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薔薇や百合ではありません  作者: 小林 あきら
第一章 薔薇や百合ではありません
18/48

3-5


 その後、私は急いで寮まで帰り、楓の部屋の前までやってきた。


 何かあったら真っ先に相談すると約束はしたが、正直こんな事を頼めるのは楓しかいない。

 むしろ、この役をこなす事が出来るのは楓だけだ。

 そう、彼女だけなのだ。


「よ、よしっ!」


 震える手で、楓の部屋をノックする。


「ふぁ〜い。ちょっと待ってねぇ〜」


 気の抜ける様な返事が部屋の中からあり、やや待つと、ドアを開けて楓が出てくる。


「あれ?悠?どうしたの?もう体調は良くなったの?」

「う、うん……いや、本当はまだなの」

「じゃあ、どうしたの?寝てないとダメだよ?」


 心配してくれている楓にこんな事を頼むのか?

 いやでも、私が自由にできるおっぱいなんて持っていないし……。

 いやいや、もちろん楓のおっぱいは私の所有物ではないけどさ。


「あのね、あの、楓の……胸……」


 楓の純粋そうな顔を見ながら言葉を出そうとするが、喉がカラカラに渇き上手く口に出せない。


「え、え〜っとね」


 それはそうだ。いくら親友といえども楓は異性だ。

 そう、女性なのだ。

 私は何を言おうとしたのだろうか?


「あ、あの……」


 これは立派な犯罪じゃないか。

 女性の恰好をして学園に通っているだけでも、ここが治外法権といっても、罪深い行為なのに。

 楓は私の親友ではあるが、私の事を同じ女性だと思っている。

 そんな子の胸を揉ましてほしいなど、なんて愚かなお願いだろうか?

 そうだ、今ならまだ引き返せる。


「い、いや。やっぱりいいの。ごめんね」

「ま、待って。とりあえず中に入って、ね?」

「あっ……うん」


 楓は私の手を取って、言われるがまま、部屋に入り二人並んでベッドに腰掛ける。


「それで?ゆっくりでいいから話して?」

「……うん、ごめんね」


 こんな時でも私への気遣いを忘れないなんて、この子は本当にいい子だ。

 そんな子に私は……あんな事を頼むのか?


「大丈夫、悠に何があっても気にしないから」

「で、でも……その……」

「悠?私達の間に遠慮は無用だよ!」


 しかし、ここまで言われたら、楓を頼るしかないとも思ってしまう。

 それが彼女に報いる事であり、私が私を取り戻すことにも繋がる筈だとも思ってしまう。


「あ、あの……」


 だが……いや、グダグダしても仕方がない。

 涼さん曰く、男は度胸、女も度胸。女装男子なら、尚の事だ!

 ええいままよ!


「あ、あのね。楓のね、胸をね……」

「うん。私の胸を?」

「その、もま、揉ましてほしいんだ!」

「そっか〜。私の胸も揉みたいん……え!?」


 言葉の途中で驚く楓。

 当たり前だ。

 こんな本気な感じで『胸を揉ませろ』と頼む親友がいたら、色んな意味で変態だ。

 いや、大変だ。

 いやいや、ここでは変態であっているのかもしれない。


 そんな変態である私の言葉に目を丸くして、固まっていた楓は、それでも少しの時間で再起動して私を見る。


「えへ、えへへへ。悠が自分から……えへへ。少し恥ずかしいけど……いいよ?」


 はにかむ様な笑顔で、上目遣いで私の事を見上げてくる。

 あざといが、これはきっと私の方が、身長が高いからそうなっただけなのだろう。


「え!?……いいの?」

「うん!どうぞ!」


 驚く私に、楓は自分の胸を突きだすようにこちらに差し出す。

 そして、二つの球体はバインバインと効果音が付いてもおかしくないほどに弾む。


「……ごくっ」


 小柄の楓から考えられない、その大質量を目の前に自然と生唾を飲んでしまう。

 その大質量の圧力なのか、それを目の前にすると少し足踏みをしてしまいそうになる。


 しかし、これは私が私である為に必要な事だ。

 厭らしい気持なんて、これっぽっちもない。ないんだ!

 いや、ここはむしろ厭らしい気持を思い出す為に行うのか?

 あれ?よく分からなくなってきたぞ?


