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薔薇や百合ではありません  作者: 小林 あきら
第一章 薔薇や百合ではありません
20/48

3-7


 私が机の上で唸っていると、予鈴が鳴る寸前になって生徒が足早に登校してくる。

 その中には葵君もいた。


 こうして遠目で見ても、私の中には昨日の様な動揺はない。

 昨日の楓とのあの行為は、どうやら私にとって良い影響を与えたようだ。

 楓と少年Cに感謝だ。


「ああ、悠さん。おはよう」

「おはよう、葵君」


 ほら、大丈夫。

 顔も赤くなっていないし、少しドキドキするだけだ。

 このドキドキは吊り橋効果の名残だとして、距離を置いてなれれば問題ない筈だ。


 距離とはとても大事だな。うん。


「いや、今日は涼さんに捕まっちゃって、危うく遅刻する所だったよ……」


 なんて言いながら座った……私の隣に。


「え?あれ?席に着かなくていいの?」

「え?ああ、そうか。悠さんは昨日ずっと医務室にいたからね。僕の席は悠さんの隣になったんだよ?」

「おうふ」


 その言葉を聞いて、私は乙女らしからぬ声を出して机に突っ伏した。

 いや、まぁ乙女じゃないから何も問題はないのだけど。

 いやいや、私は乙女代表の美少女で通っているのだ、気をつけなければ。


「ど、どうしたの?やっぱりまだ調子が悪いの?」


 葵君はいきなり心配そうに、私の顔を覗き込む。


「!?」


 葵くんは心配しての行動なのだろうが止めて欲しい。

 顔が、顔が近い、顔が近いよ!なんかいい匂いもするし。

 うわっ、まつ毛長っ!顔とか小さいし、改めてみると、凄く顔も整っている。

 まるで、女の子みたい……って。


「うわっ!?」


 私は慌てて葵君から距離を置く。


 本当に止めてほしい。

 そんな顔を近づけて私がうっかりときめいたら、どう責任を取るつもりなのだろうか?

 いや、よく考えたら責任とられても困るな。


「ああ、ごめん。そうか……女性に対して失礼だったね」


 葵君は今気付いたのか、少し頬を染めて申し訳なさそうに笑う。

 下心とかなく本当に心配してくれたのだろう。


 くっ……昨日の楓の協力が無かったら、危うくときめいていたかもしれない。


「う、ううん。大丈夫よ」


 なんとか言葉を絞り出し、笑顔を向ける。

 きっと、大丈夫。そう自分に言い聞かせながら。

 しばらく葵君との攻防をしていると、鐘が鳴り朝のホームルームが始まる。

 ホームルームの時間が、こんなにも有難いと思うのもはじめてだ。


「おう、お前らおはようさん!出席を取るぞ〜。朝倉!」

「あっ、ふぁい!」


 いつもの様に涼さんの出欠確認からだ。

 それが終わると、今度こそ真面目な話をするらしい。


「え〜今日は、役員を決めるか?と言っても、昨日は俺の話が長過ぎて、決まらなかったしなぁ」


 おい、涼さん。アンタ、昨日も変な話をしたのか?

 くそっ、是非聞きたかった。


「じゃあ、クラス委員は……二神と葵君な」

「え?」

「ちょっ!?」


 その言葉に反射的に立ち上がる。

 隣に座る葵君も、その事を聞いていないらしく、私と同様の反応だ。


「おっ!息もぴったりだな!これなら問題ないな」

「ちょっと待って下さい!」

「ん?どうした?」

「なぜ、私と葵君なのでしょうか?」

「え?」

「え?」


 私の当然の質問に「え?なにこいつ?本気で言ってんの?」みたいな顔を涼さんに向けられる。


 え?嘘?これ私が間違ってんの?てか、そんな顔で見んなし!

 アンタ、私の保護者の癖に、私の限界まで削られている精神力をこれ以上すり減らす気か!?


 涼さんは私の表情から、私の思考を読んだかのように答える。


「いや、そんな事言われても……昨日散々話し合ったしなぁ……今、もう一回話しても変わらんと思うぞ?」

「え?」


 その答えに周りを見渡すと、我が級友達は一斉にサッと顔を背ける。


 ほぉ、これはあれか?

 私がぶっ倒れている時に、決を取りやがったな?


