3-7
私が机の上で唸っていると、予鈴が鳴る寸前になって生徒が足早に登校してくる。
その中には葵君もいた。
こうして遠目で見ても、私の中には昨日の様な動揺はない。
昨日の楓とのあの行為は、どうやら私にとって良い影響を与えたようだ。
楓と少年Cに感謝だ。
「ああ、悠さん。おはよう」
「おはよう、葵君」
ほら、大丈夫。
顔も赤くなっていないし、少しドキドキするだけだ。
このドキドキは吊り橋効果の名残だとして、距離を置いてなれれば問題ない筈だ。
距離とはとても大事だな。うん。
「いや、今日は涼さんに捕まっちゃって、危うく遅刻する所だったよ……」
なんて言いながら座った……私の隣に。
「え?あれ?席に着かなくていいの?」
「え?ああ、そうか。悠さんは昨日ずっと医務室にいたからね。僕の席は悠さんの隣になったんだよ?」
「おうふ」
その言葉を聞いて、私は乙女らしからぬ声を出して机に突っ伏した。
いや、まぁ乙女じゃないから何も問題はないのだけど。
いやいや、私は乙女代表の美少女で通っているのだ、気をつけなければ。
「ど、どうしたの?やっぱりまだ調子が悪いの?」
葵君はいきなり心配そうに、私の顔を覗き込む。
「!?」
葵くんは心配しての行動なのだろうが止めて欲しい。
顔が、顔が近い、顔が近いよ!なんかいい匂いもするし。
うわっ、まつ毛長っ!顔とか小さいし、改めてみると、凄く顔も整っている。
まるで、女の子みたい……って。
「うわっ!?」
私は慌てて葵君から距離を置く。
本当に止めてほしい。
そんな顔を近づけて私がうっかりときめいたら、どう責任を取るつもりなのだろうか?
いや、よく考えたら責任とられても困るな。
「ああ、ごめん。そうか……女性に対して失礼だったね」
葵君は今気付いたのか、少し頬を染めて申し訳なさそうに笑う。
下心とかなく本当に心配してくれたのだろう。
くっ……昨日の楓の協力が無かったら、危うくときめいていたかもしれない。
「う、ううん。大丈夫よ」
なんとか言葉を絞り出し、笑顔を向ける。
きっと、大丈夫。そう自分に言い聞かせながら。
しばらく葵君との攻防をしていると、鐘が鳴り朝のホームルームが始まる。
ホームルームの時間が、こんなにも有難いと思うのもはじめてだ。
「おう、お前らおはようさん!出席を取るぞ〜。朝倉!」
「あっ、ふぁい!」
いつもの様に涼さんの出欠確認からだ。
それが終わると、今度こそ真面目な話をするらしい。
「え〜今日は、役員を決めるか?と言っても、昨日は俺の話が長過ぎて、決まらなかったしなぁ」
おい、涼さん。アンタ、昨日も変な話をしたのか?
くそっ、是非聞きたかった。
「じゃあ、クラス委員は……二神と葵君な」
「え?」
「ちょっ!?」
その言葉に反射的に立ち上がる。
隣に座る葵君も、その事を聞いていないらしく、私と同様の反応だ。
「おっ!息もぴったりだな!これなら問題ないな」
「ちょっと待って下さい!」
「ん?どうした?」
「なぜ、私と葵君なのでしょうか?」
「え?」
「え?」
私の当然の質問に「え?なにこいつ?本気で言ってんの?」みたいな顔を涼さんに向けられる。
え?嘘?これ私が間違ってんの?てか、そんな顔で見んなし!
アンタ、私の保護者の癖に、私の限界まで削られている精神力をこれ以上すり減らす気か!?
涼さんは私の表情から、私の思考を読んだかのように答える。
「いや、そんな事言われても……昨日散々話し合ったしなぁ……今、もう一回話しても変わらんと思うぞ?」
「え?」
その答えに周りを見渡すと、我が級友達は一斉にサッと顔を背ける。
ほぉ、これはあれか?
私がぶっ倒れている時に、決を取りやがったな?