「い、いくよ?」


 私の意味の分からない葛藤を否定する為に、確認の声を出して、楓の胸に手を伸ばす。

 そして、私の手が楓の胸に触れる――


「あっ」


 その瞬間、楓は声を漏らす。

 私はその声に、慌てて手を引っ込めてしまう。

 自分から望んで胸を揉ませて欲しいと頼んだのに、楓の漏らした吐息にさえビビってしまう。

 悔しいが、我ながら情けない。


「ご、ごめん?痛かった?」

「ううん。違うの……少しビックリしただけだよ」


 頬を赤く染め、恥ずかしそうに告げる楓。

 きっと私の顔も同じような状態だろう。

 確認するまでもない。


「じゃあ……その、もう一度……い、いくよ?」

「う、うん……」


 確認をとってもう一度触れる。

 触れた手が私に意思とは関係なく勝手に沈んでいく。

 それはとても柔らかく、気持ち良いものだった。


「!?」


 なんだこれは!?胸に触れた手を見つめ驚愕する。

 私は常日頃、低反発の枕こそ至高だと思っていたが、そんな事は無かった。

 そんな事はなかったのだ!


「んっ……あっ……」


 よく車で時速60キロの速度の時、窓から手を出した風の感触が、Dカップの女性のソレだと言われているが、私はここで違うと断言できる。

 もしかしたら科学的には、本当の事かもしれないが……違うのだ。


「くっ……んっ……あぁ……あんっ……」


 これを何かに例えようにも、その例えが浮かんでこない。

 それでも無理矢理例えるとしたら、その日食べようと思って高級洋菓子店で買って来た、好物の生クリームをたっぷり乗せたプリン・ア・ラ・モードを冷蔵庫で少し寝かせ、深夜に太ると分かりながら、悪い事をしていると分かりながらも、隠れて一人食べた時のあの食感だ。

 胸を触って食感とか意味が分からないだろう?

 私も意味が分からないが、私の乏しい人生の中の経験では、それこそが正に近いのだ。


「……あっ……んんっ……うっ……あふぅ……」


 そして、おっぱいに触れていると、少年Cが言っていた事が良く分かる。

 これを言葉に、言語化する事など神を恐れぬ所業なのかもしれない。

 しかし、それでも言葉にするのなら、一言で表すとしたら、これこそが『至高』の感触。

 これなら、いつまでも触っていられる。


 いつも私の腕は、こんな素晴らしい物を味わっていたのか?

 なんて勿体無い事をしていたのだろう。

 しかし、当たり前の事なのかもしれないが、腕と手ではこんなにも違うのか?

 これからは、ついついセクハラしてしまいそうで困る。


 そんな意味の分からない思考が頭の中を駆け巡る。


「……んっ……うぅ……んん……うっ……あっ……んっ……」


 そして、注目すべき事は、揉む度に楓の口から普段の楓から出てこない、想像すらできない程の艶やかな声が漏れるのだ。

 楓は、声を必死に我慢しているのか、逆にそれがまた色っぽく感じてしまう。

 その声が、私の動く手をさらに強める。

 それに釣られて楓の声も次第に大きく激しくなっていく。


「……あっ……ん……んっ……うっ……あっあっああっ!……ううぅ……んっ……」


 なんという相乗効果だ。

 いや、もしかしたら、悪循環なのかもしれない。

 だが、この手は止まらない。止められない。やめられない。


 正直に言うと、楽しくなってきたし、気持ち良過ぎる。

 なにか私の胸の奥で言葉には表せない、何か初めての感情が燻ぶる。

 そして、脳を揺さぶる。

 何か大事な物が吹き飛びそうになる。


「……ね、ねぇ……あっあんっ、ゆ、ゆうぅ……んっ、ふ……く、がぁ……」


 私の名前を口にする楓は、瞳をうるうると濡らし、いつものあどけない楓の顔ではない。

 これが噂に聞く、巷でも有名な『メスの顔』というものだろうか?

