4-4
次の日。
僕は眠い目を擦りながら寮の食堂に行くと、涼さんが食堂を守る様に扉を背に立っていた。
その脇には寮生が、見るも無残な姿で積み上げられている。
おかしいな?いつから僕らの寮は世紀末に突入したのかな?
僕が寝ている間に世界が荒廃したのかな?
いや、昨日あれだけ夜更かしして、例のサイトを見ていたので、もしかしたら、まだ夢の可能性も否定できない。
「おはよう、葵君」
「あっ、はい。おはようございます」
「一つ質問をしよう。嘘偽りなく答えなければ、俺の後ろに積み上げられた躯の仲間入りする事になるから、心して答える様に」
「え、ええ」
なにやら昨日までのちゃらんぽらんな涼さんの雰囲気とは違い、とても嫌な感じのものがチクチク刺さる感覚だ。
どうしたのだろう?
「俺のプリン食ったのは……お前か?」
「え?」
その質問をされた時、先程までのチクチクが変質し、重い圧迫する様なものに変わった。
先程までの眠気は一気に吹き飛び、戦闘態勢を取ろうとするが、体が自分の言う事を聞かないし、手は震えるし、額から汗が流れる。
「葵君、お前か?」
「ち、違います」
再び訳の分からない質問に、なんとか否定の言葉を口にした。
すると、先程までの圧力が無くなり、僕は床に座り込んだ。
「……どうやら、嘘ではなさそうだな。そうか、すまなかったな。俺のプリンを食った奴を探していたんだが、なかなか見つからなくてな」
そうか、プリンか。
一瞬くだらないとは思ったが、事プリンに対しては、確かに僕も思うところがある。
楽しみにしていたプリンを食べられるのを、想像しただけで身を引き裂かれるような痛みが胸を貫く。
他の甘い物ならまだしも、プリンはダメだよね。
つまり屍の様に倒れている彼らは、プリンを食べたかも知れない容疑者でいいのかな?
「どいつもこいつも俺が質問する度に襲いかかってきたから、返り討ちにしたんだ」
僕の表情から読み取ったのか、涼さんは僕が聞きたい事を答えてくれた。
まぁ、あの殺気と呼んでもいいモノをぶつけられたら、大抵の人は殺される前になんとかしたくなるだろうね。
というか、僕は動けなかったけど、他の寮生達は襲いかかる所までいけた様だ。
骸を曝してはいるが、それはそれで凄いのかもしれない。
「そうですか……プリンの恨みを晴らして下さいね!」
「おう!」
僕は涼さんにエールを送り、涼さんは軽く手を上げ答える。
その背中からは『何が何でもプリンの恨みは果たす』と語っている。
ただ願わくは、プリンを食べた寮生が死なない事を祈るばかりだ。
僕は食堂に入って、朝ご飯を急いで食べて、急いで学園へと向かった。
涼さんのプリン失踪事件のせいで、ギリギリの登園となってしまった。
「ああ、悠さん。おはよう」
「おはよう、葵君」
悠さんに挨拶をする。
昨日の『姫と騎士』を読んだおかげか、考え方が少し変わり、悠さんの事を主と見立てれば、笑顔を向けられても、名前を呼ばれても大丈夫だ。
たぶん顔も赤くなっていないし、少しドキドキするだけだ。
このドキドキはきっと綺麗なものを見た時の感動なのだろう。
心の目で見れば問題ないだろう。
僕にその目があるかは別としてだけどね。
「いや、今日は涼さんに捕まっちゃって、危うく遅刻する所だったよ……」
なんて言いながら、ゆっくりと悠さんの隣の自分の席に座る。
「え?あれ?席に着かなくていいの?」
不思議そうにこちらを見つめる悠さん。
できれば、あまり見つめないで欲しい。
色々と心の中で言い訳はしているけど、やっぱり少しドキドキするんだよね。
「え?ああ、そうか。悠さんは昨日ずっと医務室にいたからね。僕の席は悠さんの隣になったんだよ?」
「おうふ」
僕の言葉を聞いて、悠さんは乙女らしからぬ声を出して机に突っ伏した。
「ど、どうしたの?やっぱりまだ調子が悪いの?」
僕は慌てて悠さんの顔を覗き込む。
あんな声を出すなんて、昨日の今日で、体調が万全じゃないのかもしれない。
「!?」
悠さんは目を大きく開けて僕を見つめる。
その瞳は夜の闇を凝縮したかのように黒く、吸い込まれそうなぐらい綺麗だ。
頬を少し赤く染め、顔も可愛いや美人というだけでなく、どことなく色気の様な物も感じる。
この人なら、女であろうと、男であろうと関係な……
「うわっ!?」
悠さんは慌てて僕との距離を置く。
先程変な思考に囚われかけたが、そんな事より、こんな反応されると少しショックだった。
でも、よく考えてみたら、今の僕は男の恰好で、男に急に顔を近づけられたら、慌てて飛び退くなんて、当たり前の事だった。
「ああ、ごめん。女性に対して失礼だったね」
ショックだったが、申し訳ない気持の方が勝ったので、悠さんに素直に謝る。
「う、ううん。大丈夫」
悠さんも笑顔で応えてくれた。
その笑顔に胸の鼓動が速くなるのを感じる。
それを自分の席で心を落ち着かせながら、ホームルームが始まるのを大人しく待った。
しばらくすると鐘が鳴り、涼さんが現れる。
「おう、お前らおはようさん!出席を取るぞ〜。朝倉!」
「あっ、ふぁい!」
涼さんの出欠確認は唐突だったのか、朝倉君が変な声で返事していた。
「え〜……今日は役員を決めるか?というか、昨日は俺の話が長過ぎて、決まらなかったしなぁ」
