4-3
「よう、転校生!」
「ああ。え〜っと……田中君、ですよね?」
「おう。覚えてたようだな」
昼休みになって、お昼を食べに食堂に向かうと同じ寮の田中君に遭遇した。
「せっかくだし、一緒に食うか?」
「そうですね。まだ、一人じゃ心細かったんですよ」
「まぁ、昨日の今日じゃ、そうだろうな」
食堂で日替わり定食を注文して、空いている席を見つけて座り、二人でご飯を食べる。
「それでな、この学園には可愛い子がいっぱいいるんだよ。その中でもこの学園には『二つ名』を持つ子が可愛いって相場が決まっていてだな。更に、その中でも――」
田中君はおしゃべりが大好きな様で、席について昼ご飯を食べ始めると、食べるのもそこそこに、色々と話を聞かせてくれた。
その為、僕はほとんど聞き役に回っていた。
昨日の歓迎会の時も話したけど、彼は物知りでここ『クアルト』の事を色々教えてくれる。
それに関しては非常にありがたいのだけど、正直誰々が可愛いとかエロいと言われても、僕は女なので、なんとも言えないのだ。
すると、田中君は話の途中に何かに気付いたのか、大きな声を上げる。
「おや、そこにいるのは姫じゃないですか?」
その声の先にいたのは、トレイを持った悠さんと三井さんだった。
こちらの声が聞こえないのか、別の方向を向いている。
「姫〜!ひ〜め〜!」
田中君は意地でも彼女達を振り向かせたいのか、呼ぶ声がどんどん大きくなっていく。
学食にいる他の生徒も、なにやら彼女達に視線を送っている。
「姫様ぁ〜……聞こえておられないのですか〜」
さっきから“姫”“姫”と呼んでいたのが気になったので、田中君に聞いてみる。
「ん?姫ってなんです?」
僕の質問に田中君は驚いて、こちらを見る。
「え?お前知らないの?」
「いや、僕は昨日ここに引っ越してきたんですよ?」
「ああ、そうだったな。だが、お前も男なら可愛い子ぐらいチェックしとけよ。いいか?姫って言うの――ぐはぁっ」
僕との会話中にいきなり、田中君が吹き飛んだ。
訳も分からず目を白黒させていると、素敵な笑顔の悠さんが、いつの間にか直ぐ近くにいた。
「こんにちは、先日はどうも」
「あ、ああ。こんにちは」
動揺したが、何とか挨拶だけは返せた。
僕の目には、悠さんが田中君を殴り飛ばしたように見えたけど、きっと見間違いかなにかだろう。
彼女の様な可憐な女性が、男子生徒を殴り飛ばす事は出来ないよね?
やはり、昨日の今日で疲れているのかもしれない。
「それと、私が貧血で倒れた時、運んで頂いた様で、重ねてお礼を。ありがとうございます」
悠さんは深々と頭を下げる。
その所作はまるで物語の姫や貴族の様で、とても綺麗で、優雅だった。
そのうえ、その言葉からか、下げられた格好からなのか、本当に感謝している事が伝わってきた。
「い、いや。気にしなくていいよ。どうか、頭を上げて。僕は自分の騎士道を貫いただけだから」
仮にも貴族の『フォン』を名乗る僕の方が慌てて、ちょっと挙動不審になりながらも、頭を上げてもらった。
体が勝手に動いて、結果的に助けたので、そこまでされると焦ってしまう。
「……そうですか?」
畏まって聞いてくる悠さんに、僕は頬を掻き、困りながらも笑顔を向ける。
すると、悠さんは少し頬を染めて話を逸らした。
テレ屋さんなのかな?と思いつつも、そんな彼女を同じ女性ながらも可愛いと思ってしまう。
「そ、それで、なぜ葵君がそこの生ゴミみたいな人と食事を?」
「くっ……」
あれ?おかしいな?名前を呼ばれただけなのに、ドキドキしてきた。
顔に出ないといいのだけれど、どうも昨日から調子がよくない。
それより、今何かおかしな単語が聞こえた様な?
「ん?生ゴミ?」
「失礼、まだ調子が悪い様です。え〜そこの、え〜やま、やま……」
僕が聞き返すと、悠さんはまだ本調子じゃないらしい。
それならしょうがな……しょうがないのかな?
いやでも、言い間違いは誰にでもあるし、しょうがないよね。
「ん?ああ、田中君か?彼は僕と同じ寮なんだ」
名前が出てこない様なので、彼の名前を告げ理由を説明する。
「そうだったんですね……ご愁傷さまです」
すると、悠さんはとても可哀相な物を見る目というか、心底同情した瞳で僕を見た。
「はははっ。彼は気さくで良い人だよ?」
「ふふふ」
僕が彼のフォローをすると悠さんは『ふふふ』と笑うだけで何も言わなかった。
本当は言いたい事があるのだろうけど、それを呑みこんで僕を立ててくれたのだろう。
こういう女の人は凄いと思う。
同じ女であるが、僕と違って話の分かる良い女って言うのだろうか?
日本人ならでは謙虚さというものなのかな?
