3-6
次の日。
制服を着て学園に行こうとするが、上着が無い事に気が付いた。
そりゃそうだ。
昨日楓に渡したのだから、無くて当たり前だ。
取りに行くか、行かまいか、どうしようか迷っていると部屋をノックする音がする。
「ふぁ、ふぁい!?」
動揺してしまって、変な声が出てしまった。
「悠?私……楓だよ」
どうやらこのドアの向こうには、昨日お世話になったおっぱい……じゃなくて、楓がいるらしい。
動揺する私は深呼吸を何度かして、なんとか気持ちを落ち着かせて、笑顔でドアを開く。
「おはよう、楓」
「おはよう、悠」
挨拶はしたものの、なぜだか気まずい。
いや、なぜだかではない。
理由など初めから分かっている。
その理由など簡単だ。
昨日の件、つまりおっぱいだ。
「そ、それで、どうかしたの?」
「『どうかしたの?』じゃないよ。悠、昨日私の部屋に制服の上着忘れたでしょ?」
「うん、ああ。そうだったわね。ははは、まだ、寝惚けているのかもしれないわ」
もうテンパリまくりの私を他所に、楓はいつもと変わらない。
上着を受け取ると、その上着から楓の香りがした。
昨日の着せた事で、楓の匂いが移ったのかもしれない。
勿論嫌な匂いではなく、この鼻をくすぐる甘く心落ち着く香りは、香水などでは出ない女の子特有のものだ。
「…………」
「ん?どうしたの?」
「い、いや、なんでもないよ?」
顔を振り意識を戻す。
危うくこの上着に顔を埋めかけるなんて、ただの変態じゃないか。
これでは、昨日自分が心まで女になったのではないかと、真剣に悩んでいたのが馬鹿みたいだ。
私は男だ。
結論は初めから出ている。何を悩んでいたのだろう?
しかし、これでは漢として目覚めたというより、性の目覚めの様な気がして、とても宜しくない。
盛りのついた猿ではないのだし、これからも女装して学園に通うのに、これは私生活に問題を及ばしてしまうかもしれない。
「悠?」
楓の不安そうな声に、意識が思考の世界から戻る。
首を傾げながら、下から私の顔を覗き込むその仕草は、いつものあざと可愛い楓ちゃんだ。
「あっ、うん。大丈夫。学園に行きましょうか?」
「うん!」
これではダメだ。
昨日の楓の事は色々横に置いて、今は楓と共に学園に向かおう。
纏った上着はなぜかまだ暖かくて、楓の体温がそこにある様に感じた。
きっと、楓が抱えていたせいだろう。
他に深い意味はないのだろう。
楓とイチャイチャしながら歩くと、直ぐに学園に到着してしまう。
楽しい時間とは本当に早く過ぎてしまうものだ。
教室のドアを開けると、きっと奴がいる。
奴はどこにでも出現する。
トイレでも、更衣室でも、水泳の授業でも。
さて、ここで考えてみよう、奴とは誰か?
答えは簡単だ。
そう『エロ』という言葉を欲しいままに『エロ』の代名詞とすら呼べる人物。
彼の者の名は『エロの探究者』エロ川君だ。
「おはよう、二神さん、それとロリ――」
「きっ!」
エロ川君が何か良からぬ事言いかけた気がしたので、射殺さんばかりに睨む。
すると、あら不思議。
「そ、それと。三井さんもおはよう」
「うん、おはよ〜」
なんという事でしょう!
あの万年発情期と言われたエロ川君が、普通の挨拶が出来るのです。
私はエロ川君のその姿に、満足し頷きながらにこやかに話しかける。
「ふふふ。エロ川君も一年経つと、流石に理解したみたいね」
「え、ええ。三井さんにエロ用語を少しでも聞かせた日は、隠していた筈の我がコレクションが、いつの間にか消えている事があるので……」
エロ川君は少し怯えた様に私を見る。
「まぁ、大変ね……これからも気を付けた方がいいかもしれないわよ?」
私は「心底不思議な事が起こるものだ」と驚いた表情を作り、最後の言葉をエロ川君の耳元で、彼にしか聞こえない様に囁く。
エロ川君はその言葉に青ざめるが、それでも少し興奮もしているようだ。
どうやら彼は、それはそれで良いかもしれないと思っているようだ。
「…………」
ガチでドン引きしながらエロ川君を見るが、彼は「え?これだけ?」みたいな目で見つめてくる。
まるで「我々の業界ではそれはご褒美です」と言わんばかりに。
本当に困った事に、一年間こうして罰を与え続けた事によって、彼は新たなる境地に目覚めつつあるようだ。
そう、それは……ドMの境地。
「…………」
私達は互いに見つめ合い、耐えきれなくなって私は目を逸らす。
さっきまで優位に立っていた筈の私が、逆に追い詰められている……だと!?
「くっ……覚えていなさい!」
三下の様なセリフをエロ川君に吐いて、自分の席に座る。
そして、頭を抱える。
これは由々しき事態だ。
流石Sクラスの精鋭と言うべきなのか?
くっ、速いうちになんとかしなければ、色々と手遅れになりそうだ。