「くっ……分かりました……引き受けます」
「葵君もいいか?」
「……え、ええ」
私達は渋々ながら頷く。
私の表情は、見る人が見れば、敵地に侵入した女忍者が、敵に捕まり、拷問を受ける前の表情の様だっただろう。
なぜそんな事が分かるかって?
それは隣の葵君が、まさにそんな表情だったからだ。
「じゃあ、後はよろしく」
涼さんはニヤニヤしながら私達に教卓を譲り、椅子に座り書類に目を通し始めた。
「じゃあ、葵君行こうか?」
「そう……だね……」
少し不安そうな葵君に、私は笑いながら話す。
「大丈夫。葵君は転入したばかりだから、役割がどんなのか分からないでしょ?板書の方をお願い」
「そう?ごめんね」
「ふふふ、気にしないで。それを分かっていて選んだのは、あの目の細いアラサーだから」
「ふふ、聞こえちゃうよ?」
「大丈夫よ。あの人これくらいじゃ、怒らないから」
そんな会話をしながら、教卓の前に立つ。
「え〜……私をクラス委員に選んだからには、皆さんは私に絶対服従です。異議や反論は全て却下します」
「え?」
チョークを握り役割を書いていた葵君から声が漏れるが、今回は無視させてもらう。
我が級友達も「え?」みたいな顔をしているが、残念ながら今回は本気だ。
開き直ったと取ってもらってもいい。
皆が反対の声を上げる前に、私は満面の笑みで告げる。
「では、これからこのクラスの役割を決めていきます。皆さんも協力をお願いしますね」
我が保護者様には、いつか復讐をしてやると心に誓い、役割を決めていった。
「これで決まったね」
役割決めは十分もかからずに、誰からも反論は出ず恙無く進んだ。
「先生終わりました」
「一瞬だったな」
「ええ。皆、協力的で助かりました」
私のにこやかな笑みに、涼さんは肩を竦める。
まぁ、言いたい事は分かるが、私をクラス委員に選んだ級友達が悪いんだ。
「じゃあ、暇になったし、席替えするか?」
「え?」
「いや、だってお前ら去年も同じクラスだったし、出席番号順ってつまらんだろ?」
その言葉に我が級友達は、とび跳ねんばかりのテンションだ。
「おおーー!!」
「分かってるぅぅうう!」
「ひゃっはー!ひゃっはー!」
「流石先生!」
「まぁな!もっと褒めてもいいぞ?」
涼さんは級友達の言葉に「喝采せよ!」と言わんばかりに両手を広げて、誇らしい顔で頷く。
よくもまぁ席替えだけで、ここまで誇れるものだと感心する私に、涼さんは何かを手渡す。
「はい、これな?」
渡されたものを確認すると、それはクジだった。
この人は書類仕事をしていたのではなく、席替えのクジを作っていたらしい。
「…………」
珍しく仕事をしているなと思ったが、やはりそこは涼さんだった。
安定と信頼の涼さんクオリティー。
ここは突っぱねてやろうかと思ったが、逆に考えると、これは葵君と距離を置くには絶好に機会だ。
これは流れに逆らわず、身を任した方がいいだろう。
「では、これより席替えを行います。クジを取ったら次の人に回して下さい」
そして、運命のクジの結果……私は見事に右の後ろ端をゲットした。やったね!
更に、前が楓という超ハッピーな位置だった。やったね!
しかし、私の隣が――
「よろしく、悠さん」
そう、葵君だった。
どうやら、神はまだまだ私に試練を与え足りないらしい。
私に信仰する神はいないが、これはあんまりではないだろうか?
無神論者に対する神の怒りなのだろうか?
「よ、よろしく……ね」
なんとか言葉を絞り出した後、私は涼さんを見る。
涼さんは私の視線で言いたい事に気付いたのか、首を横に振る。
どうやら、涼さんはこの席替えに細工をしていないらしい。
ならば、これは神のせいだろう。
きっと田舎のスキー場のBGMでよく出現する、彼の有名なロマンスの神様あたりだ。
もし、神に住所や下駄箱があるのなら、不幸の手紙をダース単位で送ってやりたい。
そう心に思いながら、机に頭を埋め、私は机と一体になった。




