4-1.全くもってファンタジー side葵
時が止まったかのように僕達が見つめ合っていると、例の美少女こと――悠さんが、急に白目を剥いて倒れた。
「!?」
その瞬間。
反射的に教卓から全力で彼女の元まで走り、床に倒れる寸前に受け止める事に成功した。
「大丈夫ですか!?」
倒れた人を揺さぶるのは良くないので、声をかけるが返事がない。
完全に意識が無くなっているようだ。
「どれ見せてみろ?」
「え?」
いつの間にか僕の後ろに立っていた涼さんが、悠さんの額に手を当てて目を閉じる。
この人さっきまで教壇に立っていたのに……気配すら感じなかった。
「どれどれ……うん、これなら大丈夫かな。医務室に連れて行って寝かせておけば、なんとかなるだろう」
「そ、そうですか……」
涼さんの言葉を聞き、一先ず安堵のため息を漏らす。
「そうだな……」
涼さんは顎に手を置いて周りを見渡しながら、ニヤリと笑い僕を見て言う。
「よしっ!葵君。君に医務室までウチの姫の護送を頼もう!」
「え?あ、はいっ!」
あの笑みの意味は分からないけど、このままではいけないというのは分かったので、とりあえず頷くと、そこに「待った」の声がかかる。
「先生!ちょっと待って下さい!」
「ん?どうした?三井?」
確かこの人は、昨日悠さんと一緒にいた女生徒。
なるほど、さっきは気付かなかったけど、この人も僕と同じクラスだったんだ。
「悠を……男に運ばせるなんてダメです!」
「ん?いや、大丈夫だぞ?」
涼さんは僕を見てから、三井さんを見て言う。
そうでしょうね。
こんななりですが、僕の性別は女なので問題はないでしょう。
でも、その事実を知るのは、この教室内では僕と涼さんだけなのですよ?涼さん。
「でも……」
そう言って、三井さんは悲しそうに俯く。
三井さんは昨日、悠さんの事を大切な友人と言っていたから、見知らぬ男子(見た目は)に警戒しているのだろう。
ならば、ここは双方の納得する落とし所というものを提案しよう。
「では、涼さん。僕はまだ医務室の場所が分からないので、そこの彼女に案内を頼んでいいでしょうか?」
「そうだったな……分かった。許可しよう」
「ありがとうございます。では、三井さん。案内をお願いします」
涼さんに頭を下げ、三井さんに微笑んで悠さんを抱き上げる。
「うおぉぉおおおお、カッケーな、クォーター!」
「お姫様抱っこかよ……くそっ」
「きゃーー」
「ひゃっはー!ひゃっはー!」
「やるねぇ〜」
クラスメイトから様々な声がかかるが、とりあえず微笑んでその場を後にする。
いや、これでも中身は女子なので「カッコイイ!」とか「やるな!」と言われてもあまり嬉しくはない上に、女の子を抱きかかえて悦に浸ることはないですよ。
それにしても、女性には失礼な事なのだけど、意外と悠さんは重かった。
何か鍛えているのだろうか?
教室を出て、悠さんを抱えたまま、廊下を少し急ぎながら歩く。
三井さんの視線が背中に突き刺さって、痛いと感じてしまうほどだ。
「……これで、二度目だね」
「え?何がですか?」
突然三井さんから投げかけられた言葉に、僕は聞き返してしまう。
「……お姫様抱っこ」
「はははっ。そうなりますね」
とりあえず笑って対応するが、どうも彼女の表情は不機嫌のままだ。
この年頃の女の子にはそういうものに憧れるのだろう。
かく言う僕もその一人なのだが、男装をしているせいで、残念ながら姫役は出来ない。
「緊急事態なだけで、こういうのは無効ですよ。きっと」
「むー」
なにやら頬を膨らませて僕を睨むが、可愛いだけで怖くない。
それに、元も子も無いが、お姫様抱っこというのは、意外に人を運ぶ時に便利なのだ。
「ふふふっ」
思わずそんな彼女の姿を見て笑ってしまう。
「な、なに?」
「いえ、三井さんを見ていると、故郷の妹のような子を思い出しまして」
「え?妹がいるの?」
「そうですね。使用人の子なのですが、同じ屋敷で姉妹同然に育ったので」
「使用人?姉妹?」
「いえ、間違えました。兄妹です」
危ない危ない。少し気が緩んでいるのかもしれない。
こういうのは気をつけないと、いつ性別がバレてもおかしくないのだから。
そんな事を思っていると、三井さんが別の所につっこんで来る。
「葵君って……もしかして偉い人なの?」
「いえ、そうでもありませんよ」
実家がどうかは分からないけど、僕自体が偉い訳ではない。
僕の名前にフォンとついているが、分家の分家みたいなものらしく、由緒正しい貴族かどうか分からない。一応名乗っているものだ。
そんな会話をしつつ、急ぎながらも揺らさない様に歩いて行くと、医務室に辿り着いた。
医務室に着くと三井さんがノックも忘れて、ドアを開け放った。
「五十嵐先生!悠が!悠が倒れました!」
「え?なに!?」
医務室には五十嵐先生と呼ばれる白衣を着た妖艶な女性がいた。
同じ女である僕から見ても、その姿は艶やかだと感じてしまうほどの人だ。
「それで、悠は……うわっ、美少年にお姫様抱っことか……ぷっ……」
五十嵐先生は僕と悠さんを見て顔逸らし、少し肩を揺らした後、またこちらを見て真剣な顔で言う。
「まず、ベッドに寝かせて」