 胸を揉むのに必死になっていた私の手に、小さな楓の手が重ねられる。


「これ以上はね……服がね……その、皺になるから……その……」


 楓は真っ赤になった顔で、こちらをチラチラと見ながら、そう呟くように言葉を紡ぐ。

 そして、楓が言おうとしている事が『服を脱がせてくれ』という事が伝わってしまう。

 もうこれは……ダメかもしれない。


 楓の言葉で、私の中の常識なのか、理性なのか……大切な何かが弾け飛んだ。


「……ごくりっ」


 いつの間にか、唾液で口の中が一杯になっていたのに気付き、涎を飲み込む。


「わ、分かった。ぬ、脱がすね」


 楓は照れて真っ赤になった顔で私の瞳を見つめ、その返事を言葉に出さずに、ただコクりと頷いた。

 そして、私は覚悟決めて楓の胸元のボタンに手を伸ばし、上から一つ一つと丁寧に――


「かーえーでーちゃーん」


 その時、外から誰かがドアをノックする音と楓を呼ぶ声が聞こえる。


「「!?」」


 その音で、私達は魔法が解けた様に素に戻り、いつの間にかベッドに押し倒していた楓を引き起こし、胸元の外れたボタンを隠すように、私の上着を彼女にかける。


「ちょ、ちょっと待ってー」


 楓が少し上ずった声で外の友人に話しかける。

 私はそんな彼女を見る事が出来ない。

 心臓はバクバクしているし、息も荒く、目とか血走っているかもしれない。


「じゃ、じゃあ、わた、私!部屋に帰るね!」

「ま、待って!もういいの?」


 これはマズイと思い、逃げる様に部屋を出ようとする私に、楓は濡れた瞳で見上げてくる。

 楓の質問に、ここで「何が?」と聞ける筈もなく、それを聞いてしまったら色んな意味で詰む気がするので、何も聞けないし、聞かない。


「う、うん、本当にありがとう。たぶん……うん。もう大丈夫だから。明日からいつもの私に戻っているから」


 早口で言い訳するように、それでいて、この感情を誤魔化す様にまくし立てる。


「そう……良かった……」


 その「良かった」が少し残念そうに聞こえたのは、私の気のせいだろう。

 ただ、この時の私は激しく動揺していた。

 このまま、何も聞かずにお礼だけ述べて退出すればよかったのに、最後の最後にこんな事を聞いてしまった。


「そ、その……楓は……い、嫌じゃなかった?」

「……その……あの……気持ち良かったの……」


 頬を上気させそう呟く楓の顔を、声を、私は一生忘れる事は出来ないだろう。




 その後、楓の部屋を逃げる様に出て行き、自分の部屋に戻り頭を抱えた。


「これは……やってしまった」


 私の人生の中でトップ3に入る出来事だろう。

 あの子にあんな事をして、逃げてきた私って奴は……


「……最悪だ」


 罪悪感とか幸福感とか、もう何がなんやら分からない。

 だが、ただ一つだけ分かった事はある。

 それは――


「私はやっぱりノーマルだ」


 そう、男として。いや、漢として正常なのだ。

 正直あのまま邪魔――ではなく、楓の友人が部屋を訪ねなければ、イく所までイっていただろう。

 無意識のうちに楓の事をベッドに押し倒していたし、楓の胸とあの顔はもうヤバかった。

 何もかも楓が可愛過ぎるのが全ての原因だ。


 だが、そんな事は関係なく、楓にあそこまでしてしまったのだから、何がなんでも自分の性別がバレる訳にはいかなくなった。

 ここまで楓にした事を思うと、どうしようもない。

 本当にどうしようもない。


「ああ……どうしよう……」


 楓が嫁に行けなかった責任を取って結婚するぐらい申し訳ない。

 しかし、楓があそこまで色々とするのを許したのは、女性としての私だ。

 つまり、というか、やはりというか楓にだけは、何が何でも性別を偽らなければなるまい。


 元々、楓にはバラすつもりなどなかったが、より一層隠しきらなければならなくなった。

 もし、楓にバレてしまう事を考えたら、もう生きていけないかもしれない。

 楓に嫌われるなんて嫌だし、バレたらこの街の外にある国家機関にお世話になるだろ。

 そうなると、それは『死』を意味する事なのだろう。

 精神的にも社会的にも。


「嫌だ……それだけは……」


 しかし、収穫はあったのだ。

 今の私の存在を揺るがしかねない問題は、先程の楓とのやり取りで、無事終結を迎えたのだ。


「でも、良かった。私は心まで女の子になってなかった」


 楓に対する罪悪感と自分がノーマルであった事の喜びを噛みしめる。

 いろんな感情が混じり合って、正直今の自分はどうかなっているのだろう。

 不安がなくなったからなのか、人として何かを失ったからなのか、よく分からないが、目から暖かい液体が流れ出す。


「ふふふ……それでも女々しい性格は直らないのか」


 我ながら女々しいと思うが、きっと泣くほど心に負担がかかっていたのだろう。

 泣きながら笑う私は、顔を隠す様に手で覆う。


 顔に当てている私の手からは、未だに楓の胸の感触と体温が残っていた。





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