涼さんはこう言っているが、僕と悠さんと三井さんが抜けたせいで決まらなかったのを、自分のせいにしてくれたのだろう。
「じゃあ、クラス委員は……悠と葵君な」
と、思っていた時期が僕にもありました。
でも、どうやら僕の読みは外れたようだ。
「え?」
「ちょっ!?」
涼さんのいきなりの決定に反射的に立ち上がる。
隣に座る悠さんもその事を聞いていないらしく、僕と同じ反応だった。
「おっ!息もぴったりだな!これなら大丈夫だな」
「ちょっと待って下さい!」
悠さんは涼さんの言葉に反論する。
いきなり自分の与り知らぬ所で、この様な事を決められたのだ。
これは当然の反応だろう。
「ん?どうした?」
「なぜ、私と葵君なのでしょうか?」
「え?」
「え?」
悠さんの反論はもっともな気がするが、涼さんにとってはどうも違うらしい。
悠さんもまさか『え?』と返されるとは思っていなかったらしく、微妙な空気が漂う。
「いや、そんな事言われても……昨日散々話し合ったしなぁ……今もう一回話しても変わらんと思うぞ?」
「え?」
どうやら、僕と三井さんが悠さんを医務室に運んでいる際に、決められたようだ。
悠さんは辺りを見渡し、少し考えてから返事を返す。
「くっ……分かりました……引き受けます」
「葵君もいいか?」
「……え、ええ」
僕も渋々ながら頷く。
本当はこういう役はやりたくはないが仕方がない。
「じゃあ、後はよろしく」
涼さんはニヤニヤしながら僕達に教卓を譲り、椅子に座り書類に目を通し始めた。
「じゃあ、葵君行きましょうか?」
「そう……だね……」
正直転校したての学園で、クラス委員なんて不安しかないが、悠さんは僕を安心させうるように笑みを浮かべた。
「大丈夫。葵君は転入したばかりだから、役割がどんなのか分からないでしょう?板書の方をお願い」
「そう?ごめんね」
「ふふふ、気にしないで。それを分かっていて選んだのは、あの目の細いアラサーだから」
「ふふ、聞こえちゃうよ?」
「大丈夫よ。あの人これくらいじゃ、怒らないわ」
申し訳なく思う僕に、悠さんは冗談を口にして教卓の前に立つ。
目が本気だった様に感じたけど、きっと、僕の緊張を和らげようとしてくれているのだろう。
本来ならこういう時は、仮の性別が男となっている僕が、悠さんを気遣う場面だったかもしれないのに。
紳士としては、まだまだのようだ。
「え〜……私をクラス委員に選んだからには、皆さんは私に絶対服従です。異議や反論は全て却下します」
この人は頼りになるなぁと思いながら、チョークを握り役割を書いていた僕の耳に、独裁宣言が飛び込んでくる。
「え?」
思わず振り返って悠さんを見るが、彼女はとても美しい笑顔で言葉を続けた。
「では、これからこのクラスの役割を決めていきます。皆さんも協力をお願いします」
悠さんは『協力をお願いします』なんて言っているが、ちっともお願いする気なんてない、そんな表情と声に、なぜだかちょっと興奮している自分もいた。
どうやら、僕の症状は確実に悪化しているようだ。
「これで決まったね」
役割決めは誰からも反論は出ず、恙無く進んだ。
そりゃそうだよね。
今や彼女に反抗しようという、気概のある者はこのクラスにはいないだろうね。
それほど先程の悠さんの笑顔は怖かったし、従わなければどうなるか分からなかったからね。
「先生終わりました」
「一瞬だったな」
「ええ、皆、協力的で助かりました」
悠さんのにこやかな笑みに、涼さんは肩を竦める。
隣で見ていた僕も少しだけ苦笑いを浮かべる。
「じゃあ、暇になったし、席替えするか?」
「え?」
「いや、だってお前ら去年も同じクラスだったし、出席番号順ってつまらんだろ?」
その言葉にクラスメイトは、先程までのお通夜みたいな状態から、解放されたかのように喋り出す。
「おおーー!!」
「分かってるぅぅうう!」
「ひゃっはー!ひゃっはー!」
「流石先生!」
「まぁな!もっと褒めてもいいぞ?」
涼さんはクラスメイトの言葉に両手を広げて、まるで劇団の主演を務め、舞台に成功した人の様に誇らしい顔で頷く。
苦笑を浮かべる悠さんに、涼さんが何かを手渡した。
「はい、これな?」
どうやらそれはクジらしく、涼さんは事前に準備をしていたらしい。
「…………」
悠さんはなんとも言えない顔をした後、皆の方を向いた。
「では、これより席替えを行います。クジを取ったら次の人に回して下さい」
そして、運命のクジの結果……僕は右の後ろ端の隣の席となった。
さっきの席だと僕の症状が進行しかねないと危惧していたが、これなら大丈夫……ではなかった。
なぜなら、僕の隣には――
「よろしく、悠さん」
そう、悠さんだった。
神がこの世にいるのなら、何が何でも僕を変態騎士か、美術品をこよなく愛する変態にしたいらしいね。
どちらを選んでも、やはり最終的には変態にしたいらしい。
お父様、お母様。神を呪いそうになる僕をどうか許して下さい。
「よ、よろしくね」
覇気のない声を出す悠さんは、そのまま机に顔を埋めしばらく起き上がることはなかった。
でも、不貞腐れ弱っている悠さんを見て、僕は少しだけ可愛いなと思ってしまった。