指示に従いベッドに寝かせて、三井さんと二人見守る。
他にやる事はあるかどうか分からないが、こういう経験が無いので、どうしたらいいか分からない自分が悔しく思う。
「涼さんが言うには、寝かしておいたら良いらしいですけど……」
僕の言葉に悠さんを診ていた五十嵐先生は、こちらを向き僕らを安心させる様に笑いながら症状を告げる。
「うん。涼先生の言う通り大丈夫、安心しな。過労か睡眠不足だろうね。まぁ、寝てれば治るようなものだよ」
「良かった〜」
「……そうですか」
「じゃあ、君らは授業に戻りなさい」
「う〜……はい……」
「はい、よろしくお願いします」
僕と三井さんは安堵の言葉を出した後、悠さんを五十嵐先生にあずけて、医務室を後にした。
三井さんは残りたそうだったが、授業もあるので仕方が無い。
ホームルームが終わったかどうか分からないので、急いで戻ると、涼さんの喋っている声がする。
「そうだな〜。春だから不審者の話をしようか。春になると、冬眠から覚めるのは虫だけではなく、なぜか不審者もセットの様に現れるからな」
どうやら、ホームルームはまだ終わっていない様で、連絡事項を話している最中のようだ。
「先生が昔、学生だった頃の話だ。とてつもない恐怖体験をしたんだ。先生な、昔ちょっとばかりやんちゃだったんだよ。本当にちょっとだけな。それでまぁ、色々端折るが、色々あって俺は家を出て、それで友達の家に転がりこんだんだ。その友達には彼女がいて、遊びに来るその彼女さんとも仲良くなったんだよ。いや、そこまではいいんだ。ただ、仲良くなるとその人に『俺は“総受け”と言われる人種だ』と言われたんだ。その当時、俺はその“総受け”の意味が分からなかったんだがな、たぶん『SとかM』の話だと推測して『お前はドMだ』と言われたと思ったんだよ。だから、やんちゃだった俺は、彼女さんに『俺はSだから、その“総受け”とやらはおかしい。俺は“攻め”だ』と言ってやったんだよ」
「わ、私も!せ、先生は“受け”だと思います!」
涼さんの話の間に、誰かは分からないが女子生徒が叫んだ。
「お、おう。そうか……お前もそちら側の人間だったのか、山本」
「む、昔の事です!昔の!」
どうやら、その声の主は山本さんらしい。
震えた声で「昔の事だ」と言い張っているが、どうやら色々と詳しい様だ。
僕も“攻め”や“受け”の意味を知らないから、時間がある時に山本さんに質問してみよう。
もしかしたら、何かの隠喩かもしれないしね。
日本語はある程度マスターしたと、自分では思っていたけど、やはり奥が深い。
本当に難しいよね。
「話を戻すと、その彼女さんは俺の必死の説得で、とりあえずの所は納得してくれたんだ。それで、俺は友達の家に転がりこんでいた訳だろ?友達はいいって言うが、世話になりっ放しでは悪いと思って、少しは金を入れる為に、コンビニでバイトを始めたんだ。田舎だけどその店は忙しいところで、俺ともう一人おっちゃんが働いていたんだ。そのおっちゃんはな、口は悪いが、色々差し入れしてくれたり、中々面倒見の良いおっちゃんだったんだ。ただ、どうにもボディタッチが多くて、悪寒を感じたんだ」
僕と三井さんは話の邪魔にならない様に、ゆっくりと後ろのドアを開けて中に入る。
クラスの皆は、ドアが開く音で振り返る。
ゆっくり開けたつもりだったが、思ったより音がうるさかったのかもしれない。
「それで、俺は友達に雑談のついでに、コンビニのおっちゃんの事を話しんだ。そしたら、次の日。その友達の彼女さんが息を荒くして……おっ、帰って来たか?どうだった?」
涼さんは話を止めて、僕に質問する。
「はい、寝てれば治ると言われました」
「そうか。五十嵐先生がそう言うなら大丈夫だな。ああ、それと、葵君の席は悠の隣になったから。じゃあ、話の続きを……しようと思ったが、残念。今日はここで終わりだ」
涼さんは腕時計を見て、話を切った。
今さらりと僕の席の事を言ったけど、どういう事だろう?
「先生、もうちょっと〜」
「その後!その後の事を詳しく!」
「ぶーぶー」
「また、いい所で……」
クラスメイト達は話が中途半端だったので、涼さんに「ブーブー」と文句を言っている。
特に教卓から見て右後ろの席で、前のめりで目を血走らせながら「詳しく!」と言っている女生徒がいるのが印象的だった。
「ダメだ。続きの話をして、もしお前らが次の授業に遅刻でもしてみろ?俺が他の先生に怒られるんだぞ?嫌だぞ、そんなの」
「え〜〜〜」
「先生、先ちょだけ……」
「詳しく!お願いだから!詳しく!」
涼さんはそんな事言うが、あの人は「ツンデレ」と呼ばれる人だから、きっと僕達の事を思って、そう言ったのだろう。
「だから、嫌だって。教頭とかいつもお前らの前でニコニコしているけど、怒るとマジ怖いんだぞ?一度怒った所見たけど、アレは阿修羅の化身か何かだな」
……僕達の事を考えているんですよね?涼さん?
僕の疑問を他所に、無情にもホームルームの終了の鐘が鳴り響く。
こうして、波乱のホームルームは終わりを告げた。
余談ではあるが、教卓から見て右後ろの女生徒が、その山本さんだったと知ったのは、また後の事である。