「ああ、そうだ。席を探していたようだし、良かったら僕達と……」
と言いかけて、三井さんの姿が目に入った。
僕達の方を向き、どこか寂しそうに見える彼女から、これ以上悠さんを取り上げるのは申し訳ない。
「……いや、ははは、なんでもないよ」
僕はとりあえず笑って、途中で言葉を呑みこんだ。
「???」
何の事か分からず首を傾げる悠さんに、彼女の後ろを指差す。
「あっちで三井さんが君を待っているよ?行ってあげなよ」
これ以上僕が悠さんを独占したら、本格的に三井さんに嫌われかねないしね。
「ああ、そうでした。では、失礼しますね」
「うん。あっ、それと敬語はない方が嬉しいかな。またね。悠さん」
日本の敬語は相手を敬うものだけど、少し距離を感じてしまうからね。
「うっ!……ええ、またね。葵君」
悠さんは頭を下げて顔が見えない様に離れていった。
正直助かったと思ってしまう。
きっと僕の顔は赤くなっているだろう。
僕はそれを隠すように、顔に手を置き考える。
笑顔を向けられて、名前を呼ばれただけで顔が赤くなる。
たったあれだけの会話で、どうにも心が乱される。
この状況は、あの変態騎士のエッセイそのままだ。
これは本格的にマズイかもしれない。
このままでは、僕もあの変態の様になってしまうのだろうか?
それだけは避けたいが……二神悠、彼女には極力関わらない様にすべきなのだろうか?
でもそれじゃあ、避けているようで感じが悪い気もするし……どうしたいいのだろう?
「ふぅ……とりあえず、倒れた田中君をなんとかするのが先かな?」
考えても埒が明かないので、とりあえず先送りにする事にした。
今は田中君の安否を確認する事から始めよう。
その後、田中君を医務室に運びこもうとしたら、どうも悠さんが再び戻ってきているので、彼には自力で体調を直してもらう事にした。
残念ながら、レディーファーストだよ、田中君。
午後の授業も終わり足早に寮へと戻る。
僕は早速パソコンの電源を入れて『姫と騎士』を検索する。
そして、やけに凝ったロゴのホームページを見つけてクリックする。
本来ならもうこのページに来ることはないと思っていたが、僕の症状が悪化しているので、背に腹は代えられない。
このサイトを作った人の言葉を全て信じる訳ではないけど、今後の事を考えると、前回は流し読み程度であったけど、もう一度しっかりと読んでおくべきだと思ったのだ。
「え〜っと、あった。初期症状は……症状って、この人自分がおかしいって事には気付いているんだな」
僕は一人でツッコミながら初期症状の欄を見る。
一つ、相手を見た瞬間に胸の痛みがある、または、ときめいた。
一つ、その人の事が頭から離れない。忘れられない。
一つ、名前を呼ばれる度に、笑顔を見る度に、胸が締め付けられ、頬が赤くなる。
一つ、意識していないのに、なぜか目でその人を追ってしまう。
一つ、その人と会話をする、または、触れあう事に喜びを覚える。
「これは……やっぱり……確定なのかな?」
しかし、これは少女漫画と呼ばれる物で学んだ、恋愛においても同様の事がある。
もしこれが恋愛であるのなら、恋であるのなら……それは。
「でも、僕は女の子が好きな人ではない……筈なんだ」
別に女の子が女の子を好きになったりすることを、否定するつもりはないが、僕は男の人が好き……な筈だ。
なぜか僕と話す男子学生は転校だったり、急に余所余所しくなったり、色々と機会が訪れなくて、恋と言うモノを今迄したことないけど、僕はノーマルの筈だ。
実際、恋物語に憧れもあるし、自分もしてみたいと思っている。
昨日も勘違いや気のせいだと結論を出した筈だった。
その筈だったが、今日の様に悠さんとの再びの接触で思うところはある。
少し自信が無くなってきてしまったのだ。
「いや、まだ諦めるのは早計だ」
パソコンに向かい合い、もう一度検索していく。
どれくらい経ったか分からないが、興味深いものを発見した。
「なるほど……美術品や芸術品を見た時に感じる興奮か……」
例えば、彫刻。『ミロのヴィーナス』という彫刻。
アレはただの女性の裸の像だけではなく、黄金比とも言える女性の美しさを形にしたもので、それ自体が美しいのだ。
例えば、絵画。『白貂を抱く貴婦人』という絵画。
これは絵に描かれている女性が美しいかは別として、描かれている技法などせいか、目にした瞬間、美しいと思ってしまう様な感動がそこにある。
他にもこのクアルトの外壁は立派だった。
お城も素晴らしかった。
建造物としても、美術品とみても美しいと感じた。
つまり、こういうものに感動する気持ちを、悠さんにも向けてしまい、彼女の事を芸術品の様に美しいと思ってしまったのだろうか?
だとすると、僕は女の子が好きな人ではないのだけれど……
「……美術品や芸術品に興奮する変態じゃないか」
僕は再び頭を抱えた。
これは『姫と騎士』の著者と同じぐらい変態なのではないだろうか?
いや、彼の著者は主への愛だった。
相手は人で、しかも異性だ。
主従関係を抜きにすると、ただ変わった性癖の人だ。
まぁ、人はそれを変態と呼ぶのだけれど……
それに引き換え、僕はどうだろうか?相手は人ではあるが、芸術品だと思っている。
そして、なにより彼女は同性だ。
もう、これでは著者より酷い。
否定する隙もないただの変態じゃないか……
「いや、まだだ。ならば、僕は普通の変態になろう!」
そうして、その日。
僕は夜遅くまで『姫と騎士』のホームページに目を通した。