「くっ……分かりました……引き受けます」

「葵君もいいか?」

「……え、ええ」


 私達は渋々ながら頷く。

 私の表情は、見る人が見れば、敵地に侵入した女忍者が、敵に捕まり、拷問を受ける前の表情の様だっただろう。

 なぜそんな事が分かるかって?

 それは隣の葵君が、まさにそんな表情だったからだ。


「じゃあ、後はよろしく」


 涼さんはニヤニヤしながら私達に教卓を譲り、椅子に座り書類に目を通し始めた。


「じゃあ、葵君行こうか?」

「そう……だね……」


 少し不安そうな葵君に、私は笑いながら話す。


「大丈夫。葵君は転入したばかりだから、役割がどんなのか分からないでしょ?板書の方をお願い」

「そう?ごめんね」

「ふふふ、気にしないで。それを分かっていて選んだのは、あの目の細いアラサーだから」

「ふふ、聞こえちゃうよ?」

「大丈夫よ。あの人これくらいじゃ、怒らないから」


 そんな会話をしながら、教卓の前に立つ。


「え〜……私をクラス委員に選んだからには、皆さんは私に絶対服従です。異議や反論は全て却下します」

「え?」


 チョークを握り役割を書いていた葵君から声が漏れるが、今回は無視させてもらう。

 我が級友達も「え?」みたいな顔をしているが、残念ながら今回は本気だ。

 開き直ったと取ってもらってもいい。

 皆が反対の声を上げる前に、私は満面の笑みで告げる。


「では、これからこのクラスの役割を決めていきます。皆さんも協力をお願いしますね」


 我が保護者様には、いつか復讐をしてやると心に誓い、役割を決めていった。




「これで決まったね」


 役割決めは十分もかからずに、誰からも反論は出ず恙無く進んだ。


「先生終わりました」

「一瞬だったな」

「ええ。皆、協力的で助かりました」


 私のにこやかな笑みに、涼さんは肩を竦める。


 まぁ、言いたい事は分かるが、私をクラス委員に選んだ級友達が悪いんだ。


「じゃあ、暇になったし、席替えするか?」

「え?」

「いや、だってお前ら去年も同じクラスだったし、出席番号順ってつまらんだろ?」


 その言葉に我が級友達は、とび跳ねんばかりのテンションだ。


「おおーー!!」

「分かってるぅぅうう!」

「ひゃっはー!ひゃっはー!」

「流石先生!」

「まぁな!もっと褒めてもいいぞ?」


 涼さんは級友達の言葉に「喝采せよ!」と言わんばかりに両手を広げて、誇らしい顔で頷く。

 よくもまぁ席替えだけで、ここまで誇れるものだと感心する私に、涼さんは何かを手渡す。


「はい、これな?」


 渡されたものを確認すると、それはクジだった。

 この人は書類仕事をしていたのではなく、席替えのクジを作っていたらしい。


「…………」


 珍しく仕事をしているなと思ったが、やはりそこは涼さんだった。

 安定と信頼の涼さんクオリティー。

 ここは突っぱねてやろうかと思ったが、逆に考えると、これは葵君と距離を置くには絶好に機会だ。

 これは流れに逆らわず、身を任した方がいいだろう。


「では、これより席替えを行います。クジを取ったら次の人に回して下さい」




 そして、運命のクジの結果……私は見事に右の後ろ端をゲットした。やったね!

 更に、前が楓という超ハッピーな位置だった。やったね!


 しかし、私の隣が――


「よろしく、悠さん」


 そう、葵君だった。


 どうやら、神はまだまだ私に試練を与え足りないらしい。

 私に信仰する神はいないが、これはあんまりではないだろうか?

 無神論者に対する神の怒りなのだろうか?


「よ、よろしく……ね」


 なんとか言葉を絞り出した後、私は涼さんを見る。

 涼さんは私の視線で言いたい事に気付いたのか、首を横に振る。

 どうやら、涼さんはこの席替えに細工をしていないらしい。


 ならば、これは神のせいだろう。

 きっと田舎のスキー場のBGMでよく出現する、彼の有名なロマンスの神様あたりだ。

 もし、神に住所や下駄箱があるのなら、不幸の手紙をダース単位で送ってやりたい。


 そう心に思いながら、机に頭を埋め、私は机と一体になった。





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