心の目で見れば問題ないだろう。

 僕にその目があるかは別としてだけどね。


「いや、今日は涼さんに捕まっちゃって、危うく遅刻する所だったよ……」


 なんて言いながら、ゆっくりと悠さんの隣の自分の席に座る。


「え?あれ?席に着かなくていいの?」


 不思議そうにこちらを見つめる悠さん。

 できれば、あまり見つめないで欲しい。

 色々と心の中で言い訳はしているけど、やっぱり少しドキドキするんだよね。


「え?ああ、そうか。悠さんは昨日ずっと医務室にいたからね。僕の席は悠さんの隣になったんだよ?」

「おうふ」


 僕の言葉を聞いて、悠さんは乙女らしからぬ声を出して机に突っ伏した。


「ど、どうしたの?やっぱりまだ調子が悪いの?」


 僕は慌てて悠さんの顔を覗き込む。

 あんな声を出すなんて、昨日の今日で、体調が万全じゃないのかもしれない。


「!?」


 悠さんは目を大きく開けて僕を見つめる。

 その瞳は夜の闇を凝縮したかのように黒く、吸い込まれそうなぐらい綺麗だ。

 頬を少し赤く染め、顔も可愛いや美人というだけでなく、どことなく色気の様な物も感じる。

 この人なら、女であろうと、男であろうと関係な……


「うわっ!?」


 悠さんは慌てて僕との距離を置く。

 先程変な思考に囚われかけたが、そんな事より、こんな反応されると少しショックだった。

 でも、よく考えてみたら、今の僕は男の恰好で、男に急に顔を近づけられたら、慌てて飛び退くなんて、当たり前の事だった。


「ああ、ごめん。女性に対して失礼だったね」


 ショックだったが、申し訳ない気持の方が勝ったので、悠さんに素直に謝る。


「う、ううん。大丈夫」


 悠さんも笑顔で応えてくれた。

 その笑顔に胸の鼓動が速くなるのを感じる。

 それを自分の席で心を落ち着かせながら、ホームルームが始まるのを大人しく待った。




 しばらくすると鐘が鳴り、涼さんが現れる。


「おう、お前らおはようさん!出席を取るぞ〜。朝倉!」

「あっ、ふぁい!」


 涼さんの出欠確認は唐突だったのか、朝倉君が変な声で返事していた。


「え〜……今日は役員を決めるか?というか、昨日は俺の話が長過ぎて、決まらなかったしなぁ」


 涼さんはこう言っているが、僕と悠さんと三井さんが抜けたせいで決まらなかったのを、自分のせいにしてくれたのだろう。


「じゃあ、クラス委員は……悠と葵君な」


 と、思っていた時期が僕にもありました。

 でも、どうやら僕の読みは外れたようだ。


「え?」

「ちょっ!?」


 涼さんのいきなりの決定に反射的に立ち上がる。

 隣に座る悠さんもその事を聞いていないらしく、僕と同じ反応だった。


「おっ!息もぴったりだな!これなら大丈夫だな」

「ちょっと待って下さい!」


 悠さんは涼さんの言葉に反論する。

 いきなり自分の与り知らぬ所で、この様な事を決められたのだ。

 これは当然の反応だろう。


「ん?どうした?」

「なぜ、私と葵君なのでしょうか?」

「え?」

「え?」


 悠さんの反論はもっともな気がするが、涼さんにとってはどうも違うらしい。

 悠さんもまさか『え?』と返されるとは思っていなかったらしく、微妙な空気が漂う。


「いや、そんな事言われても……昨日散々話し合ったしなぁ……今もう一回話しても変わらんと思うぞ?」

「え?」


 どうやら、僕と三井さんが悠さんを医務室に運んでいる際に、決められたようだ。

 悠さんは辺りを見渡し、少し考えてから返事を返す。


「くっ……分かりました……引き受けます」

「葵君もいいか?」

「……え、ええ」


 僕も渋々ながら頷く。

 本当はこういう役はやりたくはないが仕方がない。


「じゃあ、後はよろしく」


 涼さんはニヤニヤしながら僕達に教卓を譲り、椅子に座り書類に目を通し始めた。


