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薔薇や百合ではありません  作者: 小林 あきら
第一章 薔薇や百合ではありません
19/48

3-6


 次の日。

 制服を着て学園に行こうとするが、上着が無い事に気が付いた。


 そりゃそうだ。

 昨日楓に渡したのだから、無くて当たり前だ。

 取りに行くか、行かまいか、どうしようか迷っていると部屋をノックする音がする。


「ふぁ、ふぁい!?」


 動揺してしまって、変な声が出てしまった。


「悠?私……楓だよ」


 どうやらこのドアの向こうには、昨日お世話になったおっぱい……じゃなくて、楓がいるらしい。

 動揺する私は深呼吸を何度かして、なんとか気持ちを落ち着かせて、笑顔でドアを開く。


「おはよう、楓」

「おはよう、悠」


 挨拶はしたものの、なぜだか気まずい。

 いや、なぜだかではない。

 理由など初めから分かっている。

 その理由など簡単だ。

 昨日の件、つまりおっぱいだ。


「そ、それで、どうかしたの?」

「『どうかしたの?』じゃないよ。悠、昨日私の部屋に制服の上着忘れたでしょ?」

「うん、ああ。そうだったわね。ははは、まだ、寝惚けているのかもしれないわ」


 もうテンパリまくりの私を他所に、楓はいつもと変わらない。

 上着を受け取ると、その上着から楓の香りがした。

 昨日の着せた事で、楓の匂いが移ったのかもしれない。

 勿論嫌な匂いではなく、この鼻をくすぐる甘く心落ち着く香りは、香水などでは出ない女の子特有のものだ。


「…………」

「ん?どうしたの?」

「い、いや、なんでもないよ?」


 顔を振り意識を戻す。

 危うくこの上着に顔を埋めかけるなんて、ただの変態じゃないか。

 これでは、昨日自分が心まで女になったのではないかと、真剣に悩んでいたのが馬鹿みたいだ。


 私は男だ。

 結論は初めから出ている。何を悩んでいたのだろう?

 しかし、これでは漢として目覚めたというより、性の目覚めの様な気がして、とても宜しくない。

 盛りのついた猿ではないのだし、これからも女装して学園に通うのに、これは私生活に問題を及ばしてしまうかもしれない。


「悠?」


 楓の不安そうな声に、意識が思考の世界から戻る。

 首を傾げながら、下から私の顔を覗き込むその仕草は、いつものあざと可愛い楓ちゃんだ。


「あっ、うん。大丈夫。学園に行きましょうか?」

「うん!」


 これではダメだ。

 昨日の楓の事は色々横に置いて、今は楓と共に学園に向かおう。

 纏った上着はなぜかまだ暖かくて、楓の体温がそこにある様に感じた。

 きっと、楓が抱えていたせいだろう。


 他に深い意味はないのだろう。




 楓とイチャイチャしながら歩くと、直ぐに学園に到着してしまう。

 楽しい時間とは本当に早く過ぎてしまうものだ。


 教室のドアを開けると、きっと奴がいる。

 奴はどこにでも出現する。

 トイレでも、更衣室でも、水泳の授業でも。

 さて、ここで考えてみよう、奴とは誰か?


 答えは簡単だ。

 そう『エロ』という言葉を欲しいままに『エロ』の代名詞とすら呼べる人物。

 彼の者の名は『エロの探究者』エロ川君だ。


「おはよう、二神さん、それとロリ――」

「きっ!」


 エロ川君が何か良からぬ事言いかけた気がしたので、射殺さんばかりに睨む。

 すると、あら不思議。


「そ、それと。三井さんもおはよう」

「うん、おはよ〜」


 なんという事でしょう!

 あの万年発情期と言われたエロ川君が、普通の挨拶が出来るのです。

 私はエロ川君のその姿に、満足し頷きながらにこやかに話しかける。


「ふふふ。エロ川君も一年経つと、流石に理解したみたいね」

「え、ええ。三井さんにエロ用語を少しでも聞かせた日は、隠していた筈の我がコレクションが、いつの間にか消えている事があるので……」


 エロ川君は少し怯えた様に私を見る。


「まぁ、大変ね……これからも気を付けた方がいいかもしれないわよ?」


 私は「心底不思議な事が起こるものだ」と驚いた表情を作り、最後の言葉をエロ川君の耳元で、彼にしか聞こえない様に囁く。

 エロ川君はその言葉に青ざめるが、それでも少し興奮もしているようだ。


 どうやら彼は、それはそれで良いかもしれないと思っているようだ。


「…………」


 ガチでドン引きしながらエロ川君を見るが、彼は「え?これだけ?」みたいな目で見つめてくる。

 まるで「我々の業界ではそれはご褒美です」と言わんばかりに。

 本当に困った事に、一年間こうして罰を与え続けた事によって、彼は新たなる境地に目覚めつつあるようだ。


 そう、それは……ドMの境地。


「…………」


 私達は互いに見つめ合い、耐えきれなくなって私は目を逸らす。

 さっきまで優位に立っていた筈の私が、逆に追い詰められている……だと!?


「くっ……覚えていなさい!」


 三下の様なセリフをエロ川君に吐いて、自分の席に座る。

 そして、頭を抱える。

 これは由々しき事態だ。

 流石Sクラスの精鋭と言うべきなのか?


 くっ、速いうちになんとかしなければ、色々と手遅れになりそうだ。





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