「じゃあ、葵君行きましょうか?」

「そう……だね……」


 正直転校したての学園で、クラス委員なんて不安しかないが、悠さんは僕を安心させうるように笑みを浮かべた。


「大丈夫。葵君は転入したばかりだから、役割がどんなのか分からないでしょう?板書の方をお願い」

「そう?ごめんね」

「ふふふ、気にしないで。それを分かっていて選んだのは、あの目の細いアラサーだから」

「ふふ、聞こえちゃうよ?」

「大丈夫よ。あの人これくらいじゃ、怒らないわ」


 申し訳なく思う僕に、悠さんは冗談を口にして教卓の前に立つ。

 目が本気だった様に感じたけど、きっと、僕の緊張を和らげようとしてくれているのだろう。

 本来ならこういう時は、仮の性別が男となっている僕が、悠さんを気遣う場面だったかもしれないのに。

 紳士としては、まだまだのようだ。


「え〜……私をクラス委員に選んだからには、皆さんは私に絶対服従です。異議や反論は全て却下します」


 この人は頼りになるなぁと思いながら、チョークを握り役割を書いていた僕の耳に、独裁宣言が飛び込んでくる。


「え?」


 思わず振り返って悠さんを見るが、彼女はとても美しい笑顔で言葉を続けた。


「では、これからこのクラスの役割を決めていきます。皆さんも協力をお願いします」


 悠さんは『協力をお願いします』なんて言っているが、ちっともお願いする気なんてない、そんな表情と声に、なぜだかちょっと興奮している自分もいた。


 どうやら、僕の症状は確実に悪化しているようだ。




「これで決まったね」


 役割決めは誰からも反論は出ず、恙無く進んだ。

 そりゃそうだよね。

 今や彼女に反抗しようという、気概のある者はこのクラスにはいないだろうね。

 それほど先程の悠さんの笑顔は怖かったし、従わなければどうなるか分からなかったからね。


「先生終わりました」

「一瞬だったな」

「ええ、皆、協力的で助かりました」


 悠さんのにこやかな笑みに、涼さんは肩を竦める。

 隣で見ていた僕も少しだけ苦笑いを浮かべる。


「じゃあ、暇になったし、席替えするか?」

「え?」

「いや、だってお前ら去年も同じクラスだったし、出席番号順ってつまらんだろ?」


 その言葉にクラスメイトは、先程までのお通夜みたいな状態から、解放されたかのように喋り出す。


「おおーー!!」

「分かってるぅぅうう!」

「ひゃっはー!ひゃっはー!」

「流石先生!」

「まぁな!もっと褒めてもいいぞ?」


 涼さんはクラスメイトの言葉に両手を広げて、まるで劇団の主演を務め、舞台に成功した人の様に誇らしい顔で頷く。

 苦笑を浮かべる悠さんに、涼さんが何かを手渡した。


「はい、これな?」


 どうやらそれはクジらしく、涼さんは事前に準備をしていたらしい。


「…………」


 悠さんはなんとも言えない顔をした後、皆の方を向いた。


「では、これより席替えを行います。クジを取ったら次の人に回して下さい」




 そして、運命のクジの結果……僕は右の後ろ端の隣の席となった。

 さっきの席だと僕の症状が進行しかねないと危惧していたが、これなら大丈夫……ではなかった。

 なぜなら、僕の隣には――


「よろしく、悠さん」


 そう、悠さんだった。

 神がこの世にいるのなら、何が何でも僕を変態騎士か、美術品をこよなく愛する変態にしたいらしいね。


 どちらを選んでも、やはり最終的には変態にしたいらしい。

 お父様、お母様。神を呪いそうになる僕をどうか許して下さい。


「よ、よろしくね」


 覇気のない声を出す悠さんは、そのまま机に顔を埋めしばらく起き上がることはなかった。


 でも、不貞腐れ弱っている悠さんを見て、僕は少しだけ可愛いなと思ってしまった。





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